第20話

 屋上は風が強くたなびいた髪が目に入ってしまいそうだった。


「来たんだ、律」

「美紀···」


 そこに居たのは長篠 美紀だった。


「前はさ、凛さんや小夜ちゃんも一緒によく遊んでくれてたじゃない?」

「そうだな、」

「それで高校に入ってからは自然に話さないようになって前は名前で呼んでたのにお互いに秋山とか長篠って呼ぶようになって、美紀って呼んだのはさっきのホームルームの時くらい」

「嫌だったか?」


 美紀はゆっくり首を横に振る。


「この後の返事次第、」

「はぁ、とりあえず先に謝っておく、悪かったな昨日来れなくて」

「それは別にいいの、今日来てくれたんだし」

「っていうかなんで今日もここに来たんだ?」

「だって律たちお昼の時に騒いでたじゃん、それで今日代わりに来てくれるって聞こえたから来たの」


 あぁ、そういう事か···

 ってかあれもしかしてクラス中に聞こえてた?そしたらまじで恥ずいんだけど····


「それで?一応聞くけど呼び出した理由は?」


 正直なんの事かはある程度理解してるがここはあくまで分からないと言ったふうに話を進めた方が良さそうなので俺はあえてそう聞く。

 その方が切り出しやすいと思ったからだ。

 案の定、美紀は手をぎゅっと握りしめて勇気を振り絞って口を開く。


「ずっと前から律の事が好きだったの!

だから、付き合って欲しい!」


 告白をされるというのは俺の人生の中で初めての事だったのにも関わらず俺は何故か冷静でいられた。

 風が強く二人の間に吹き付けている。

 屋上の扉もガタガタと揺れて静かな時間に音を入れる。

 美紀の顔はとても悲しそうな顔をしている。

 あの頃の美紀を知っている俺たちからすればきっとそういう悲しい顔を見せてくれるだけでも1歩前身だと、喜んでいただろう。

 しかし、今はそれを喜ぶことは出来ない、なぜなら俺は今からそんな彼女を振らなければならないからだ。

 最悪の場合、前の状態になってしまうかもしれない。

 だが、お情けで付き合ったとして、それは彼女のためにならないし彼女自身もそれに気づいてしまうだろう。

 この告白の返しにきっと正解なんてものはないのだろう。

 だが、俺はそれを出さなければならない。

 だから俺は彼女を振る。


「長篠さん、」


 その呼び方に彼女はビクッと反応する。

 それだけで悟ってしまったのか彼女の目からは涙が溢れてくる。

 小鳥遊さんとは目も髪も肌も違う色の彼女、

 だけれど、その涙の色は小鳥遊さんと同じで酷く純粋で全てを透かしてしまうような透明な色だった。

 彼女を救ったのは結局、俺では無いのだ。

 俺には凛のような勇気がなかった。


「ごめん、俺は美紀とは付き合えない」

「······やっぱり小鳥遊さん?」

「·······」

「今日、楽しそうにお昼話してたもんね···」

「どうだろうな···楽しく話してたのは寧々も一緒だからな···」

「···加藤さんはほら····」


 すごいな、ほら、という言葉だけで伝わってしまうなんて。

 気の所為か、また屋上の扉がガタガタと揺れる。

 少しでも、気が楽になるかと思って話を変えたが少し無理があっただろうか···

 だが、彼女にはそれが伝わっていた。


「ありがと····私、先に行くね···」


 そういうと彼女は行ってしまう。


「はぁ、寧々、敦也」

「あはは、バレてた?」

「バレバレだ」


 もう少し隠れる努力をしろ···

 そう思って扉の方を見てるとそこからは寧々や敦也に続いて小鳥遊さんも出てくる。


「あれ、小鳥遊さんも?」

「すいません····」


◇▢◇▢◇


「小鳥遊さん、悪いけどちょっと待っててくれない?」


 私はそう言われて約束を覚えてくれたんだと少し嬉しくなった。


「いいですよ」


 私はそう言うと呼び出されてる予定もなかったのでいつものようにボーッとしていようと思っていたが寧々ちゃんや敦也さんが話しかけてくる。


「それじゃあ寧々ちゃん」

「?なんですか?」

「なんですかって決まってるでしょ?行くよ!」


 何処にとは聞く必要がなかった。


「えーっと、私もいいんですか?」

「当たり前じゃん!ほら、行くよ?」


 そう言われて私は寧々ちゃんに手を引かれるがまま屋上の扉の前に来る。

 そこからは少しだが秋山さんと長篠さんの話し声が聞こえてきた。


「あの手紙って長篠さんだったんだ···」

「意外だな、あいつらってなんか会ったのか?」

「ほら、あれじゃない?確か中学の時虐められてた子がいたじゃん」

「あぁ、あれが長篠さんだったんだ···」


 私は寧々ちゃんと敦也さんの話を黙って聞いていると扉の奥から大きな声が聞こえてくる。


「ずっと前から律の事が好きだったの!

だから、付き合って欲しい!」


 それが聞こえてきて寧々ちゃんと敦也さんはどうするのかなと盛り上がっていた。

 同じように私も秋山さんがどう答えるのかをドキドキ待っていた。

 もし彼がその問いに頷いたなら、彼と長篠さんがもし付き合ったら、2人は笑いながら街の中を二人で歩いたりするのだろうか、

 私の頭の中にはそんな幸せそうな秋山さん達の姿が思い浮かぶ。

 もしそうなったら秋山さん達から見えるその景色は一体どれだけ美しいのだろうか。

 きっとそれは私の世界を形づくる白と黒の色では表しきれない色で埋め尽くされるのだろう。

 そう思うと私の心に空いた穴が疼いた気がした。


「白愛ちゃん、大丈夫?」

「え?」


 突然、寧々ちゃんに話しかけられたことでハッとなる。


「顔が強ばってるよ?」


 そう言われて顔を触ってみると確かに顔に力が入ってしまっていたので私は自分の手で解して秋山さんの返事を待つ。

 その時間は世界の中でごく普通に過ごしている人にとっては一瞬で終わる時間かもしれないが私たちにとってはとても長い時間だった。


「長篠さん、」


 やがて秋山さんの声が聞こえてきた。

 その声は色々なものを押し潰し手捻り出したような声だった。


「ごめん、俺は美紀とは付き合えない」


 その声が聞こえた時、私は一体どんな感情を持っていたのだろう。

 喜んでいるのだろうか、悲しんでいたのだろうか、安堵しているのだろうか、はたまた残念に思っているのだろうか。

 だが、その答えは出てこなかった。

 それからは長篠さんが言ったことに寧々ちゃんが反応してドアに当たってしまった時はハラハラしたがその後、長篠さんが走ってくるまで私達は静かにしていた。

 そして彼女が走ってきたその顔は涙でクシャクシャになってしまっていた。

 その顔を見る時、私はきっといたわるような顔をしてしまっていた気がする。

 勇気をだして秋山さんに告白をして、そして振られてしまった。

 私には関係の無いことのはずなのに、どこか自分の事のように思ってしまった。

 寧々ちゃんも同じように長篠さんを見て、いつもからは考えられないほど静かになってしまっていた。

 長篠さんは一瞬私の方を見ると階段を駆け下りて行ってしまう。

 するとバレていたのか秋山さんは寧々ちゃんと敦也さんの名前を呼ぶ。


「あはは、バレてた?」

「バレバレだ」


 そう言われて私たちは屋上に踏み入れる。


「あれ?小鳥遊さんも?」

「すいません····」


 その時見えた秋山さんの顔も、同じように悲しそうな顔をしている。

 それは当然で1人の女の子を傷つけてしまったのだから···

 一人の女の子が勇気をだした結果、私たちは何を得たんだろうか。

 振られた子が悲しみ、振った人がそれを悲しんだ。

 だから私は改めて思う。

 この世界は優しくも厳しくもない、と。

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