名前を呼べない
父から、今井さんが会社を辞めて実家に帰ると聞いた。
私はショックで言葉が出なかった。
今すぐは無理でも、いつか笑って会える日が来たら……なんて思っていたから。
気持ち的にも物理的にも、遠くに行ってしまうんだなと思った。
無言のまま部屋に戻り、ひとり泣いた。
「こんなに好きなのに何で会っちゃいけないの!」
「ひどいよ、今井さん!……ひどいよ……ひどい…よ」
枕に顔を押しつけ、大きな声で叫んだ。
今井さんのためになるならと、気持ちを切り替えて抑え込んでいたはずの私の想いたちが、ぼろぼろと溢れ出してきた。
☆ ☆ ☆
親愛なる今井さんへ
すっかり寒くなりましたがお元気ですか?
私はあの日から止まったままで、前へ進むことが出来ずにいます。
中谷さんから怜さんのことを聞きました。今井さんが悩んでいたという話も聞きました。
それを聞いて、私は自分の気持ちに蓋をして今井さんのことを忘れるつもりでした。
でもね、今井さん、ごめんなさい。私の気持ちは無くなるどころか、前よりも強く大きくなっています。
でも、それは迷惑な事なんですよね。今井さんを苦しませちゃうんですよね。
先日、駅のホームで今井さんを見かけました。嬉しくて名前を呼ぼうとして動けなくなってしまいました。
名前を呼んで、何をすればいいのかわかりませんでした。何を話せばいいのかわかりませんでした。
何でこんなになっちゃったのかな。前みたいに「今井さん」って名前を呼ぶことさえ、怖くて出来なくなってしまいました。
先日、父から会社を辞めてご実家に戻られると聞きました。その話を聞いて、何で声を掛けなかったのか激しく後悔しました。
こんな風に街でばったり会うことも無くなってしまうのなら、何もできなくても、何も話せなくても、「今井さん」ってあなたの名前を呼びたかったです。
私はまだまだ子供だから、自分の気持ちをコントロールするのが大変なんです。迷惑だってわかっていても悲しくて淋しくて、壊れてしまいそうなんです。
だから、ごめんなさい、本当にこれが最後です。
会いたいです。一緒にいたいです。
それだけでいいんです。
でもだめなんですよね。
今井さん、あなたのことが大好きです。ずっとずっと大好きです。
そして、
悲しいけれど、何年かかるか、出来るかどうかもわからないけど、私はこの気持ちを過去形にしていきます。していかなきゃいけないんだと思っています。
初めてあったあの日。
傘を差し伸べてくれたあの時から、今までのことは大切な宝物です。
今まで本当にありがとうございました。今までで一番幸せでした。
さよなら どうかお元気で。
☆ ☆ ☆
一気に書き上げたその手紙はところどころ文字が滲んでいた。
そして号泣している天使のイラストを添えた。
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