第32話:隠れ里へ

 怒りに任せて暴れ回ってスッキリはしたが、その責任は重かった。

 奴隷市に集められていた奴隷全員を護る責任が生まれてしまった。

 助けた後で放り出してすきにしろとは言えない。

 ブタ聖職者の一味が素直に反省して心を入れ替えるとは思えない。

 ここの領主や奴隷商人が素直に奴隷を手放すとも思えない。

 救われる希望を夢見させておいて、責任を取らずに自分だけ逃げられる恥知らずだったら、もっと楽な人生を歩めていた。


「先頭の者は神獣の跡について歩くがいい。

 最後尾は我が護ってやるから安心するのだ。

 慌てる事なくゆっくりと歩くのだ。

 疲れたのなら無理することなく休むがいい」


 1000を超える奴隷を率いて新天地を目指していた。

 最悪の場合はスタンフォード王国まで連れていく覚悟はしていた。

 だができる事ならこの辺で新たな村を開きたかった。

 サザーランド王国の侵攻を受けて、スタンフォード王国を捨てるような事態になった場合、逃げる場所を確保したかったからだ。


「村長殿、奴隷を助けて逃げてきた。

 できれば彼らを同じ逃亡者として対等の立場で受け入れてやってもらえないか。

 受け入れてくれるのなら、相応の代価を支払わせてもらう」


 俺は砂漠を横断して最初に接触した隠れ里をあてにしていた。

 あの村長なら信用できると思っていたからだ。

 彼なら1000人の民が増えても、上手く統治してくれると思ったのだ。


「それはおどしなのか。

 素直に受け入れなければ、この村を襲って奪うと言いたいのか」


 ただ村長が村人に対する責任感から、少々疑い深くなっているのは確かだ。

 確かに100人もいない村が1000人もの人間に囲まれるのは恐怖だろう。

 普通なら襲われて略奪の限りを尽くされる。

 俺がいなくなった後の奴隷を完全に信用できるかと言えば、普通なら権力を得ようとして暴力を振るう奴がいるだろう。

 だが、俺を神の使徒だと恐れているこの奴隷たちが、権力争いをする事はない。

 特に神の使いだと言って鳥たちに見張らせれば、絶対に逆らわない。


「そんな事はしない。

 この近くに砦を造ってそこに住まわせる。

 だがその時にも、できれば連合村の長としてこの者たちを指導してやって欲しい。

 この者たちが見知らぬ土地で生きて行けるように、指導してやって欲しいのだ。

 その代わり、代価に村長の望むことを叶えてあげよう」


「ふん、そこまで言うのなら、願いを言うからかなえてくれ。

 かなえてくれたなら、この命に代えてその者たちが生きて行けるように助けよう。

 この村が必要としているのは、豊かな水だ。

 安心して飲める美しい水。

 畑に十分な水を与えられる井戸だ。

 それをお前に作ることができるるのか。

 作れるものなら作ってもらおうじゃないか」

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