年上の女性
4月。桜の季節がやってきた。
東京では3月下旬には満開になることが多いが、僕の田舎では開花はもう少し先で、ようやく色づき始めたところだ。
「今井くん、今夜時間空けといてね」
篠崎さんはそれだけ言うと颯爽と事務所を出ていった。
篠崎さんはこの事務所の設計担当のひとりで、僕より3歳年上だ。
普段から薄化粧で、綺麗な長い髪も無造作に一つにまとめている。
綺麗にメイクして着飾れば、男性に声を掛けられることも多いだろうが、あまり恋愛には興味がないらしい。
嘘か本当かわからないが、男性より女性か好きだという噂を耳にした。
実家に戻った僕は、この小さな設計事務所に再就職していた。そして早速受注した物件で篠崎さんとペアを組んでいるのだ。
そして事務所イチの酒好きと呼ばれる篠崎さんなりの僕への飲みニケーションのお誘いだった。
「じゃ、お疲れ様」
「はい、お疲れさまでーす」
ジョッキのぶつかる音が小気味よく響く。
「今井くん、今日は無礼講だからね。年上だからって気を遣わなくていいから。楽しく飲みましょ」
「あ、はい、ありがとうございます。よろしくお願いします」
篠崎さんは中途入社してきた僕にいろいろと気を遣ってくれる。年齢が近いこともあり、共通の話題もたくさんあり、そして何よりも彼女と話していると時間が経つのも忘れるほど楽しかった。馬が合うとはこういうことを言うのだろう。
篠崎さんは滅法酒に強く、彼女のペースで飲んでいた僕は、だいぶ酔ってしまった。
「ところで今井くんて、付き合ってる人とかいるの?」
「いませんよ。特に必要ないですし」
僕のぶっきらぼうな言い方もあって、篠崎さんが絡んできた。
「え?あんた何言ってんの! 若いんだからいっぱい恋愛しなきゃダメよ」
あれ? これは心配してくれてるのかな?
「そういう篠崎さんはどうなんですか?」
「私? 知りたい?」
篠崎さんは嬉しそうにフンフンとハミングしながら、人差し指の腹をジョッキの縁をなぞらせている。
「私は仕事が恋人だから」
「何言っちゃってるんですか。篠崎さんみたいな綺麗な人がそんなこと言っちゃダメです」
僕の言葉に篠崎さんの表情が少し変わった。
「ふーん、ねぇ、今井くんから見たら私は綺麗なの?」
「綺麗ですよ、とっても。目を合わすとドキドキしますもん。もしもバッチリ化粧したら世の男性は放っておきませんよ」
「ふーん、そうなんだ……じゃあさ、ねぇ、今井くん、私とえっちしてみない?」
思わずビールを吹き出しそうになった。酔いも吹っ飛びそうな一撃だ。
「は? 今、何て言いました?」
「うん、だから、えっちしよ」
篠崎さんは明るくサラッと事もなげに言う。
「……」
いきなりの発言にあれこれ想像してしまった。目の前にいる綺麗な女性と……。まとめた髪を解き、指を滑らせ、細い身体を抱きしめて……。
酔いも手伝い、妄想が止まらなくなりそうだ。
「あはははは。冗談だよ、冗談! でも今井くん、私とえっちしてるとこ考えてたでしょ?」
篠崎さんはケタケタと笑った。
「いいんだよ、それで。若い男の子はそれが普通なんだから。今井くんが私のことをそういう対象として見てくれたことがわかっただけで十分十分。あ、でも仕事中はそういう目でみちゃダメだからね。もし見たら三スケの角をオデコに刺すよ」
僕はあまりの恥ずかしさに、両手でテーブルを叩いて立ち上がった。
「篠崎さん、僕が年下だからって、そういうのやめてもらえませんか!」
言ってすぐ、足の踏ん張りが効かなくなり、ストンと椅子に落ちた。
僕の記憶はそこで途切れた。ハイペースで呑んだため、酔いつぶれてしまったのだった。
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