パッシング レイン <3>
降りしきる雨のなか、車という密室でセーラー服の女子高生と二人きり。経験したことのないシチュエーションに、僕は少しだけ緊張していた。彼女のサラサラの髪からほのかに香る甘いシャンプーの匂いが、僕の緊張をさらに高めている。
それが伝わったのか、先ほどまでとは打って変わって、彼女も無口になっていた。
どれくらい沈黙が続いただろうか。
「あのー、ぺったんこちゃん…」
「あのー、タオル屋さん…」
僕たちは絶妙なハーモニーで沈黙を破った。
「あはははは」
「うふふふふ」
「では、改めて。俺の名前は今井翔吾 。タオル屋さんじゃなくて住宅メーカー勤務の26歳独身」
「はい、じゃあ、私も。私の名前はぺったんこちゃんじゃなくて
そう言う彼女は、確かにあの日とは見違えるように元気になっていた。
「羽月ちゃんていうんだ。ふーん、素敵な名前だね。ショートヘアもとても似合ってるよ」
僕の言葉に、彼女の顔がぱぁーっと明るくなった。
「今井さんこそ、あー、うん『今井さん』って感じです」
「なんだそりゃ? ちょっと強引すぎる説明だなぁ」
「え、そうですか? だって『伊集院さん』や『白鳥さん』じゃなくって『今井さん』って名字、とても似合ってますよ」
真面目な顔しておかしなことを言う彼女に、僕は思わず吹き出してしまった。
「羽月ちゃんは面白い子だね」
「そうですか? あ、でも友達にはよく言われます。『羽月は天然だよね』って」
クスッと笑って無邪気な笑顔を見せた。それはまるで陽だまりのような笑顔だった。
――この子にはやっぱり笑顔が似合うな
僕はそう思いながら、あれこれ話す彼女を見ていた。
「ちょっと今井さん、私の話、ちゃんと聞いてます?」
「ん?あ、あぁ、ゴメンゴメン!ちょっと考え事してた」
「もう、人の話を聞くときはちゃんと目を見なきゃいけないんですよ!そう教わりませんでしたか?」
「うん、そうだね。でも俺、羽月ちゃんの目をちゃんと見てたよ」
「あ、確かに。でも、別のこと考えてましたよね? 」
「わかる? 」
「わかります! 何を考えてたんですか? あっ! まさか、また私の……」
再び彼女は頬を少し赤く染めた。
「違う違う! ただ、やっぱり羽月ちゃんて、笑顔がとってもかわいいなって見とれてたんだ」
「えっ? かわいい……? 」
彼女は不意打ちのような僕の言葉に、さらに顔を真っ赤にして黙りこんでしまった。
『ぽんっ!』という音をたてて、彼女の脳内回路がオーバーヒートしてしまったようだ。両耳から煙が出ているようにも見える。
――ピピピピピ
ダッシュボードに置かれた携帯電話の着信音が、静かになった車内に響いた。人手が足りなくなったので早く戻ってきてくださいという後輩からの電話だった。
気がつくと、いつの間にか雨はすっかり止んでいた。
「通り雨だったんですね」
平静さを取り戻した彼女が呟いた。
「今井さん、あの、その、ま、また会ってくれますか? 」
「いいよ。俺もまた羽月ちゃんに会いたいと思った」
僕たちは連絡先を交換して別れた。
――『笑顔がとってもかわいい』って言われちゃった……。
彼女は嬉しそうに微笑むと、路面にできたたくさんの水溜まりを、跳ねるような軽快なステップで越えていく。
そんな彼女の背後には、なないろの虹が架かっていた。
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