第36話:友愛

「私も一緒に連れて行ってください。

 この子と離れたくありません」


「くぅううううん、くぅううううん、くぅううううん」


 うかつだった、こんなことになるとは全く考えていなかった。

 村人も元奴隷たちも、使徒の俺に接する時は神に接するようにうやうやしい。

 同時に、俺が友としているデザートウルフたちに対しても、とてもうやうやしい。

 まるで神使、神の使いに接しているようだった。

 地下用水路を創るために俺が遠出している間は、元奴隷たちが食事を与えたり部屋の掃除をしたりしていたが、敬うと同時に恐れてもいた。

 まさか友情を育み猟犬スキルが発動するとは思ってもいなかった。


「二人が仲良くなったのは分かった。

 離れ離れになりたくない気持ちも分かる。

 だが砂漠を横断するのはとても危険な事なんだ。

 二人がわかれたくないと言うのなら、村に残る方がいいと思う」


 これが一番安全で、誰も傷つかない方法だと思う。

 まだこの村での自給自足は不可能だが、俺が与えた砂漠の魔物を干物にしている。

 けっこう多くのサンドワームを与えたから、畑の作物が収穫できるまで、十分食料は持つと思う。

 二人のために倍のサンドワームを村に与えてもいい。


 それに、巨大城砦に少し手を加えて、水が湧き出るようになった山間、城壁の外側に巨大な水濠を創り出した。

 農業用水を貯めておくだけでなく、淡水魚の養殖も始めた。

 何より村人と元奴隷たちに教えたのが、貝の養殖だ。

 食用にするだけでなく、人工で淡水真珠を作り出すのだ。

 それができるようになれば、この村は巨万の富を生み出すことになる。


「「「「「くぅううううん、くぅううううん」」」」」


 困った、本当に困った。

 他の19頭のデザートウルフにまでお願いされてしまった。

 子狼と別れるのが嫌なだけでなく、アメリアと別れるのも嫌だという。

 いつの間に全てのデザートウルフの心を盗んだのだ、アメリア。

 牛飼少女恐るべし。

 そうなのだ、今俺を困惑させているのはあの少女なのだ。

 俺の自制心が切れる遠因となった可哀想な少女がスキルを発動させたのだ。


「なんでもします、だから連れて行ってください、お願いします、使徒様。

 たいした事はできませんが、使徒様が望まれる事は全てやります。

 それに、それに、それに、牛、そう、私は牛が飼えます。

 この子と一緒に使徒様のために牛を飼って見せます」


 俺はアメリアのなんでもするという言葉に誘惑されてしまった。

 13歳のとても可愛い美少女だ。

 薄幸の美少女ほど親父心をくすぐる存在はない。

 そんな美少女に慕われ恋に落ちる。

 これほどの幸せはめったにない。

 

 即答で連れて行くと言いそうになったのだが、言えなかった。

 目の奥の箒を持って仁王立ちする祖母の姿が浮かんでしまった。

 また不完全な良心が発動してしまった。

 こうなっては手も足もでない。

 連れて行かないと断腸の思いで口にしようとした。


 だがここで牛を飼ってくれるという言葉が耳に入って来た。

 牛乳、チーズ、バーター、ヨーグルトが食べられるようになる。

 それに牛肉を腹一杯食べたい。

 特に牛タンを燻製にして食べられるのなら、少々の事は笑って許せる。

 

「分かった、連れて行こう」

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