濃密な夜を思い出せば

左腕に違和感を覚えて目が覚めた。

羽月ちゃんが僕の腕を枕に眠っていた。


天使のようなその寝顔に癒やされる。


――この俺が誰かの温もりを感じながら眠る日が来るなんて……


ひょっとしたら、本当に彼女は俺にとっての天使なのかもしれない。

そう思った。


すぴー……すぴー……


寝息が可愛い。

ワイシャツの襟元から見える白い肌と鎖骨、そしてめくれ上がった裾から見える艶めかしい両脚が、数時間前の記憶を呼び起こす。


僕は両手と右足を使って、彼女に布団を掛けてやった。



『今井さんのえっち……』


消え入りそうな小さな声で、羽月ちゃんが寝言を言った。夢の中で僕にエッチなことをされてるんだろうか。

ちょっとウケた。


しばらくすると羽月ちゃんが目を覚ました。トロンとした瞳に徐々に光が灯ってゆく。

隣で見ている僕に気づくと「きゃっ!」と声を上げ、布団に隠れた。

そして両手で掴んだ布団をゆっくりと下ろし、顔の下半分は隠したままでもう一度僕を見た。


「おはようございます」


「おはよう。よく眠れたかな?」


「は、はい……あっ!」


彼女は先程見た夢か、昨夜のことを思い出したのか、あせあせして落ち着かない様子だ。

そしてハッと何かに気づいて、そぉーっと左手で自分の衣服に手を伸ばす。ワイシャツのボタンが掛かっているのを確認し、ブラとショーツを身に着けているのを確認し、昨日と同じだということがわかると、何とも微妙な表情で僕を見た。

それはホッとしたようでもあり、少し残念そうでもあった。


考えていることがすぐにわかってしまう素直な性格が、羽月ちゃんの魅力なんだろうなと思った。


「もー、何見て笑ってるんですかぁ

!」


僕の視線に気づき、頬を膨らませる。


「羽月ちゃんて、ほっぺた膨らませさせたら日本一可愛いよね」


「また今井さんたらヘンなこと言っちゃって。早く起きて準備しましょ」


羽月ちゃんはテキパキ動き出した。


僕は名残惜しいので、ちょっとだけ甘えてみた。


「ねぇ、はーちゃん、もう少しだけくっついていたいな」


上体を起こした彼女の手首を掴んで引っ張りながら言う。

初めての呼ばれ方に嬉しそうにしながら彼女は答えた。


「うーん、私もそうしていたいけど時間が無いんです。じゃぁ、これで我慢してください」


そう言うと、彼女は顔を近づけて僕の左瞼に口吻をする。


「てっててー! はづきはれべるがあがった!」


目を開けると、そう言いながら勝ち誇った表情でニコニコ笑っている羽月ちゃんがいた。


☆ ☆ ☆


ピンポーン


「お母さん、ただいま」


「お帰りなさい。あら、どしたの眼帯なんかしちゃって」


「う、うん、ちょっとね」


「今井さんもお帰りなさい。疲れたでしょ。上がって少し休んでいってね」


「はい、ありがとうございます」


羽月ちゃんが靴を脱いで家に上がろうとしたとき、眼帯のせいでバランスを崩してしまった。


「きゃっ!」


「あ、危ない」


ガシッ


「あ、ありがとうっ」


「うん。無事で良かった」


僕が抱きとめて事なきを得た。

その様子を見ていたお母さんの目が光ったような気がした。


「あ、お母さん、お弁当美味しかったです。ありがとうございました」


そう言って風呂敷に包まれた五段のお重を渡すと、お母さんはそれを両手で持ち、上下左右にブンブンと振っている。中身が空であることを確認すると、お母さんは僕を見ながら親指を立ててウインクした。

そしてこう言いながらキッチンへ消えていった。


「あらあら、それじゃあ今日はお赤飯炊かなきゃいけないわね。うふふっ」


お母さん、それ、絶対、何か勘違いしてると思うんですけど……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る