第17話:間抜け

 俺は自分が間抜けだという事をすっかり忘れてしまっていた。

 俺は勇者召喚に巻き込まれた元奴隷で、ある意味とても目立つ存在なのだ。

 名前を変えて街の中で生きて行こうとしても、全人口が1万人しかいない国で、急に大金持ちになって金で女を集めたら、思いっきり目立ってしまう。

 集めた女の数だけ男に恨まれてしまう。

 だから本当に街に隠れ住み、品行方正に生きなければいけなかった。


 これなら最初からカッコつけずにハーレムを要求していればよかった。

 王宮内に秘密の部屋を用意してもらって、隠れて酒池肉林を楽しむのだ。

 普段は王家の使用人のフリをして、陰では王家を支配する獣欲の王。

 想像するだけなら自由で、罪にはならないし、誰にも気がつかれない。


 思うだけで実行できない根性なしだ。

 グランドマザーコンプレックスという言葉は聞いた事がない。

 だが『おばあちゃん子』という言葉は昔からある。

 そして『おばあちゃんっ子は三文安い』という言葉も……


 まあ、いい、俺はおばあちゃん子を恥じていないからいいのだ。

 50を越え60が近くなっても、心の中に怖い人がいてくれるからこそ、人の道を踏み外さずに生きていくことができる。

 人生をやり直せると言われても、あの腐れ不良勇者どもや、サザーランド王家のような生き方をする事は絶対にない。


「モンドラゴン男爵は今日が初めての狩りなのか?」


 俺に猟犬団長が声をかける。

 ベテランの狩人でもある猟犬団長には独特の迫力がある。

 国の食料供給の一端を担っているという自信と権力がある。

 だから男爵位を得た俺に対しても呼び捨てである。

 別に最敬礼して欲しいわけではないが、少しくらい敬ってくれてもいいはずだ。

 何と言っても、俺は500人の歩兵を3年間維持できるだけの費用を、国に渡したことになっているのだから、表に出せる範囲で王家に貢献したのだから。


 まあ、これも宗主国を誤魔化すためにやった事だ。

 脱糞大使が言っていたように、属国に隠し財産があるのは問題だった。

 それを理由に宗主国が戦争を吹っかけてきては困る。

 だから、奴隷である俺を買い取る金は、スタンフォード王国の男爵位を手に入れたい平民が収めた事になっている。


 あの脱糞大使は、安くすると言いながらそれほどの大金を吹っかけてきたのだ。

 あの脱糞騒動がなければ、どれほど高額な対価を要求するつもりだったんだ。

 まあ、お陰で俺は単に自由を得ただけではなく、最下級とはいえ貴族になった。

 だが、正体を知られるわけにはいかないので、常に大型のサンドスパイダーの外骨格から造ったプレートアーマーとヘルメットを身につけている。

 砂漠に住む魔物素材から造っているからそれほど暑くはないのだが、鬱陶しい。


 だがお陰で、誰に遠慮することなく思いっきり暴れることができるようになった。

 魔力で強化した身体を思いっきり使って魔物を狩る。

 ほぼ無限になった魔力を無制限に使って魔物を狩った。

 魔物を狩るだけではなく、砂漠の奥深くに自分だけの秘密基地を造った。

 やはり俺はとても間抜けだった。

 自分の正体は隠しても、噂というものを軽く考えすぎていた。

 その影響は忘れた頃にやってくることになる。

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