第16話

「そういえば何に怒ってたんだ?」


 夜ご飯を食べ終え小鳥遊さんがお皿を洗ってるのを見ながら俺は聞いた。

 すると彼女は何でもなかったかのように答える。


「あぁ、それならもう大丈夫ですよ、なかなか言ってくれなかったので怒っていただけで。

結局言って頂けましたから」

「ん?何がだ?」

「美味しいって言ってくれたじゃないですか」

「あぁ、それで良かったんだ」

「えぇ、まぁ別に正直に感想を言ってくれるだけで良いんですけどね」


 あぁ、それはあれだな正直に言っていいと言いながら不味いと言うと怒り出す男性にとっての関門だ。

 世の中の結婚したことがある多くの男性が同じようなことを言われているのでは?

 そう思うと俺はジト目になってしまう。


「な、なんですかその目は」

「いや、何、男は辛いなと思っただけだ」

「どういう意味ですか?」

「だって、それでマズイって言われたらせっかく作ったのにとか言って怒り出すんだろ?」


 あと、なら貴方が作れば?とか言って····


「そんなことないですよー」

「本当か?本当に言って大丈夫なのか?」

「うっ、当たり前じゃ····ない··ですか?多分。

あの···もしかして不味かったですか?」

「いや、今日のはそんなことはないけど?」


 心配そうな顔で恐る恐る聞いてきた彼女にそう言うとほっとしたように胸を撫で下ろす。


「それは良かったです。

でもですね?女性側からしても言い分はあるんですよ?

毎日のように美味しいだけ言われてると本当にそうなのか無理してないかとか」


 無理してるんだろうな···

 いや俺は知らんけど。

 まぁ本当に美味しければ万事解決なんだけどね。


「それに何よりですね?なんでも言っていいって言った上で美味しいって言われる方が嬉しいんですよ」

「そういうもん?」

「そういうものです」

「小鳥遊さんは俺に美味しいって言われて嬉しかった?」

「それはもちろん!」


 ならよかったよ。

 彼女は洗い物が終わったらしくお茶を入れて持ってきてくれる。


「実はですね、日曜日におばあちゃんの家からお茶が届いたんですよ」

「へぇーってことはおばあちゃんは静岡とか?」

「そうですよ、小学校の頃はよく遊びに行ってましたね。

そして最後はおばあちゃんの茶畑で迷子になりましたね····」


 あぁ、そこからもう始まっていたのか····


「そういえばアッキーさんは····」

「うん?」

「す、すいません!素で間違えました!」


 どうやったら素で間違えられるのだろうか、彼女はやっぱりどこか抜けてるのか?


「まぁ、いいよ。それで?何を聞きたかったんだ?」

「え?あ、なんでしたっけ」

「おい、学年1位?」

「おかしいですね···私記憶力はいいと思うんですけど···もしかして秋山さん私の記憶力を妨害するような何かを!?」

「んな訳あるか、そもそもな家までの道を全て覚えれば迷わないはずなんだよ」

「ま、迷っちゃうんだから仕方ないじゃないですか····」

「はぁ、これが俺たちの上だと思うと俺もアイツも報われないな。

いや、アイツは自業自得か···?」

「アイツとは?」

「あぁ、田辺だよ」


 全てのテストで100点を取れずに98を連発。

 そして2位の座にたったがために彼女のバックレと俺の点数操作により学年全員の前で自分の勉強方法と生活を言う羽目になり、その上それが100点を取れない男の生活だと笑われる始末。

 しかも何度も聞いたんだよとヤジも飛ばされる。

 なお、勉強始める6時前には一斉に友人たちから勉強頑張れwとメッセージが送られてきたそうな。

 ちなみに俺も送ってあげた。

 ごめん田辺、自業自得じゃなかったな、可哀想に···

 1度やったからわかるがあそこに立つのは結構心にくる。

 彼女はまだ思い出せていないのか首を捻って唸っている。


「あぁ、あの2位の!」

「それそれ」


 その覚え方は少し可哀想だが間違ってないから余計に可哀想だ。


「まぁ、いくら私でも道を覚えられないんですよ。それに覚えるほど重要じゃないということですよ」

「家への道は重要じゃないのか?」

「もう気にしないでくださいよー!さすがに酷いですよ!?」

「悪いって」

「もー」


 そんなことを言いながらも彼女はのんびりお茶を飲んでいる。


「あ、もうこんな時間ですか···やっぱり1人でいる時は時間がいつの間にか過ぎているのが嬉しいですけど、誰かといる時にはその時間が惜しくなりますね」


 彼女は悲しそうだったが、それが嬉しそうにも見えてしまう。


「じゃあまた明日」

「はい、また明日会いましょうね」


 小さな約束だが、それが出来るのは1人ではないという証拠だ。

 それを噛み締めながら俺たちはいつもの様な明日を迎える。

 そんな当たり前がずっと壊れないことを祈って。


◇▢◇▢◇


「ふわぁ、もう朝か」


 俺は少し痛いのを我慢しながら朝の支度をする。


「今日は木曜日だから···」


 授業も一日分受けていないのでいつも皆勤賞を取っていた俺にとっては少し不安な事だった。

 高校の授業は中学とは違い進みが早いため一日でもかなりのロスになる。

 北条祭については小鳥遊さんに聞いたのである程度は把握しているので、それに関しては大丈夫だろう。

 そう思いながら俺は少し早いが家を出る。

 元々朝ごはんは食べないのでいつもは20分頃に出ているが今日は8時に家を出た。

 すると同じタイミングで隣の家のドアが開く。


「あれ、秋山さん、早いですね」

「小鳥遊さんこそ」

「私はいつも迷っちゃうんで早めに出てるんです」

「大変だな」

「大変ですよ、それで秋山さんはなんで?」

「なんとなくだよ」

「そうですか···」


 そういえば小鳥遊さんっていつも俺より後に登校してたよな?


「はぁ、一緒にいく?」

「お願いします···」


 彼女は申し訳なさそうにするがもう俺は慣れてしまったので対して気にしていない。


「大丈夫だよ、ついでなんだしさ」

「本当に助かります。

もう迷子の時は秋山さんですね!」

「いや····別にいいけど···そうならないことがベストなんだからな?」

「そんなことは分かってますよでも、なっちゃうんですから仕方がないんです」

「はいはい、」


 そのまま俺たち2人は俺にとっては慣れた道を歩いていく。

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