第5話

「そろそろ帰るわ」


俺がそう言ったのは時間がそろそろ3時になるからだった。


「引き止めてすいませんでした」


彼女はそう言って謝ってくる。

だが、雑談は楽しかったし、俺も色々聞いていたのだからお互い様だろう。


「気にするな。あ、あと次に蜘蛛が出た時はあんなに何回もインターホン押さなくていいからね?」

「あ、それなら連絡先交換しましょうよ」

「え?いいの?」

「はい!」


天使様の連絡先が貰えると聞いてポケットを探すがポケットの中にはなかった。


「あーそう言えば俺ん家の中に置いてきたわ、ちょっと待ってくれる?」

「はい!いいですよ」


そして、俺は隣の自分の部屋に入って行って机の上に置きっぱなしの携帯を手に取って戻る。


▢◇▢◇▢


どうしてなんでしょうね、どうして私は試しただなんて嘘を言ってしまったんでしょうか。

ただ、いつもの癖でケチャップを入れ忘れただけなのに。

秋山さんになら大丈夫だなんて思ってしまったのかもしれませんね。

はぁ、私は出会ったばかりの彼に何を期待しているんでしょうか。


私がそんな事を思っていると秋山さんが戻ってくる。

普段携帯のメッセージアプリなんかは親との連絡以外では使わないので追加するのに少し手間どってしまう。

そして、追加し終わったあとは秋山さんは自分の家に戻っていく。

それを確認した私はリビングへと戻ろうとすると、お風呂場のドアが空いていたらしく鏡に映る自分を見つめてしまう。


こんな灰色な世界に生きる私を光で色付けてくれる人なんかいるわけもないのに···


▢◇▢◇▢


北条高校は三学期制であり、しかも、夏休みがほとんど夏期講習という名の通常授業のためほかの学校より早く進むそのため二学期の中間が9月の上旬に設定されている。

まぁそもそも夏休みというのは暑くて危ないから休んでいるだけでエアコンがあるなら無くても別段問題ないのだが、やはり、生徒からは不満が出ても仕方がないかに思われるが、実はそういう訳でもない。

もちろん、夏休みが短いのは嫌だが、そんな彼らを黙らせる大義名分を持っているのだ。

それが、北条祭。

この学校はそれに力を入れており、全国でもかなり有名な文化祭の一つとなっていたと。

そのため、全国から中学生やその親族が見に来る。

この祭りのためだけにこの学校を志望する子は珍しくはない

だがもし、ほかの学校のように中間試験を9月下旬頃に入れてしまえば10月の上旬にあるこの北条祭と被ってしまう。

だからこそ中間試験を9月上旬にいれ、夏休みを潰して余った分が2週間の準備期間としてまるまる北条祭のために設けられるのだ。


「ということで!北条祭まであと、3週間を切りました!」


前の教壇では青山先生が興奮たように乗り出して北条祭の説明をしていた。

それにつられるかのように周りもソワソワしだす。


「なので今日のロングホームルームでクラスの北条祭実行委員を男女2名決めます。あと、その2人を中心に何をやるかも決めようと思いますので、みんな心の中で考えといてね?」


文化祭といえば、演劇や屋台、お化け屋敷などが主流だろう。

いつも勉強ばかりしてる俺ではあるが、こういう学校行事はかなり好きなのだ。

だから、結構ワクワクしていた。

すると、敦也と寧々が話しかけてくる。


「なぁ、律は何がいいと思う?」

「まぁ、俺は屋台とかでいいと思うな」


屋台ならば演劇やお化け屋敷ほど準備に時間はかからないだろう、俺は、来週からの2週間は授業が進まないので今までの勉強を振り返るいい機会ということで既に計画を立てていた。


「えー!ここはさ!演劇じゃねぇか?」

「私はお化け屋敷がいい」

「わかってないなぁ寧々、お化け屋敷は作るより、入る方が楽しいじゃねぇか、お化け屋敷なら女の子の方からくっついてくれるから合法的に触れるんだぜ?」

「それを女の私に言われても····」


はぁ、なぜ日本の警察はこういった輩を捕まえることができないのか····

いや、まぁ確かに敦也の言うことも一理なくはないのだろう····

いや、やっぱ俺には相手がいないからギルティだな。

というか敦也はモテるんだし、こういう所がなければ普通に長続きもするはずなんだけどなぁ。

そんなこんなで北条祭の出し物で盛り上がっていると1限目の予鈴のチャイムと同時に数学の佐藤先生が入って来たことで2人は席に戻る。


▢◇▢◇▢


そして、5時限目のロングホームルーム。


「はい、ということで朝も言ったように北条祭実行委員を決めまーす」


いや、ノリノリだなあの先生。


「じゃあまずはやりたい人!手を挙げて!」


だが、ここで手が上がるはずもなかった。

確かにやりがいはあるのかもしれないが準備は大変だし、当日に関しては人が集まるところに問題も集まるように、出し物を回ってる暇なんてないほどの問題が畳み掛けるらしい。

だから絶対に俺はやりたくな···


「はい!」

「お!田中くん!やってくれる?」


意外だな、あいつがこんな面倒事に関わるなんて。

まぁ、体力もあるだろうし適任なのかもしれないか。


「いや、俺じゃなくて律を推薦します!」

「うん、いいねぇそういうの。律くん採用!」

「いや、待て俺の拒否権は!?」

「なし!」


いやいや、まじでこの先生は!


「断固拒否します!」

「グダグダうるさいよ、秋山くん!じゃあ次は女子を決めようか」


話を進めるな!このままじゃ俺の勉強プランがぁ


「敦也てめぇ、このやろぉ」

「あはは、ごめんって」


絶対にごめんなどと思ってないなコイツは、


「いやぁでも律は頼まれたらうだうだ言うけど結局やるじゃん?」


そんなことは··無い···と思いたい。

しかし思い返してみれば確かに断ることはあんま無い気がする。

いや、コイツらがしつこいだけか?


「はぁ、このままじゃ俺の勉強プランが···」

「せっかくの北条祭なんだから勉強のことなんか忘れちまおうぜ?」

「お前は常に忘れてるだろ···」

「まぁまぁ、私達も応援してるから···」


くそぅ、こうなったら道連れだ


「先生!女子は寧々がいいと思います!」

「私は断固拒否します!」

「なら却下ね」


あれ?なぜ寧々には拒否権があって俺にはない?

差別ですよ!先生!

しかし、やはりと言うべきか女子は手を上げないのでもう少しで放課後になってしまいそうだった。


「ねぇ、本当にいない?楽しいよ?」


だが、女子たちは手を挙げないので今日は出し物を決めている時間はなさそうだった。


「今日には決めないといけないから私が指名しちゃうよ?ちなみに指名された人にはままならぬ事情がない限り拒否権はないから···ここまで反応無いと先生虚しくなっちゃう」


先生がそんな提案をしてもクラスの中はシーンとしている。

それも、隣のクラスの拍手が思いっきり聞こえるくらいには···


「よし!隣のクラスも決まってるみたいだし私が指名しちゃいますか!それじゃあ、小鳥遊さん、お願い出来る?」

「私ですか?」

「もしかしたら、楽しめるかもしれないよ?」


先生は小鳥遊さんを指名すると、コソコソとなんか話していた。


「そういうことなら、別にいいですよ?」


小鳥遊さんがそう言ってくれたおかげでようやく

話が進んだが、同時にチャイムがなってしまう。


「まぁしょうがないか、いつもの事だし」


先生はそのまま帰りのホームルームを始める


「はい、ということで連絡は以上です。日直、」

「起立、礼」

「「さようなら」」


実行委員が集まるのは明日のお昼らしいので今日はもう何もなく、急いで帰る支度をする。

すると、教室に見慣れない人が入ってきて、小鳥遊さんの前へ行く。

まぁ、教室に見慣れない人が入ってくることはもう見慣れているので俺は内心、懲りないなと思っていた。


「あれ?竹下先輩どうしたんすか?」

「あぁ、田中はこのクラスだったか。ちょっと小鳥遊さんに用があってね」

「もしかして先輩、後夜祭の···」

「う、うるさい!さっさと練習にいけ!」

「へい、じゃあ先輩は遅れて来るって言っときましょうか?」

「あぁ、頼むよ」


「敦也、知り合いか?」

「サッカー部の部長でエースの竹下先輩だよ。

結構モテるんだぜ、小鳥遊さんどうすんだろうな」


さぁな、彼女が顔とかを見る人には思えないけど、鏡を見ろって言うってことは顔で選んでるのかもな

敦也と寧々は部活へ行ってしまったが、俺は少し彼女がどうするのか気になって、教室に残ってしまった。

他にも何人かのクラスメイトと、外には先輩の友人達が2人に注目していた。


「小鳥遊さん、」

「はい?」

「君のことが好きです。僕だけの天使になってくれませんか?」


すると、周りがおぉーと盛り上がり、返事を待つ。

俺にはどこか、彼女の返事が怖く感じた。

すると一瞬彼女はこっちをみる。

しかし、すぐに振り返ると、


「鏡を見てきてはどうですか?」


その返事が聞こえると辺りはあぁ、ドンマイと言う空気になる。

しかし、俺には違う風に感じていた。

あれ?なんで、俺は安心してるんだ?彼女はただのお隣さんだ。

そのモヤモヤした気持ちを俺が理解するのはまだ先になるのだろうか···

そして、モヤモヤしたまま俺はいつものように帰路に着く。

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