第26話

 俺はしばらくの間青山先生が落ち着くまで静かにしていた。

 すると後ろの方からガチャガチャという音が聞こえたので振り向いてみるとそこには見たこともないような格好をした少女がたこ焼きの辛さに悶えていた。


(あの子、どこかで····)


 そんなことを思っていると青山先生は落ち着いたのかこんなことを聞いてきた。


「そういえば知ってる?うちのお化け屋敷に雪女を入れようって言ったのは美紀ちゃんらしいの、」


 雪女、もし俺が小鳥遊さんをいじめろと言われたならパッと思いつくのがそれだ。

 恐らく他の人もそう思うのはおかしくない。


「小鳥遊さんから聞きました。

俺の中での最悪な予想はアイツらが小鳥遊さんをいじめてそれを止めようとした美紀がハブられることですね」


 美紀ならきっと止めるだろう。

 俺はそれを信じてる。


「そう?私からしたら美紀ちゃんも一緒になって小鳥遊さんをいじめるかもしれないって思ってたんだけど」

「美紀に限ってそれはない····」

「本当に?本当に言いきれる?」

「当たり前じゃないですか!青山先生は知らないかもですけど美紀は昔いじめられてたんですよ?1番あいつがその痛みを知ってるはずです!」

「ふーん、

そういえば昨日、秋山くんは美紀ちゃんに告白されたんだってね」

「それがなんだって言うんですか?」


 俺は少しイラついていたためか言葉がキツくなっていた。


「私なら考えちゃうな、自分が振られたのはきっとその人の心を奪ってる人がいるのかもしれないって」


 もしそんな考えをしたならばパッと思いつくのはやはり小鳥遊さんだ。

 でも····


「美紀はそんなこと···」

「秋山くん、この世に絶対はないんだからね?まぁなんにせよしばらくは気が抜けないわね。

ということで改めて秋山くんに頼みがあるの」


 いつもなら嫌がる俺に無理矢理でも押し付けるはずの青山先生の目は至って真剣で真っ直ぐに俺の事を見ていた。

 それに思わず息を飲む。


「嫌なら断ってくれてもいい、でも、もし、秋山くんがその頼みを受けたいと思ったなら、できるだけ多くの時間を白愛ちゃんと過ごして欲しい」


 それだけ言うと青山先生はお金を置いて帰ってしまう。

 俺はその頼みへの答えを出さなかった。

 というのも、青山先生がそれを言わなくていいと言ったからだ。

 しばらくの間、俺が目の前のたこ焼きとにらめっこを続けていると不意に声がかけられる。


「律坊、忠告してやる。

この件はいつも見たく流れでひきうけちまってた、なんてことは絶対にやめろ」

「そんなのは、わかってる····」

「いいや、分かってない」


 八焼き屋のオヤジはそう断言する。


「律坊は毎回ここに来るとまた面倒事に巻き込まれたとか愚痴を言ってるがな、そんなに嫌なら関わらなければいい、断ればいい。

それをしない癖にウダウダ言うのはやめろ、見苦しいぞ」

「そんな簡単に割り切れることじゃ····」

「いや、みんなそうやって割り切って生きてんだよ。

世の中ってのはな、そうやって何かを捨てながら進まなければやってられないんだよ。

それを上手くて甘い言葉で隠してるだけだ」


 オヤジの目は真っ直ぐに俺を見据え、俺に有無を言わせない程の眼力があった。


「いいか?お前が大きな物を持つと言うのなら小さい物は全部捨てろ、人ひとりが、それもお前みたいな奴が持てる量なんてたかが知れてるんだからよ」

「そんなことは···」


 そんなことは分かってると言いたかった。

 それでも今の俺にはそれを言うことが出来なかった。


「中途半端に全部を持とうとするならお前は全てを失うぞ。

お前は神でも仏でもなく、ただの人間なんだ」


 凛は、前に俺にこう聞いた。

 人を殺したことはあるかと、それの意味はきっとこれらの事を指していたんだろう。

 彼女を支えている小さな糸は少し刺激されただけで切れてしまう。

 しかし彼女がもしもこの先、生きていくのだとしたらその刺激はいくらでも訪れる。

 彼女に関わるということは彼女の命に直接触れるということだ。

 それは人を殺す覚悟をするのと同じなのかもしれない。

 だから青山先生は俺に答えを求めなかった。

 これは俺自身が答えを出すべきことだ。

 彼女に関わらないのなら関わらない。

 関わるのなら関わる。

 これは中途半端に決めることでは無いのだから。


灯台の光を求めてさまよった今にも浸水してしまいそうなほどボロボロな船は、なんの偶然か、小さな島に住む俺の元へと辿り着いてしまったのだ。


◇▢◇▢◇


 私は今、寧々ちゃんと共に近くのショッピングモールへと来ていた。

 というのも昼休みの時、寧々ちゃんが今日は部活がないから買い物しに行こうと言い出して私はつい、昔のようにいいよと言ってしまったのだ。

 誰かと買い物に行くなど親を覗いたらあの人以来···

 そんなことを思っていると寧々ちゃんが試着室から出てくる。


「ねぇねぇ!これどう?可愛くない?」


 寧々ちゃんが着ていたのはフリフリが着いた真っ白なワンピースだった。

 残念なことにサイズが少し大きかったがそれでもかなり可愛らしくて似合っていた。


「可愛いですよ」

「本当?良かった〜じゃあ今度は白愛ちゃんも来てみてよ!」


 私はそう言われてサイズが一回り大きい同じようなワンピースを持って試着室に入る。

 そして、それを試着をしてみて鏡を見ると思い出すのは小さな頃のことだった。

 子供の頃はなかなか外に出ることがなかった為に家の中をお気に入りだった白いワンピースを着てよく走り回っていた。

 それを思い出すと私は懐かしさでふふっと笑ってしまう。

 寧々ちゃんを待たせるのも悪いと思い私は試着室のカーテンを開けると寧々ちゃんは私を見て固まっていた。


「あの、何か変だったでしょうか?」

「い、いや、すごく似合ってて···なんか妖精みたい···」

「へ?」

「あ、いや、褒め言葉だよ?すごく似合ってるよ!私もそれだけ着こなせたらあっちゃんを····」

「何か言いました?」

「なんでもないなんでもない!」


 最後の方の言葉が私には聞こえなかったので思わず聞き返すと寧々ちゃんは慌てる。


「それで、その服は買うの?」


 寧々ちゃんがそう聞いてきて私は悩んだが寧々ちゃんが買った方がいいよと言ってくれたので私はそれを購入することにした。

 それをいつか着る日が来ることを祈って···


 その後、私達はどこかで夜ご飯を食べようということになって寧々ちゃんが行きたいところがあると言うのでそれについて行くとそこは青山先生が前に連れてきてくれた八焼きだった。

 寧々ちゃんは思いっきりドアを開ける。


「オヤジさん〜来たよ〜」

「あれ?寧々····それに小鳥遊さん?」

「ほぇ?あっきー?」

「秋山さん···?」

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