もう一度だけ 夜を止めて
転びそうな羽月ちゃんを受け止めるという正当な理由があったとはいえ、結果的に僕は彼女を抱きしめていた。
思いがけず抱きしめた彼女の身体は、びっくりするぐらいに小さくて華奢で柔らかで、いい匂いがした。
「羽月ちゃん……」
僕が名前を呼ぶと、彼女の身体から力が抜けていくのがわかった。
左手で彼女の艷やかな髪を撫でる。大切な宝物を愛おしむように、そおっと優しく優しく……。指の間をするりと流れるように通っていく柔らかな髪が心地いい。
そして背中に回した右手は、薄いワイシャツ越しに彼女の柔らかな身体を感じながら、ゆっくりゆっくり滑るように動いてゆく。
「羽月ちゃん……」
もう一度、腕の中に抱きしめている大切な大切な宝物の名前を呼ぶ。
彼女は何も言わずに、ただコクリと頷いた。
僕の右手は明らかな意思を持ってワイシャツの上を更に滑ってゆく。その手が背中を通り過ぎ、柔らかなくびれに辿り着くと、僕は右腕に力を込めて、引き寄せるように彼女の細い身体を抱きしめた。
――離したくない
全身に彼女を感じながら、ゆっくり、優しく、強く、溶けるようにぎゅううっと抱きしめた。
そして時間が止まった。
右手の力を緩めると、再び時間は動き始める。羽月ちゃんは僕の腕の中で顔を上げる。上気した顔で「はぁ……はぁ……」と深い呼吸を繰り返している。
潤んだ瞳は僕の目を見て離さない。
それはいつもの恋に恋するような少女の瞳とは違う、恋に落ちた女性の瞳だった。
「もう少し……このままでいてもいいですか?」
小さな声で彼女は言う。
僕が頷くと、恥ずかしそうに微笑んで僕の胸に顔を埋める。それはまるで快適な居場所を見つけた子猫のようだった。
しばらくすると本当の猫のように、腕や肩に頬を擦りつけてきた。
「羽月ちゃん、それってマーキングしてるの?」
「えへへ、バレちゃいましたね。だってすごく安心できる場所なんですもん。こうしておけば他の女の人は寄りつかないかなぁ、なんて……」
もう、こんな可愛い子猫をほったらかしにして、他の女の子のところに行けるわけがない。
でも彼女からすると不安があるらしい。
「だって今井さんは大人なのに、私はまだまだ子供だし、胸も無いし。男の人は胸の大きい女の子の方が好きじゃないですか。だからせめて少しでも大人っぽく見せたくて……」
「それで黒?」
僕が聞くと、恥ずかしそうに頷いた。
「そんな背伸びしなくても大丈夫だよ。僕は羽月ちゃんが大人になるのをいつまでも待ってるし、君のためならいつでも跪いてあげるから」
「本当ですか?本当ならその証拠に……、キスして、くれますか」
羽月ちゃんは、僕の腕の中にいる安心感からか、ちょっと大胆に甘えてくる。
僕は無言のまま、彼女の顎に指を回しクイと上を向かせた。
「よし、いい子だ。それじゃ目を閉じてごらん」
耳元で囁くと、羽月ちゃんはゆっくりと目を綴じる。僕は左手で彼女の髪を撫でながらグイッと引き寄せた。
そして彼女の閉じられた左の瞼にそっと口吻をする。
「あっ」という小さな声を漏らし、腕の中の柔らかな身体がビクッと震え、その身を委ねてくる。
そして子犬がミルクを飲むように、舌を出しでチロチロと瞼を舐める。ピチャピチャという淫靡な音と彼女の吐息が大きくなっていった。
さらにその吐息が漏れてくる可憐な唇に右手の二本の指でそっと優しく触れてみる。
「あ、はぁぁ、ぁ、……」
指の腹で唇を弄ぶと吐息は大きくなっていく。
「い、今井さっ、……いやっ……はっ、はずかしいっ……よぉ」
彼女は僕の首に両手を回し、左脚を僕の右脚に絡めて抱きついてくる。
そして唇を弄んでいた僕の指を無意識に噛み始めた。
瞼と唇を解放されると、真っ赤な顔をした羽月ちゃんは、悔しそうに呟いた。
「今井さん……、大人の
「もー、今井さんのばかっ、アホっ、変態っ」
「今井さんなんて大ッキライです」
そう言うとプイッと横を向き、膨らませた頬を、僕の胸に擦りつけてきた。
僕はそんなマーキングをする子猫ちゃんを、両手で優しく抱えながらずーっと見ていた。
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