第13話:命の水

「おばさん、水を売ってくれ」


 アンが露店の水売りに小銭を渡して水を買っている。

 比較的資金力のある店持ちから買わずに、自らの魔力で水を創り出して売り、生活費にしている露天商から買うのがアンのやり方だ。

 優しくて好感が持てるのだが、奴隷とするとあちこち行かなければいけないので、少々手間に思ってしまう。


「あいよ、いつもありがとね、お陰で子供たちに腹一杯食べさせてやれるよ」


 水売りのおばさんがうれしそうに話しかけている。

 

「いや、どこで買っても同じなら、心優しい人の所で買いたいだけだから……」


 照れたように話すアンがとても可愛い。

 サンドワーム相手に奮戦していた戦士にはとても見えない。

 思わず抱きしめたくなるような可愛さだ。

 

「では、私は次の店に行くから」


 アンの歩き方がさっきより少し早足になってる。

 後ろをついて歩く俺たち奴隷も周囲にいる露天商も、アンを温かな目で見ている。

 自分たちを酷使する主人や、宗主国が派遣した監視役に対する目ではない。

 みんなアンが奴隷を同じ人間として扱っている事や、この国の尊厳を踏みにじっていた大使にケンカを売った事も知っているのだ。

 しかもできるだけ広くこの国の民にお金が渡るような買い物をしているのがいい。


 属国のスタンフォード王国は莫大な税金を宗主国に納めなければいけない。

 元々水に恵まれない貧しいこの国には、とても重い負担だろう。

 そんな状況でもこの国の王族は全ての民を救おうと努力している。

 水魔術で自分や家族の飲み水を確保できない国民のために、猟犬団、鷹匠団、自警団を設立して老若男女を受け入れ、労働の対価に飲み水を与えている。


 この国がサザーランド王国に屈するまでは、この国の命の綱ともいえる砂漠樹の実で、最低限の飲み水と食糧が確保できていたそうだ。

 砂漠樹とは砂漠地帯にだけ育つ特殊な樹木で、地下深くの水脈まで根を伸ばし、砂漠の砂から養分を取り込み、激しい太陽光で栄養豊富な実を生らせるのだそうだ。

 しかも地下茎が本体で、それが広がる事で地上に生えるという。

 まるで竹のような性質だと思ったのだが、真実かどうかは分からない。


 だがそんな砂漠樹の実を宗主国に税として全て奪われてしまうので、多くの国民が命懸けで砂漠の魔物を狩って食料を手に入れているという。

 だが食料は砂漠の魔物から手に入れることができても、水は手に入らない。

 水を手に入れようと思えば、地下深くの水脈まで井戸を掘らなければいけないのだが、砂漠樹の根があるのでとても水脈まで井戸が掘れないそうだ。


 そこで王族や貴族が全魔力を使って水を創り出し、国民に与える飲み水を確保していたそうなのだが、王族が次々と病に倒れ死んでいるという。

 証拠もないのに人を疑うのは悪い事なのだが、それでも思ってしまう。

 サザーランド王国が毒を盛るか呪いをかけているのだと。

 この国の民にとって、スタンフォード王家が与えてくれる水は命の水だ。

 それを奪おうとする奴はちょっと許せない。

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