パッシング レイン <2>

「やっと見つけた!やっぱりここにいたんですね!」


まだ寝ぼけているのか、記憶と現実が混同しているのか、見たことも会ったこともない女子高生にそんなことを言われる筋合いはない。


「ごめん、申し訳ないけど、君、人違いだよ」



女子高生は苦手だ。何か言われても面倒なので、『何だコイツは』と心のなかで思いながらも努めて穏やかな口調で答えた。


するとその女子高生は拗ねたように頬を少し膨らませ、右手を持ち上げて、手に持ったものを僕に見せた。


「これ、返しに来たんですけど……」


見慣れた男性用の傘だった。


「あっ、その傘!えっ、えーっ?!」


「やっとわかってくれましたか?」


ビックリしている僕を見て、彼女は人差し指に髪の毛をくりくりと巻きつけながら、ニッコリ笑った。



ひと月ほど前、僕はここのベンチで雨の中、傘もささずに座っている女子高生に声を掛けた。

失恋したと涙ながらに語るその女子高生に、傘と、トランクにあったありったけのノベルティー用タオルを渡したのだった。



エヘヘと首を傾けると、ショートボブの髪が少しだけ風に揺れた。


「あの時の髪ぺったんこ女子高生か! 」


「え?何がぺったんこですって……」


彼女はハッとして、両腕をクロスし、サッと胸元を隠した。


「ま、まだ成長中なんです、きっと……って何を言わせるんですか!」


頬を赤くして怒った。

そんな彼女を見て、不覚にも僕は可愛いと思った。


「違う違う!あの時、雨に濡れて髪がぺったんこだったから。俺は君の胸がぺったんこなんて、これっぽっちも思って…な…」


弁解するつもりが、追い打ちをかけてしまった。

何ともビミョーな空気に、彼女は頬だけでなく顔が真っ赤になっていた。


「そ、そんなこと思ってるからヨダレを垂らして居眠りしてるんですよ。もう、タオル屋さんイヤらしいんだから!」


彼女の反撃だ。


「え?ヨダレ?マジで?」


「そうですよ。いい歳した社会人が恥ずかしい」


マウントの取り合いの様相だ。


「ん? ちょっと待て。俺はタオル屋じゃないぞ」


「違うんですか? たくさんタオルを置いていったから、てっきりタオル屋さんかと思いました。あ、そういえばこれもお返ししますね」


彼女はカバンから大きめの箱を取り出した。

僕はそれを受け取り、ふたを開けると、そこには白いタオルが詰められていた。よく見ると毛足がぺったんこになっている。


「借りたものを返す時は、クリーニングするか、洗濯してしっかりアイロン掛けするのが礼儀だと聞いたもので、念入りにアイロンを掛けておきました」


――タオルにアイロン掛けって……どんだけぺったんこ好きなんだ、この子は……。


そう思いつつも、ちょっとズレてはいるが礼儀正しいお嬢さんなんだなということはわかった。


「わざわざありがとう。髪、切ったんだね。ゴメン、あの時の君だって、全然気がつかなかったよ」


「そうですよね。あの時はまだ髪が長かったし、それに先輩にフラれてボロボロでしたから……あ!」


そこまで言って、彼女は空を見上げた。するとポツリポツリと雨粒が顔に当たった。そしてそれはみるみるうちに量を増やしていった。


「ねぇ、ほら、乗って! 」


僕は彼女に助手席に乗り込むように促した。


――バタム


彼女が『すいません、失礼します』と言って助手席に座り、ドアを閉めた。


車のルーフを叩く雨音がどんどん強くなっていく。


――はぁ…はぁ…はぁ…


急いで車に乗り込んだ為に荒くなった彼女の息遣いが、車内に響いていた。

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