第36話

「あ、お姉ちゃんどうだった?」


 扉が開かれると中にいた少女は入ってきた女性にそう尋ねる。


「冬子ちゃんに聞いたけどいいってさ、でも次からはこういうのなしだからね?」

「はーい」

「それにしても雪、どうして急に参加したいなんて思ったの?」


 姉である瀬奈にとって妹である雪のその行動は変であった。

 普段ならば人に見られる機会をできるだけ減らそうとするのに今回はその逆だったからだ。


「私ももう中学2年生だからやっぱり成長しないとって思ったの」

「そう?」


 妹が成長することは瀬奈にとってとても嬉しいことであると同時に不安もあった。

 それは先に生まれて雪よりも長く生きてるからわかること。

 人は決して異物を好まない。

 世界は広い、だから色んな人がいる。

 雪のことを受け入れてくれる者がいるということを今では疑う気は無い。

 それでもやはり大多数の人間は自分達とは明らかに違うような相手を避け、突き放す。

 その人々が作り出す荒波に揉まれてしまうのではないかとどうしても考えてしまうのだ。


「ちなみにその2日前がリハーサルと顔合わせだからね?」


 瀬奈がそう言うと雪はわかりやすく身体をギクッと反応させる。


「えっ····顔···合わせ··?」

「勿論だよ、あ、それと今回無理やりねじ込んでもらったんだからちゃんと他の出演者に謝罪もしないとね?もちろんそのタコの被り物をとって」


 瀬奈はそう言いながら雪が被っていたタコを脱がすと焦った表情の雪がいた。


「と、取らないと····ダメ?」

「ダメ、それが誠意ってものなの」


 瀬奈自信、自分がとても意地悪なことを言っている自覚はあるがそれは妹の雪が傷つかないためだった。


「そもそも人と話す時はあんまりそういうのは宜しくないんだからね?というかいつも言ってるけど別にここで被る必要なくない?」


 ここは既に室内であり、今日はこの部屋は彼女達の貸切だったため他の人と出会うことはほぼないのだ。


「そ、それはもう癖で····」


 雪がそう言った時、扉がゆっくりと開かれた。


「ひ、ひぃ!」


 雪は瀬奈に隠れると恐る恐るその入ってきた人物の方を見る。


「おはようございます、雪さん、瀬奈さん。

今日は早いですね」


 入ってきた眼鏡をかけた女性を見て瀬奈は時計を確認するとちょうど11時を指していた。


「さすが陽菜、時間ピッタリ」


 その会話を聞いてようやく雪も入ってきたのが仲間だということに気づく。


「な、なんだ、陽菜さんか···」

「ここに来るのは私たちくらいなんですから毎回のように驚かないでください。

 それにしても今日は被ってないんですか?」

「へ?」


 そう言われて雪は自分の顔をぺちぺちと触ると自分がタコの被り物を被っていなかったことを思い出す。


「お、お姉ちゃん!早く返して!」

「はぁ、分かったから落ち着いてって」


 瀬奈がそのタコを渡すと雪はしゃがんでそそくさと頭に被る。


「全く、よくこれで出ようと思ったね···」

「す、少しづつ慣れていくんだもん!」

「瀬奈さん、何に出るんですか?」

「あぁ、みんなが集まってから言おうと思ったけど先に言っておこうか、来週の金土日で北条祭があるのは知ってるでしょ?それに出ようって」

「でも確かこの前は断ったと···」

「雪がさっき出て見たいって」

「へぇ、雪さんが···何か心の変化でも?」


 陽菜は心の底から感心したような声を出す。


「成長したいんだってさ」

「それはいいことですね。

 ですが雪さん?一度断ったのに今度はさんかさせてくれないかというのは相手方にも迷惑をかける事です。

 次からはないようにしてくださいね?」


 陽菜は微笑みから一転してそう注意する。


「そ、それさっきお姉ちゃんからも聞いた···」

「うん、言ったね」

「そうですか、なら瀬奈さんと今の私のを踏まえて3度目です。

 以後こういうことのないように。

 いいですね?」


 有無を言わせないその圧力にしゃがんでいた雪はさらに小さくなる。


「は、はい···」


 その返事を確認した陽菜は鞄を住みに置くとキーボードの前に立ち、音を出し始める。

 それから10分程経った頃、また扉が開いた。


「ご、ごめんなさ〜い、遅れました〜」

「ななみん〜!」


 扉が開いた瞬間はビクッとしていたが直ぐに入ってきた人物に気が付いた雪は駆け出して行った。


「雪ちゃ〜ん!」


 それに気付いた七海も腕を広げて雪を受け止める。


「全く、遅いですよ?七海さん」

「だからごめんなさいって言ってるじゃな〜い。

そうやってプンプンしてるのは良くないよ?」

「誰のせいだと···それよりあなたは緩すぎですよ。私たちの中で1番歳が上なんですからシャキッとしてください」

「ちょ、ちょっと〜歳の話はしないでよ〜あなた達だってもうすぐ20歳なんだからねー」


 すると大きな胸に埋もれていた雪が顔をモゾモゾと上げる。


「私まだ14だからまだもうちょっと先〜」

「あれ、雪ちゃんってまだそれだけなんだっけ!?ってことは私と10歳差!?

 しょ、ショック〜」

「大丈夫だよななみん!ななみんは立派な大人だよ!」

「雪ちゃん?どこを見て言ってるのかな〜?」

「ご、ごめんなさい」

「も、もぅ可愛いなぁ〜許しちゃう〜」


 昔は自分にしか心を開いていなかった妹がそうやって他の人とも仲良くできていることに瀬奈は安心とどこか寂しい気持ちのまま手元のベースの音を確認する。

 そのベースの音を雪達は生暖かいと感じていた。

 それからしばらくして最後の一人が入ってくる。


「わりぃ遅くなったわ」

「ハナハナ〜!」


 雪は先程と同じような反応をしつつ彼女に駆け寄った。


「おー雪、今日も可愛いなぁー」

「えへへー」


 中学2年生の雪を軽々と彼女は持ち上げて抱き寄せる。


「花音さんが七海さんより遅く来るのは珍しいですね···どうかしました?」


 七海の時とは明らかに違う態度に七海は突っかかる。


「ちょっと〜、扱いが違くない〜?」

「普段の態度では?」


 陽菜と七海が言い合っているのを他所に瀬奈が改めて尋ねる。


「それで今日はどうしたの?」

「いやぁ今日なんか社交界があるらしくてな、親父と言い合いになってたんだよ」

「そっか!ハナハナってお金持ちだもんね!」

「お金持ちなのは私じゃなくて花園家だけどね」


 そう言って花音は苦笑いをしながらそのタコの頭を撫でる。


「あ、そうだ!ハナハナと確認したい箇所があったんだよ!」

「ん?じゃあ直ぐにチューニングするから待っててな」

「うん!」


 そう言って花音は直ぐにギターケースを下ろしてギターを取り出す。

 それを横目に陽菜と七海の言い合いを仲裁した瀬奈は2人に言う。


「花音、それから七海さん、来週の日曜日に北条高校の文化祭に出ることになったけどいい?」

「私は予定ないしまぁいいけど〜お祭りってことは男がいっぱいいるんでしょ〜?ちょっとやだなぁ」

「男の人が居ないところの方が珍しいですよ···」

「私も別に予定ないしいいぞ。

 まぁでも時間もないし早めにセトリ決めないとな」

「そうだね、でも私たちならいつもすぐ決まるしそこは心配してないかな」

「それもそうだな、でもどうして急にそんなこと言い出したんだ?」

「実は雪が···」


 そう言って瀬奈は雪がやりたいと言い出したと2人に伝えた。


「雪ちゃん大丈夫なの?」

「が、頑張る」


 七海は心配そうに聞くが花音は雪の意気込みに感心していた。


「へぇ、いいじゃん、頑張ろうな、雪」

「う、うん!」


 彼女たちはそうやってまたいつものように練習を始めるのだった。

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