第3話 インプロビゼーション

 エピローグ


 振り返ると、早くも一年が過ぎていた。野島は、何らかの力によって生かされていたのである。(ほんと、筆者としてもうれしい)

あの事件のあった日のことだ。加賀町署管轄の山下町交番の若い巡査二人が山下公園の巡回をしていたところ、黒ずくめの男が走って立ち去るところを偶然にも目撃していたのだった。手にしたマグライトを前方に当てると、男がうずくまっていた。

「どうしましたか?」という警官の問いかけにも無言である。

状況を察したもう一人の警官が本署と救急に直ちに連絡を取り、逃げた男の捜索と

倒れていた男の救急搬送が同時に行われたのである。

倒れていた男は、本牧にある『本牧赤十字病院』に無事収容されたのであるが、病院が現場から十分もかからない至近距離にあり、また刺された箇所が急所から外れていたことも幸いしたらしい。


 男の手に握られていたケイタイは、通話状態であった。

「もしもし、耕介? 何処なの?」かすかに悲鳴に近い女の声が聞こえている。

亜里沙は、ただならぬ気配を感じ取っていたのだった。

「もしもし、あなたのお名前は? 落ち着いて下さい」警官が話かけると、状況を    手短に説明した。                            「あなたは、誰のケイタイにかけているのですか? ・・・ノジマコウスケさん?・・・ですね。」警官は、被害者が野島耕介であることを確認出来た。

 事情を理解した亜里沙は、赤いミニクーパーで病院に向かった。亜里沙の頬を

熱い涙が洗う。小さな嗚咽が病院に着くまで狭い車内を回っていた。

「耕介! 私を残して一人で行かないで!」 

亜里沙にとって、野島が初めて心を許せた人間であった。野島にとっても、妻との

不慮の別れ以来、生きて行くうえで亜里沙が掛け替えのない存在であったのだ。

そんな二人の間に起った考えられない事態に、亜里沙は戦(おのの)いていた。


 野島の手術は予想に反して長い時間を要した。しかし、体力もあることから無事 手術が成功し一命をとりとめていたのだった。亜里沙の祈りが奇跡を起こしたのかも知れない。亜里沙はそう言っているらしいが……

そして、野島の無事退院までの一か月間、亜里沙の献身的な看病は続いたのだった。


 亜里沙の生い立ちを話そう・・・

亜里沙は、伊豆半島の南に位置する小さな漁師町妻良の生まれである。

伊豆半島最南端の石廊崎から国道136号線でわずかな距離にあり、江戸時代から天然の良港として知られ、避難港としてにぎわっていたらしい。

しかし、亜里沙の生まれた頃には、世帯数100あまり、人口200人規模まで縮小し

過疎化が始まっていたのだ。

亜里沙の下に弟二人がおり、三人姉弟である。両親は、小さな民宿を営みながらの漁師であったが、決して豊かな暮らしではなかった。

高校は当然町内にはなく、バスで小一時間もかかる西伊豆町の松崎高等学校を卒業と同時に、亜里沙は街の狭い人間関係から逃れるように華やかな都会を目指したのである。


 沼津は、亜里沙にとってはまさに大都会であった。沼津は、漁業の町ではあるが、

静岡県東部地域の中心都市であり、好景気の影響もあり働く場所には困らなかったのである。運よく、小さな貿易商社に入ることが出来た。

見るものすべてが新鮮な感動を与えてくれ、輝かしくもあった。仕事帰りに開放感と共に先輩女性と歩いた鋪道、雑誌から飛び出したようなファッションに身を包んだ若い女性達、何を食べようかとショーウインドーを覗きながら思案する日常、全てが夢のようであったのだ。

 そんな生活が三年も続いていた頃、会社が大手商社に買収されることになった。

特にスキルのない社員たちがリストラの対象になった。その中に、亜里沙も含まれていたのである。若い時期にしみ込んだ生活感は、そう簡単には捨てられるものでは無かった。会社が変わる度に、生活も荒れて行った。

 亜里沙は、綺麗な女である。何人かの男達とも、当然のように恋愛経験はあった。しかし、彼らの大半が妻子持ちであり、仮に金銭的に余裕があったとしても、

亜里沙の夢を実現させてくれるほどの度胸も真剣さも持ち合わせてはいなかったのだ。気が付くと、三十歳を迎えるのは目前であった。

 亜里沙は、すがる思いで港町横浜に流れたのである。海を辿れば故郷の妻良の海に繋がっているというロマンであったかも知れない…………………………

 

 馬車道通りにあるクラブ『ラ・メール』に勤め始めて半年程たった頃、亜里沙目当てに通ってくる客の中に野島がいたのであった。絶望感が透けて見えた。

しかし、人生を諦めていないことは、目の中に宿る光の強さと、意志の強そうな口元で分かった。亜里沙は、強く魅かれたのである。

野島の方も、彼女の存在に癒されもしていたのだ。理由は、はっきりとは説明できない。あえて言えば、もと捜査官としての能力が、同じ匂いを嗅ぎ取っていたのかも知れない。


 ベイ・ブリッジは、濃い霧に包まれていた。

野島は迷いを霧の中に隠すかのように亜里沙を誘った。

「亜里沙、仕事が終ったら飯食いに行こう」

「……!」亜里沙は、声に出さず当然のように頷いていた。

これが、二人の始まりであった。

今まで、身分を明かしていない野島であったが、自分がもと警察官であり山下町に 探偵事務所を開設する予定でいることを話した。

「私、野島さんて、もしかしたら警察の人じゃないかって、ずうっと思ってたんだ」

「亜里沙、合格だ!採用しよう」野島は、亜里沙の感の良さに驚いたのである。                     「えっ、これって面接なの?」 亜里沙の顔が綻んだ。                      「そういうことに、しようかな。亜里沙って、本名かい?」

「そう、フルネームで渡邊亜里沙です」 

「僕は、野島耕介・・・」 


二人の『横浜みなと探偵事務所』が誕生した瞬間であった・・・・・



  1 野島の回復


 野島の容体が安定しだした一週間後に、加賀町署組織犯罪対策部所属の古畑が

病室にやって来た。

「部長、今回は大変な目に合いましたね。でも、良かった。大分心配しましたよ」

「皆には、心配をかけてすまなかった」まだ痛む傷口を庇いながら、野島は謝った。

「ところで、犯人の目星は付いたのか?」

「残念ですが、目撃者が現れず捜査は難航しています」と、古畑は説明した。

「そうか・・俺のことで手を煩わせてしまってすまんな」野島は、頭を下げた。


 一か月が経過し、野島の身体も順調に回復を見た。そして、医師に退院を許されたのである。亜里沙の赤いミニクーパーで事務所に向かう。

流れる景色が違って見える。光が溢れる昼間の街の美しさが身体に染みてくる。  しかし野島は、昼間の美しさに反比例するかのように夜の闇の深いことを知っていた。事務所に着き、扉に手こずりながらも中に入ると、埃臭い空気も懐かしく感じるのだ。

「耕介、もう何処にも行かないで!」亜里沙が抱き着いてくると、子供のように泣きじゃくった。

「しばらくは、ゆっくりと亜里沙と生きて行こう」野島の本心であった。

亜里沙の言う、『浮気調査専門』の看板を掲げるのも悪くはないかも知れないと、

野島は思っていた。


 大きな調査依頼もなく、小さな日常を慈しみながら送った半年が過ぎようとしていた。久しぶりに、大橋美香からの連絡であった。

美香は、失踪した妻潤子の妹である。

「お義兄さんが、お元気になられて本当によかったわ。お姉さんに続いて耕介さんまでいなくなってしまったら、私生きていけないから…」

「美香さん、心配かけたね。でも、もう大丈夫だから。ところで、何か用事かな?」 野島は聞き出した。              

「それほど大きな調査ではないと思うから、引き受けてくれないかしら………」    美香の言葉には心なしか、明るさが感じられない。

美香は、電話越しに依頼内容を話した。

大橋美香トリオのマネージャーを十年近く勤めてくれている三浦譲二が、ここ一週間ほど連絡を絶っているというのである。

店から支払われた全員の出演料を持ったままであるが、横領とは考えにくいので何か事情があるのだろうから行方を捜して欲しいという依頼であった。犯罪性や事件性がない限り警察が『捜索願い届』を受理したとしても、すぐに行動を起こしてくれる訳ではないと野島から聞かされていたからである。

「美香さん、マネージャーがいなくなったという店の名前は?」野島が聞く。

「いまも出演している『ドルフィン』という店なんだけど…」

「分かった。こちらでも調べて見る」


「今回は、亜里沙さんにお願い出来ないかしら?」それほど深刻な事案と考えていない美香は、亜里沙を指名したのであった。

「亜里沙、どうだ。やってみるか?」野島が亜里沙に聞いた。

「任せといて!所長はまだ休んでていいからね……」 亜里沙は、明るく返した。


  2 亜里沙の調査

 

  亜里沙は、赤のミニクーパーで美香の仕事場である関内のライブハウス『ドルフィン』に向かった。開演前の午後五時が約束の時間であった。

挨拶もそこそこに三浦譲二に関する資料を受け取ると、亜里沙は調査を開始した。

三浦は、五十二歳、妻帯者ではあるが子供はいない。中肉中背のこれといった特徴のない人物であった。帰宅せずに姿を消したという事であるが、すでに七日間も過ぎていた。一般的に、発見の確率が八分の一に下がると言われているのである。

自殺、事故、犯罪に起因する失踪は、一刻を争う場合もあるのだ。亜里沙は、その足で港北区菊名にある三浦の自宅を訪ねた。

 菊名は坂に多い町である。北口を出ると、目の前の傾斜地にへばりつく様に密集した住宅が連なっている。路地も狭い。

亜里沙は道に迷いながらも、何とか辿り着くとこが出来た。築年数の経った小ぶりな建売住宅である。四十歳後半に見えるごく普通の主婦が待っていた。


「奥さんは何か、譲二さんの失踪に関して思い当たることがおありでしょうか?」

この聞き取り時の第一印象が非常に重要であると、常日頃野島から言われている。

印象に不自然さを感じた場合、調査範囲が絞られ真実に近づき安いこともある。

「朝、いつもと変わらない様子で出かけて行ったので、これといった思い当たることは……」

「夫婦仲はどうでした? 差し支えなければ……」

「結婚してから、二十五年も経っているのですから、仲がどうだと聞かれても、  まぁ、普通だと思いますけど……」

「女性関係で、思い当たることは?…」

「そんな甲斐性でもあれば…、とにかく生真面目なんですよ、馬鹿がつくくらい」

「最近、何か悩まれていた様子などはありませんか?」

「……最近頭の毛が、薄くなってきたとか言ってましたけど………」

冗談とも言えない返答に、亜里沙は苦笑した。


 事務所に戻ると、野島が待っていた。

その日のうちに調査会議を開き、明日に備えるのが恒例である。

「私生活には、特に問題がないみたいだけれど…でも、二十年も経つと

あんなものなのかしらね。 旦那さんに対する興味………」

「さぁ、どうだろうね・・・」野島はあえて、返さなかった。

二人の出した結論は、何らかの仕事関係のトラブルであろうという

事であった。時計は、夜十時を回っていた。

「亜里沙、今日は何食べようか?」

「『ニーハオ』にしようよ。しばらく行ってないしさ」

『你好』は、中華街の路地裏店である。観光客の多い中華街大通りから市場通りに

入った中程にある。野島は、加賀町署時代からよく通っていた。目的は、料理の上手さもあるが、ママの中華街の裏社会に通じた人間関係の広さにあった。


  最近、亜里沙は自宅マンションには帰らず、五階に泊まっていく回数が増えている。事件以来、少しでも耕介のそばにいたいのである。野島も同じ思いであった。

二人は、当然のように歩いて路地裏店『你好』に向かった。


  3 ライブハウス『ドルフィン』


 翌日の午前中、野島は加賀町署の古畑に連絡を取り、関内の『ドルフィン』に関する資料を差しさわりない範囲で聞き出していた。この頃には、加賀町署の組織犯罪対策部との連携もさらに深まり、『みなと探偵事務所』の集めた調査資料も組織犯罪摘発において、大いに貢献していたのだった。

 『ドルフィン』は、2010年に関内にて設立された主にジャズをライブで聞かせる店で、横浜の音楽文化に貢献している店の一つであるらしい。

海外からの著名なミュージシャンも出演する有名店であるが、ここ十年の間にオーナーが何人か変わり、現在は、岡田泰三という人物であった。


「古畑部長、岡田泰三とは、どういう人物なんだい?」野島の素朴な疑問である。

「内偵資料によると、どうやら岡田組の幹部らしいですね・・・」

「岡田組って、確か黒田組の傘下じゃなかったか?」

「そういえば、そうですね」

「何か匂うな・・・分かった古畑くん。恩に着る」

野島は早速、今後の調査方法を亜里沙と検討を始めた。


「所長、この手の店はいつも従業員募集の広告が出ていると思うんだけど…

その線でどうかな?」

「亜里沙、秘匿調査も致し方ないが、充分注意をするんだぞ」

亜里沙が確認のため美香に連絡を取ると、果たして募集中であった。

野島は、亜里沙の提案に渋々了承したのである。結果的にこれが当事務所のスタイルでもあるのだから・・・


 亜里沙は、地下に続く階段を慎重に降りると重い木の扉を開けた。

「わたし、チラシを見て伺ったのですが、店長いらっしゃいますか?」

「店長、募集チラシを見た人が見えてます」                  フロアーを清掃中であった若いボーイが声を掛ける。現れた店長は、亜里沙を一瞥しただけで、興味を持った様子である。

提出した履歴書にたいして目を通さず、亜里沙は採用となった。過去の履歴よりも、現在の容姿が重要な採用ポイントなのであろう。

「見た目が若いから、いけるだろう・・・」店長の思わず漏らしたつぶやきを聞き取ってはいたが、亜里沙はあえて流した。

「渡邊亜里沙さん、仕事の内容は軽食やドリンクのサービスそれと若干の接待もあるかな。制服はこちらで用意したものを着てもらいます。早速、明日から来てもらえますか?」女性従業員の数が足りていないことは、明白であった。

「分かりました。よろしくお願いします」亜里沙はいたって謙虚に答えた。


 事務所に戻り、無事採用されたことを野島に告げても渋い顔である。

「大丈夫ですよ。私、伊達にホステス家業三年もやっていませんからね。所長そんなに心配なら、私に護身術教えてくれません?」

「一日で習得できる護身術なんて、役に立つものか。とりあえず、襲われたら

男の大事なところを蹴り上げるんだな」

「分かった。いわゆる玉蹴りね!」


 翌日から、亜里沙の秘匿調査は始まったのである。

貸与された制服は想像より、かなりスカート丈の短いものであった。

ストッキングの着用も許されなかった。

「こんなに短いのですか~?」亜里沙は思わず、隣で着替え中の女に言った。

「そうなのよ。店長って、悪趣味よね。あなた新人さんね。私、朱美よろしくね」

小太りで背は低かったが、愛想のいい女である。

「亜里沙です。こちらこそよろしくお願いします」

「分からないことがあったら、なんでも聞いてね。最初が肝心だから」

「あの~、女の子の数が少ないと思うんですけど?」亜里沙は疑問を口にした。

「そうなの。何故か可愛い若い子が入ってもすぐにやめてしまうのよ。荷物を置いたまま来なくなる子もいるの………」

「朱美さんは長いのですか?」

「二年ぐらいかしら。いつの間にか、私が一番古くなっちゃたわ」

亜里沙は、あなただけは心配ないかもと、心の中で思っていた。


「早速ですけど… 店長のお名前は?」

「秋場修一っていうんだけど、気を付けてね。手が早いんだから」

 自分の名前を聞きつけたかのように、秋場が更衣室のドアをノックした。

「亜理紗ちゃん、着替え終わったかな?」

「終わりました。今行きます」

秋場は、短いスカートから覗く亜里沙の長い脚に視線を落とすと、言った。

「亜理紗ちゃん、good! good!」 

店長の気を引くのも、悪い事ではない。好意は、調査の進展に繋がる事もある。


 午後六時の開場とともに、客席が埋まり始め、八十席ほどのキャパであるが、すでに満席であった。

このようなライブハウスは、一時間ほど食事を楽しんだ後ライブが始まるのが通例である。亜里沙は、酒や料理の注文を受け客席まで運ぶのであったが、手慣れたものである。亜里沙の様子を見て、店長の秋場が亜里沙をしきりに誉めている。

今夜の出演は、世良譲次ピアノトリオである。

ライブが始まると、客は音楽に引き込まれ飲み食いを忘れることになる。亜里沙は手すきを利用して客席を見まわすが、平均的なサラリーマンがほとんどであるようだ。


「きょう、オーナーは来ていないのですか?」亜里沙は、小太りウエートレスの朱美に聞いた。

「VIP席にお客さんと座っている右側の白髪の人がオーナーの岡田泰三さんよ」

岡田は、六十がらみの背の高い痩せた男である。

「それより亜里沙さん、再三言うけど本当に、店長には気を付けた方が良いわ。 店長、あなたが気に入ったみたいだし」と朱美が忠告してくれたが、亜里沙は逆にこのチャンスを生かそうと思っていたのだ。

亜里沙は、さりげなく店長の前に立つとオーナーへの紹介を頼んでみた。

「亜里沙ちゃん、まだ早いよ。それより今日終わったら話があるから、待っててくれないか」亜里沙の胸の上で、視線が揺れている。

「あまり遅くなると困りますけど、お留守番がいるので………」

「それって、彼氏のことかな?」

「だと良いんですけれど………」


店が十時に終わると、亜里沙は店長の白いベンツSLの助手席に乗せられ、本牧方面に向かっていた。左側に、野島の入院していた『みなと赤十字病院』が見えてくると、野島の心配そうな顔を思い出していた。

それを無視するかのように車は進むと、右折しイスパニア通りに入った。左手前方に、明るいカジュアルな建物と、風にそよぐヤシの木が見えて来る。ハワイ料理を食べさせる『ラ・ナレイ』である。

家族連れも多く、明るい雰囲気は安心感を与えてくれる。料理は、亜里沙の好みであった。店長秋場との他愛無い話が続き、お互いに打ち解けてくる(亜里沙は、演技ではあるが)。

「亜理紗ちゃん、軽く次の店に行こう」秋場は、少し渋る亜里沙の肩を抱くと、強制的に車に乗せられる。

本牧の繁華街の中を複雑に走ると、一軒のバーの前で止まった。看板には、『BER JEBEL』と書いてある。地下一階の店に、腰を抱かれながら降りていくとそれほど広い店ではなく、カウンターの奥で男が一人飲んでいるだけであった。

「亜理紗ちゃん、何飲む?」

「店長私、ほんとに一杯で帰りますから…」

「分かってるって!」

「じゃ、ギムレットを…」ギムレットは、ジンとライムジュースで作る甘すぎない爽やかなカクテルである。

秋場の眼がさりげなくバーテンダーの眼を捕らえているようだ。

バーテンダーが、かすかに頷いたように亜里沙には見えた。


亜里沙は、ギムレットを口に含むといつもの味と違う異変を感じたのである。   さりげなくトイレに駆け込むと、全部吐き出していた。薬物の可能性も否定できないのだ。カウンターに戻ると秋場の意味ありげな視線が亜里沙を捕らえている。

「私、少し酔ったみたい…」亜里沙は意識して甘えた姿態を見せてみる。

スツールに座った亜里沙のスカートが捲れあがっていた。秋場の手が伸びる。

「亜理紗ちゃん、君ならもう少し稼げる話があるのだけどね」秋場は、本性を現し始めていた。

「店長、話によります…けど………」呂律の回らないふりである。

「実は、ある偉い人から亜里沙ちゃんみたいな綺麗な人を、紹介してくれないかと頼まれていてね」

「素敵なオジサマですか?」あえて断りはしなかった。

興味ありと判断した秋場は、誰にも話さないことを条件に声を潜めて話し出した。

「横浜総領事館に勤めている偉い人なんだけど、日本の女の人が大好きでね。

それは大事にしてくれるし、お小遣いも貰えていい事づくめなんだ」

「亜理紗、少しは興味はあるんだけど、お名前は?」

秋場は、少し躊躇した姿を見せていたが、覚悟したように話し出した。    「韓国の人で、『リ・ミョンチュル』って人なんだけど、ここまで話を聞いたら引き返せないからね」

「そういうことなのね。でも、今日は無理だから… 女の子の日だし………」

亜里沙が帰る素振りを見せると、秋場は諦めた様子で亜里沙を解放した。

酔っていたはずの亜里沙は、ドアを開けると階段を掛け上がっていた。

「店長、おやすみ~!」亜里沙の声が秋場の動きを抑止する。

亜里沙は、運よく客待ちのタクシーを見つけると乗り込むことが出来た。

「山下町に行って下さい!」

亜里沙は、携帯を手にすると野島に連絡を入れた。

「ごめんなさい、今から帰るから!」

横浜の夜は、ラウンド・ミッドナイトを迎えていた。


  4 李明列(リ・ミョンチュル)の正体


亜里沙の『ドルフィン』への出勤は、午後三時からである。

午前中は昨晩、亜里沙が身体を張って手に入れた調査情報を野島と二人で分析する時間に使った。岡田泰三がオーナーであることは、黒田組傘下の人間であることには間違いがないと思われる。

亜里沙は、少量だがギムレットを化粧瓶の中に入れ持ち帰っており、野島は昨晩の内に加賀町署組織犯罪対策部の古畑に事情を話し、鑑定依頼をしていたのである。

ギムレットに入っていたとしたなら、混入場所は、『BAR JEVEL』の可能性が高いいと言える。店長の秋場が前もって渡していたのだろうか? むしろ、今回に限らず

『ドルフィン』が薬物の中継地であると考えた方が自然である。


 正午ごろ古畑から連絡があり、わずかではあるがコカインの反応が出たとのことであった。(芸能人が、主にコカインを使用する理由として、半日程度の短い時間で反応が出なくなり、足が付きにくい事だと言われている)

そして、この件に関してはすでに関東信越厚生局が約一年前から、内偵捜査をしていることが分かった。しかし、潜入捜査官からの連絡が半年前から途絶えていて捜査の進展がみられていないらしい。

「亜里沙、これ以上の潜入調査は危険だな」野島は訝しがった。

「所長、分かるけど、もう少しだけやらせて」亜里沙としても、ここで中途半端に やめるわけにはいかないと思ったのだった。


 亜里沙が午後三時過ぎに店に出ると、店長の秋場が寄って来た。

「店長、昨日はご馳走様でした」あくまで屈託なく挨拶する。

「亜里沙ちゃん、李さんには話しておいたからね。約束は守って下さいよ」

「店長、昨日のギムレット飲んだら、すごく気持ちが良くなってしまって…

癖になりそうなんですけど…」

「李さんと会えば、もっと気持ちよくなれるよ。李さんも喜んでくれるしね」

李と薬物の関係を明確に示す言葉であった。

「分かりました。でもあと二三日待ってくださいね」亜里沙は、含みを残した。


 一方、野島は李明列なる人物を調べていた。李が横浜領事館の領事であることに

間違いはなかった。しかし、問題は暴行容疑で三件の訴訟が起こされている点である。李が治外法権を盾に凌辱を繰り返していたことに間違いはないだろう。そして、女を繋ぎ止めるために薬物が使われていた・・・その供給先が『ドルフィン』であることに間違いはなかった。

 大使館は、その国の首都に置かれ外交交渉が主な役割なのに対して、領事館は主だった都市に置かれ自国民の保護や通商促進が役割なのである。李は、この地位を利用した明らかに不埒な人物像であった。


  5 真相 インプロビゼーション


 タイミングよく大橋美香トリオの出演日である。

亜里沙は、ステージが終り楽屋に引き上げて来た美香に迫った。         「ここが、怪しい場所であることは知っていたのでしょ?」亜里沙は聞いた。

「美香さん、何か隠していることはないかしら?一刻の猶予も無くなってきている。

でないと、三浦さんを見つけてあげられないわ」


亜里沙の真剣な様子に、美香は話す決心をしたようである。

「六本木のクラブに出ていた時にピアニストのロバート・クラークソンと知り合い恋に落ちたの。彼の影響で私も自然にコカインを使うようになり、確かに音楽が良くなったと思えた。特にインプロの時にね。六本木でコークの入手先が手入れにあい入手が困難になった時に、紹介されたのがここドルフィンだったの」

いつしか、美香がコークを使っていることを三浦が知ることとなり、厳しく注意を受けたというのである。                          「美香、恋愛には口を挟まないが、クスリだけは駄目だ。いくらインプロビゼーションに必要だからと言っても、いずれもっと強い薬を欲しがるようになる。美しく人を感動させる音楽が何処から生まれてくるのか、美香が一番分かっているのじゃないのか?」

 その晩は、ライブ後の食事も一緒に取らず別れたというのであった。

そして、翌日美香は三浦に謝ろうとしたが姿を見せず、美香の前から失踪してしまったのだという。

「当然、店長の秋場にも聞いてみたけれど、相手にもされなかったわ。警察に捜索願いを出そうかとも考えて見たのだけれど、自分の薬物摂取のこともあって、お義兄さんを頼ることになったの…」美香は経緯を話した。

「それで、クスリの入手先を三浦さんに話したのかしら?」亜里沙は、聞いた。

「ううん、話してないわ。でも、三浦は、うすうす気付いていたみたいね」


 三浦がドルフィンが薬物の中継場所だと知った後に、秋場に美香との関りを絶って欲しいと迫ったことは容易に想像できるのだ。

三浦のタレコミを警戒した秋場が、オーナーの岡田泰三に報告をし、岡田が黒田組に助けを求めた。これが真相ではないかと、亜里沙は考えた。


 亜里沙がドルフィンでの仕事を終え事務所に戻ると、野島と古畑が待っていた。

「亜里沙お疲れ様。紹介するよ。加賀町署の組織犯罪対策部の古畑君だ」

古畑は、四十過ぎの体格の良い男である。顔つきは、野島に似ていると亜里沙は思った。強い意志を持った男の顔である。

「いつもお世話になっております」と、亜里沙らしくなく照れながら挨拶をする。

「私の方こそ、いつも部長にはお世話になっております」と古畑も照れながら言う。

お互い初対面ではあるが、強い仲間意識で結ばれ信頼感が透けて見えた。

亜里沙がこれまで知り得た調査報告を二人の前ですると、対策が練られた。


  6 黒田栄治との対決


 その日から、三日目の夜のことである。

「亜理紗ちゃん、李さんの事忘れてないよね?」秋場は諦めず迫って来た。

「店長、もう少し待ってください… 私から言いますから…」

「李さんの都合もあるからね。オーナーからも強く言われていてね」

「分かりました」

「あっ、そうだ。今日黒田会長が来るから、接待の方よろしく頼むよ」

「黒田さんて、どういう方なんですか?」亜里沙が、反応する。

「大事なお客さん。でも、亜里沙ちゃんは知らなくてもいいことだよ」


 亜里沙は、タイミングを見てトイレに駆け込むとメールを打った。

【九時ぐらいに、黒田組がドルフィンに来る予定。要待機!】


第一回目のステージが終り、休憩の時間になって間もなく、五人ずれの男達が

VIP席に座った。オーナーの岡田泰三と黒田組らしい四人である。

亜里沙は、朱美と二人で接待役をこなしていた。亜里沙を気に入った黒田組の中の 

一人が亜里沙に声を掛けた。

「お姉さん、釣りはいらないから『マールボロのボックス』買ってきてくれ」と

一万円札を渡して来た。

「承知しました」と、言う亜里沙のスカートが翻った。トイレに駆け込むと再び打った。【 来たわ 五人で!】


 店の駐車場に密かに待機をしていた野島ら五人が他の客に紛れ店に入った。

野島の姿を確認した亜里沙は、VIP席を指さした。

野島が、黒田組組長黒田栄治の前に立ちはだかった。数人の男たちが反応し立ち上がったが、黒田がそれを制した。

「これは、野島さんではないですか? 良く回復されましたね。それは良かった」

野島を襲ったのが、黒田組配下の人間である可能性があった。

「お陰様で、命を落とすところでしたよ」野島は返した。

「近頃の若いもんは、やりすぎるのでいかんですな」

「組長が指示したと・・・」野島は聞いた。

「いや、あくまで一般論ですよ。私は、そんなやり方は好きではない。しかし、

野島さん。宮部興産の件は困りましたよ。あれはあくまでビジネスなんですから、邪魔をしてもらっては困ります。私は、あなたが好きなんです。デカの時代からね。

正直そんなあなたの傷つくところなんて見たくもないのです」

黒田は、落ち着いた態度で話した。


「ところで野島さん、私に何の用事ですか?」

「黒田さん、きょうは拉致した三浦さんを帰してもらいたくてね」

「三浦さん?知りませんね。いなくなってからどのくらい経つのですか?」

「惚けないでください」野島は強く言った。

「事件性のあるものや事故での失踪は、捜し出すのに三日が限度であることくらい探偵のあなたなら充分知っているはずだ」

実際、自分の意志での失踪は六割がた家に戻ってくるというデータがあるのだ。

警察が積極的に捜索をしない理由がここにある。逆に、事件性のあるものは意図的に失踪者が隠され発見が難しいのだ。


「すると、黒田さんは関与を認めたと・・・」

「いやいや、あくまで一般論ですよ」

「黒田さん、あなたほどの人だ。社会に役立つ正業をなされてはどうですか」

「私もこうやって陰ながら音楽を聴く場所を提供して、皆さんに喜んで貰おうと

思っているのです。そして、結果として音楽家も生活してゆける・・・」

「しかし、そんな大儀も薬物が絡めば犯罪ですよ」野島は核心に迫った。

「野島さん、これが私たちの生業なんです。これでも人のお役に立てている。

喜びも感じることが出来る。犯罪の基準なんてものは、殺し以外は為政によって

代わり変化するものなんです」

「ヤクザに利用され、不幸になる人もいる」

「それを言えば、探偵業も同じこと。発見されて喜ぶ人ばかりではない」

「黒田さん、理屈はその辺で終わりにしましょう。日本は法治国家です。

言い訳は、ゆっくり警察で話して下さい」

野島の合図を見て、客席に紛れていた古畑をはじめ四人の捜査官が、黒田とオーナーである岡田を取り囲んだのである。


 古畑は、直前に本牧の『BAR JEVEL』での家宅捜査を行い薬物を発見していた。

そして、入手先は『ドルフィン』の関係者であるとの証言を得ていたのだ。

「黒田さん、そしてオーナーの岡田さん、これから秋場店長の薬物検査をしますので、結果次第ではあなた達に任意同行をお願いすることになると思います」古畑は、あくまで丁寧に説明をした。

 結果、秋場店長の尿から明らかな薬物反応が出た。

直ちに店の外に待機していた捜査班が呼ばれると家宅捜索が行われ、金庫の中に小分けされた少量の覚醒剤とコカインの発見に至ったのである。

「私は、何も知りませんよ。秋場の勝手にやったことなんだから・・・」

岡田は、自分は被害者であると訴えた。

「お気持ちは分かりますが、使用者責任もありますのでね」

「黒田さん、任意同行願えますか?」

黒田が無言で立ち上がると、岡田も古畑の後に続いた。


秋場は、所持をしていた現行犯逮捕のため厳しく取り調べられた。

「秋場さん、一介の従業員であるあなたの意志で行われていたとは到底思えない、

ここは知っている真実を全部明らかにしてもらいたい。あなたの安全は警察が守ります。いずれにせよ、もうあなたの戻れる場所はないのですからね」

秋場は、古畑の説得に応じ観念した様子で話出した…


「ドルフィンも最初は真っ当なライブハウスだったんです。海外のミュージシャンの出演が多くなるにつれ、コカインなどの入手希望が当然のように増えていったのです。彼らには、罪の意識は低くかえってインプロビゼーション(即興演奏)には必要であるとさえ主張する者もいたのです。オーナーの岡田も黒田組の傘下組織の人間ですから、これらの薬物の入手は簡単な事でした。黒田さんも喜んでましたよ。

ご存じのように、黒田組の生業は薬物の流通なのですから、消費する末端の存在はなくてはならないものなのです」

「入手先は、何処なんだ?」古畑が問い詰めた。

「以前は台湾が多かったのですが、今は別ルートが多くなって来ています。それは、韓国です」

ここで、『ドルフィン』と横浜総領事館の領事李明列が繋がったのである。

黒田組は、このルートを維持するため女好きで知られる李明列のもとに女を定期的に送り込んでいた。その供給地がドルフィンであったと明確化されたのだ。

亜里沙もかなり危機的な状況に追い詰められていたことは、容易に想像が出来る。強制的に覚醒剤を打たれていたとしたなら、今の亜里沙ではない可能性もあった。


 古畑は、野島から聞かされていた三浦マネージャーの失踪に関しても厳しく追及をした。

「私が、三浦マネージャーから強く叱責されたのは事実です。大橋美香さんには今後一切薬物を渡さない事、もしこれが約束できないのなら薬物売買の事実を警察に話すことになると、強要されたのです」

結果、危機を感じた秋場はオーナーの岡田に相談を持ち掛けたのであった。

「私は、それ以外何も知らない。何処にいるのかも分からないのです」


 加賀町署は、黒田栄治を任意同行から逮捕状請求対象に切り替えた。

一方、李明列との繋がりが明らかになった段階で、関東信越厚生局麻薬取締部が動いたが、李明列は、すでに夕刻韓国に向けて出国した後であった。


  7 厚生局麻薬取締部横浜分室


 後日、大橋美香が横浜みなと探偵事務所を訪れていた。

美香が持参した白い封筒の中には、基本料金の三十万円が入っている。

成功報酬はもちろんであるが、今回は基本料金も請求出来ないと野島は思っていた。

「亜里沙、それでいいだろう?」

「私もそう思います」

今回の失踪調査が大きな結果へと結びついたのも、亜里沙の献身的な働きのお陰であることに間違いはなかった。野島は、別の形で報いて上げたいと考えたのである。


「ありがとう、私がばかだったの。クラークソンとは別れることになりました。

私は、あれから自分自身を掘り下げてみて、いい音楽を生み出すのに薬なんて必要ない、だって、本当の音楽を生む出す力は心の中にあるのだと気が付いたのです。

人や自然を愛する気持ち、そして生かされていることへの感謝の気持ちさえあれば、

人を感動させられる音楽を生み出せるって、分かったの………  」  

美香の流した涙は、過去との決別でもあったのだ。


「今現在、警察の捜査にも関わらず三浦さんの発見に繋がっていないことは本当に悔しいです。でも、もっと悔しい思いをしているのは、探偵であるお義兄さん自身かも知れないわ。私も希望を捨てずに待っています、ず~とね」

美香は、同じように身内に失踪者を待つ野島の心に心情を重ねたのであろう。

野島は、今の美香なら今まで以上に素晴らしい音楽で、人々の心に癒しを与えてくれるだろうと思いながら、美香の後ろ姿を優しく見送った。

「美香さんは、聴取を受けたのかしら」亜里沙の素朴な疑問である。

「古畑は、美香さんの件は直接聞いたわけではないし、何も聞かされていないと言ってたぞ」野島は、亜里沙にウインクを返した。

「耕介、それ気持ち悪い~」


 ………………………     ………………     ………………………


「はい、みなと探偵事務所です。少々お待ち下さい」亜里沙の明るい声が応対する。

「所長、厚生局の日下部さんという方からお電話です」

「日下部さん?」野島に名前の覚えはなかった。

「電話代わりました。野島です」

外線は、厚生局麻薬取締部横浜分室長、日下部五郎からであった。

「野島さんですか。この度はお世話になりました。ご足労ですが分室で少しお話を

お伺い出来ないでしょうか?」

「分かりました。お伺いしましょう」野島は、二つ返事で承知した。


横浜分室は、横浜合同庁舎内にあり、厚生局直轄の組織である。横浜港は有数の貿易港であるため、横浜分室は国内でも大きなものであった。

日下部五郎は、五十がらみの体格の良い男である。元ラグビー部の主将といった風情だ。

「実は、うちも李明列と黒田組のルートを追っていまして、捜査官を一人黒田に潜入させていたのです。いわゆるアンダーカバーですね。そんな中、半年前のことです潜入捜査官が野島さんに関する情報を手にすることになったのです。その情報が本部に伝えられた直後、その捜査官の足取りが途絶えてしまった。我々がその対応に追われていた時期に、あなたが襲われてしまったのです」

「・・・やっぱり、黒田か!」

「あなたに伝えるべきであった。この点は、我々もあなたに謝らなければいけない。しかし、情報源を黒田に知られることを組織として恐れたのです」

「日下部さん、私も元捜査官です。気持ちはよく分かります。組織の責任者として

随分悩まれた事と推測します。どうか、忘れて下さい」

「ありがたい・・・」


 所詮野島を刺した実行犯を捕まえても、野島には意味のない事である。

命を出した黒田栄治自身が裁かれる責を負っているのだ。これは、加賀町署組織暴力対策部の古畑と検察に期待するしかないのである。いまとなっては、野島は捜査権を持たない一般人の調査員でしかないのだから・・・

横浜分室が李明列を取り逃がしたことは、大きかったのかも知れない。しかし、現実は治外法権が立ちはだかっているのである。国内で取り押さえるのは不可能であった。明らかになったのは、皮肉にも李自身が自分の罪を認めたことなのだ。

麻薬取締部は、韓国の捜査関係機関と連携を密にとり李明列を捜査対象とし、監視を続けることを依頼したのである。これは、韓国における反社会勢力の資金源を断つためにも必要な措置であろう。韓国側の本気度が試されるのである。


 8 プロローグ


 「野島さん、あなたは優秀な捜査官であったと伺っています。そして、今でも

立派な成果をあげていらっしゃる。是非、もう一度組織の中で働いてみる気はありませんか?」 日下部は、頭を下げた。

社会的に評価されることは野島にとっても、嬉しい事ではあった。しかし、野島の夢はそこにはなかったのである。

「日下部さん、私にとっても本当にうれしいお言葉です。感謝しかありません。

でも、私には帰らなければいけない場所があるのです。小さな城ですが、それが

『横浜みなと探偵事務所』なのです」


 野島は、アルファロメオ・ジュリエッタに乗り込むと、帳の下り始めた山下公園通りに向かっていた。一年前と変わらない景色を確かめるために・・・

野島は、今更ながら亜里沙の存在の大きさに気付かされていた。

待っている人がいる日常、この日々の大切さを忘れてはいけない。そして、これを奪う者が現れた時には全力で戦うのだ。待っていてくれる人のためにも・・・・・

また、平和を願うごく普通の人々のためにも・・・


 *


野島は、マリンタワーを過ぎ山下町の交差点に差し掛かると、右にハンドルを切った。亜里沙の待つ事務所はもう目の前である。



  おわり







  


 


 















 


 






















 




 


 









 

 



 

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