僕のこと

羽月ちゃんのいない日々が始まった。


終わりにしたと言っても、一緒に暮らしていたわけではないので、特に変化はないだろうと高を括っていた。


しかしもう会えないと思うと、逆に会いたいという想いが募ってしまう。

通勤途中の車の中で、電車待ちの駅のホームで、公園のベンチで、似た後ろ姿を追ってしまう。

さらに、仕事を終え帰宅する度に、玄関の前に立っていたりしないかと期待したり……。

自分からあんなことを言ったくせに、心は羽月ちゃんを求めていた。


――俺、本当に彼女のこと大好きだったんだな……


大好きな人に、大好きと言えない。

一緒にいてほしい人に、一緒にいてと言えない。

こんなに悲しく辛いことは無い。


失ってみて、より一層彼女の存在の大きさを痛感していた。


☆ ☆ ☆


「というわけで、羽月ちゃんに話したからな」


中谷とのファミレス会議。今回は彼からの招集だ。


「そっか……、そんなことがあったんだ」


「あんなちゃんとした子が、学校サボってまで記憶を頼りにウチを探してきてくれてさ。それで別れたって聞いてさ。もう、お前、何やってんだよ!」


中谷はいつになく怒っていた。


「そりゃ、今井の気持ちもわかるよ。怜ちゃんのことがあるからだろ。でもよ、羽月ちゃんまで悲しい思いをさせちゃ駄目だろう?」


「……だから別れたんだよ!このままずっと一緒にいたいけと、ダメなんだよ、出来ないんだよ。………この、俺の腕の中で、怜が死んだんだよぁ。わかるか?それも俺のせいで……」


「違う。あれは事故だ。お前のせいじゃない」


「違わない。俺が殺したんだよ……」


大声で怒鳴りたくなるほどの気持ちを、グッと抑えて僕は言った。

抑えた気持ちは涙になって溢れ出した。


あれから四年になるというのに、僕はまだ怜への感情をコントロールできないでいた。


「ほら四年経つのにこのザマだよ。俺は一生償っていくんだ。だから………、だから羽月ちゃんには……」


彼女の名前を出したら、あの笑顔が浮かんだ。


「幸せになってほしいんだよ……」


絞り出すように言って、僕は嗚咽した。あとは言葉にならなかった。



中谷は僕が落ち着くまで、黙って待っていた。頃合いを見計らって立ち上がると、ドリンクバーへ行き、コーヒーのおかわりを持ってきた。そして、


「何を飲んでも苦いだろうから、砂糖とミルク多めに入れといたからさ。まぁ、飲めや」


そう言って僕にそっと差し出した。


「うわっ! まずっ、甘すぎて飲めねーよ」


そのコーヒーは吐き出しそうになるほどの甘さだった。



「それからさ、俺、会社辞めて実家に帰ることにしたから」


「え! なにも辞めなくったっていいんじゃねぇの」


「うん、いろいろ考えたんだけどさ、東京を離れてやり直したくなったんだ……」


「そっか……。一応聞くけど、止めても無駄なんだろ?」


「うん、そうだね」


「寂しくなるなぁ」


「でも、二度と会えないわけじゃないから」


「いやいや、そういうことじゃないんだよ。寂しいんだよ、俺は! 何でお前ばかりこんなに苦しまなきゃいけないんだ? もっと気楽に笑って……なんてことはできるわけないか……」


「仕方ないよ。それが俺の人生なんだから」


「……なぁ、今井、」


「ん?」


「たとえ10年後でも20年後でも、お前が結婚するときは俺がスピーチしてやるからな。忘れるなよ!」


「あぁ、ありがとう」




そして翌日、僕は辞表を提出した。

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