第21話
◇▢◇▢◇
中学生のころ、私はごく普通にいるような子だったはずだ。
顔は、隣のクラスの加藤さんには及ばないもののそこそこ良かった。
友達も多くはないがそれでも共通の話題で話し合える友達がいたのでそれだけで充実して過ごせていた。
だが、それは直ぐに崩れ去った。
ある時、私はクラスの男子に空き教室へと行くように言われて断る理由もなかったためついて行った。
その空き教室にいたのは、同じクラスのお金持ちの子だった。
私は、自分で稼いだ訳でもないのに自分の家がお金持ちである事を鼻にかけて他人を見下し、傲慢になっている彼の事が正直苦手だった。
空き教室の周りにはそれなりの人がいて、私たちを見ていた。
その視線が気持ち悪いと思いながらも彼の言葉を待つと彼は私に告白してきた。
周りは私がそれを受け入れて当然と思っているのか、彼も自信満々の顔をしていた。
それでも、私は彼を振った。
今思えばもう少しやりようがあったのではないかとも思うがその時の私は皆が見てようがお構い無しに振った。
そして次の日から友達だと思っていた子は話しかければ避け、教科書は破かれ上履きを隠されたりもした。
原因は何となくわかっていた。
きっと彼がそうするように仕向けたに違いない。
だが、私は先生に相談をすることが出来なかった。
それは先生が彼の親に頭が上がらないことを知っていたからだ。
それにお母さんはおばあちゃんのお世話でいつも疲れているので私が心配をかけるわけにもいかなかった。
そうしている内に私は、何もかも失って行った。
自分が母親の前で笑えているのかすら分からなかった。
それでもいつも通りに学校へと登校する。
結局上履きは見つからないのでいつもスリッパだ。
借りる時には毎回担任からさっさと新しいのを買えと言われる。
しかし、買ってくればまた盗まれるのが目に見えているため、買うことは出来ない。
いつもスリッパでいるためか他のクラスの人からも笑われていた。
彼と出会ったのはその頃だった。
いつものようにスリッパを返す時、担任がグチグチ言うのを聞き流しているとそれが遮られる。
「尾田っち、ちょっといい?」
「ん?あぁ、秋山か···お前からも言ってやってくれ、長篠はいつもスリッパなんだよ、何回買ってこいと行っても買ってこないし」
「いや、なんで俺が言わなきゃならないんですか···そういうのは尾田っちの仕事でしょ?」
「そうなんだがよ···まぁいいや、それで?どうしたんだ?」
「これ、」
そう言うと彼は尾田先生に書類を渡す。
「ん?あぁ、これか、分かった。
生徒会長にちゃんと受け取ったって言っといてくれ」
「ほーい」
「はぁ、長篠、お前ももう帰れ」
そう言われて私は下駄箱へと向かう。
するとその途中で彼が話しかけてくる。
「いやーそれにしても君、災難だったね、尾田っちって1度あぁなると長いからね〜」
「別に、もう慣れてるし···」
「え?マジ?すごいな、」
「それで、何か用?」
「ん〜特に用って訳じゃないけどさ、なんで上履き買わないの?スリッパって動きづらくない?」
「別に、あんたには関係ないでしょ?」
私は早く帰ろうと早歩きをするが彼は付いてくる。
「靴下汚れるよ?」
「気にならないし···」
「でも買った方が良くない?」
「しつこい!!買っても隠されて無くなるから買わないの!!」
私はそのしつこさについカッとなってしまい言う必要のない事まで言ってしまう。
彼は私に怒られたにも関わらず真剣な顔で私に聞いてくる。
「それはどういうことだ?」
「あんたには関係ない···」
そう言って私は下駄箱を開けて靴をとる。
その靴はいつものように雨が降っているわけでもないのに濡れている。
それに気づいたのか彼は私の手を取る。
「なに?」
「お前、いじめられてるのか?」
「だから?」
どうせ言ったところで相手がお金持ちの子だと知れば彼も手を引くだろうと思って私は少しムキになる。
「だからって···」
「はぁ、私を虐めてるのはあの青木君よ?」
その名前を出せば彼は手を離すだろうと私は思っていた。
しかし、彼は手を離さないので私は無理やり外そうとする。
すると、その揺れでカバンの中身が床にばらまかれてしまう。
それを彼は拾う。
「ちょっと来い、」
その中身を見た彼はそう言うと手を引いて無理矢理私をどこかへ連れていく。
そして、たどり着いた先は生徒会室だった。
彼は勢いよくドアを開ける。
「凛!ちょっといいか!?」
「あぁ、律、書類は届けてくれたの?」
「届けたよ!」
「ありがとね、ということで今日は帰っていいよ〜」
「聞いてたか?ちょっといいかって聞いたんだけど!」
「あぁ、そうだったね」
生徒会室にはこの学校の中では憧れている人が多い、凛会長がいた。
その凛会長は1度私をみると彼に視線を戻す。
その一瞬の視線に私の背筋はピンッと固まる。
「それで?その子とのデートのおすすめの場所を聞きに来たの?」
「そんな事じゃなくて!この子が虐められてるんだよ!」
「ふーん」
それを聞いても凛会長はまるで知っていたかのように驚くような素振りを見せなかった。
「ふーんって···」
「それで、律はどうして欲しいわけ?」
「そんなの決まってるだろ!?いつもみたいに···」
凛会長は私達のことを鋭い目付きで射抜いてくる。
その瞬間、心臓がギュッとなるような感覚に襲われる。
「いつもみたいに何?」
「助けてやらないと!」
「その必要はないんじゃないかな?」
「はぁ!?この子は苦しんでるんだぞ!?」
「なんで律がそんな事を分かるの?」
どうしてかは分からないが凛会長は彼の言うことを軽く流そうとする。
「はぁ!?なぁ、凛!ふざけてんのか!?冗談になってねぇぞ!?」
「はぁ、私は別に冗談は言ってないしふざけてもないよ」
「じゃあ、なんで!!」
「言ったでしょ?必要が無いって」
「お前!」
その軽く流そうとする凛会長の態度に彼は怒って胸ぐらを掴もうとするが逆に彼は投げ飛ばされて地面に背中から落ちる。
「っ!!」
「はぁ、少しは落ち着いたら?」
「落ち着いていられるか!」
「まずさ、私は結構前から長篠さんが虐められていることくらい知ってるの」
私の名前を知っていたこともそうだが、私が虐められていることを知っていることに私は驚きを隠せなかった。
彼も同じように動けないようにされているが驚いていた。
「1か月前くらいかな···尾田ちゃんが私のところに来て、今まで優等生で友達もそれなりにいた子が急に元気をなくしてしかも友達とも話さなくなって、しまいには上履きを持ってこないようになったって相談に来たことがあったの。
それで私はどうしてかと思ってその子を調べてみたら青木君って子達から虐められてる事がわかったんだよ」
「なら、どうしてその時!」
彼はそうやって怒るが私からすればきっと青木君がお金持ちの子だったからだと思った。
「簡単だよ、彼女がまだ、誰のことも必要としてないからだ」
しかし、凛会長は全く違うことを言う。
「律、1つ覚えておいて?学校の前にさ、いじめを見て見ぬふりをするのは犯罪だって書いてあるでしょ?」
「それがなんだよ」
「あれって、正しくないんだよね」
「はぁ?何を言って····」
「だから、傍観者は傍観者でしかないってこと。
もちろん、助けてと言われたのにそれを無視したならそれは加害者と同じだよ?
でもさ、助けてとも言わない奴を助ける義理もなければ義務もない。
だってそうは思わない?助けを求めてない人を助けるっていうのはその助ける人の偽善でしかないんだから」
凛会長の言うことは難しい話だったが私には何となく言いたいことが理解出来た。
「私は彼女が虐められてるとわかった時、それを悟られないように尾田ちゃんにもう1回話を聞いてみた。
でもさ、尾田ちゃんはそんな事を知らないし彼女の親からもそんな相談を受けてるようには見えなかった」
そう、私はまだ1度も誰かに助けて欲しいと言ったことは無かった。
私が惨めでいればきっと誰かが助けてくれると心のどこかで思っていた。
そう信じていなければ、私は学校になんか来ることは出来なかった。
「私は、手を伸ばさない人の手を掴めるほど出来た人間じゃない、手を伸ばしてくれた人を助けるだけで手一杯なんだよ。
いや、その人すら助けられるかどうか分からない。それなのにわざわざ泥中からその手をかき分けるようなマネはしない」
凛会長の言葉はスポンジが水を吸い込むように私の心に浸透してくる。
世の中、助けを求めても助けて貰えない人がいるのに、助けを求めもしない人が助けられるほど世界は甘くない、その事を知らないまま大人になればきっと誰かがいなければ何も出来ないような人間になってしまうだろう。
それを凛会長は分かっている。
だからこそ、突き放した。
見て見ぬふりをした。
それを彼も理解したのか既に黙ってこちらを見ていた。
凛会長も私のことを見ている。
その言葉を待ってるのだ。
決して、私に対して優しくしてくれた訳では無い。
でも、でも何故か、私にはその言葉が、視線が暖かく感じた。
今まで誰にも心配をされないようにと心の中に閉じ込めていたはずの涙がいつの間にか零れ出していた。
彼らなら、私を····
そう思うと言葉は嗚咽と共にスラスラと出てくる。
「私を····助けて··ください!」
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