隠喩と淫夢のラムネ
「ラムネ、飲みたい」
窓から入ってくる夜風が気持ちいい。
「ラムネ?」
砂糖さんが尋ねてくる。汗ばんだ骨っぽい背中が、電気を消した部屋にぼんやり浮かび上がっている。砂糖さんってたくさん汗かくよなあ。私は全然かかない。
「瓶の、ラムネ」
「瓶のやつあんま売ってないからな」
「瓶のラムネでビー玉を鳴らしながら、一度にたくさん飲んで、お行儀悪くゲップしたいんです」
「じゃあ、りつは力ないからラムネ飲む時は僕がビー玉取るね」
今どき瓶ラムネって売ってるのかなあと独り言を言いながら、砂糖さんが私のiPhoneを触り出す。砂糖さんの顔が暗い部屋に浮かび上がる。
「調べたら、夏場は瓶のも売ってるみたい。今度、スーパー行こっか」
砂糖さんにくっつく為に起き上がったら、立ってないけど立ちくらみがした。起き上がりくらみ。とっさに砂糖さんの腕を掴んだ。そのまま腕に頭を預けながら私は話す。
「今飲まないと意味ないんです」
砂糖さんは笑う。
「なんで? 事後の栄養補給ってこと?」
「夏のメタファー」
「何それ」
「隠喩」
「淫夢?」
「コンビニには瓶のラムネ売ってるかな」
「少なくとも僕のバイト先には売ってないなあ」
昼間の、地球からの悪意しか感じられない暑さが嘘みたいに涼しい。
「あ、猫いる」
2m程先に、黒い丸々した猫がいる。
「たぬきの変異種?」
しっぽが、短くて太い。
「なんか砂糖さんとは真逆の体つきだね」
そう? と砂糖さんが首を傾げる。砂糖さんは一般的な男性を縦に無理に10cm位引っ張ったみたいな体型だ。細長いの擬人化。
自動車が来て、猫は行ってしまった。体型の割に動きは俊敏だ。
私は砂糖さんを見上げながら言う。
「人間って、必ずしも猫よりも上の立ち位置である訳はないよね?」
そうだねえ、と砂糖さんは言う。
「でも全ての猫が人間よりも上という訳はないのかな」
「いや、猫と人間とに上下を付けようとして考えるのがそもそも変かもしれないね。それはきっと何においても」
アパートから少し離れたコンビニに着いた。が、瓶ラムネは見当たらない。
「ほろよいならラムネ味あるよ? 買う?」
ラムネ味のほろよいと手軽な酒を適当に買う。砂糖さんが払ってくれたから返そうとしたら
「夏の淫夢なんでしょ?」
と言われた。
「んー、隠喩」
帰り道は、眠たくなってきて歩くのが嫌になってきたから買ったお酒で自分の機嫌をとることにした。
空が少し明るくなっている。
「夏の淫夢って言われちゃうと、真夏の夜の夢っぽいですね」
「それなんだっけ?」
「シェイクスピア」
これ、と砂糖さんに缶を渡すと首を傾げられた。
「缶のフタ固かった?」
「ビー玉、取ってくれないんですか?」
砂糖さんは、ちょっと静止した後に
「わかった気がする」
と言って缶を開けてくれた。
「りつは飲んですぐに顔赤くなるね」
「みっともなくてごめんね」
困った様に砂糖さんは笑って、かわいいよ? と言う。砂糖さんこそかわいいのに。いつも言葉の語尾が少し裏返っているところとか。
なんかこれサイダーみたいな味だなあ。
缶はさっきの砂糖さんみたいにたくさん汗をかいていた。
「未成年飲酒って語呂がいい」
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