きみはロマンスドール。


――やっぱり服も灰にされてもうたんやで☆

変な屋敷の敷地に入ったとたん、下着以外ほぼ裸にむかれたぼく。

「ぐずぐずしないで愚図」という、人の服を台無しにした放火魔のセリフに急かされ、呆然自失で日本家屋の玄関をくぐったところで、無事意識がログアウトしました!


そりゃそうやわな。

ブラック職場の勤務明けに異世界トリップかましてやで? ブラックなGちゃんたちに追い回されて叫んで走ってケガして溺れて……わーもりだくさん(棒)

なんか言うてて辛なってきた。

社畜社畜やって自嘲しつづけてきたけど、ほんまに意識失うまで働かされたのなんか初めてやわ。



「うぬあ゛~……あ?」

目覚める直前のぼくの脳内では、Gたちが満ち満ちたまっ黒なお池にポチャンして溺れるっていう典型的な悪夢が上映されていた。寝てる時くらい平和な夢見ろや脳。


寝ぼけ眼をひらくと、飛びこんできたのは板張りの天井。

どうやら室内に寝かされているらしい。感触から、寝間着らしきものを着ているのが分かる。

意識を失う直前のことを思い返してみるに、のことだ。マッパで土間に放置とか平気でやりそうなのに、ちゃんと介抱(?)してもらえたようなのは意外だった。

左を見ると布団の先に畳が続いている。そのさきに障子戸があって、陽の光にぼんやりと白く輝いていた。

全体的に薄暗い気がするので、おそらく今は早朝か夕暮れかのどっちかだろう。


ぐるっと視線をめぐらせてみると、ああ和室、ああ知らない部屋……。

続いて細心の注意をはらって布団から腕をとりあげてみる。やっぱ痛いんですねコレ!

ところどころ包帯やら絆創膏やらが確認でき、連鎖して呼びおこされる全身各所の痛み。

(ぜんぶ夢オチであってくれ――ってのは無理かあ~)


もっかい寝よ。

ぼくは静かにまぶたを閉じた。

こんなにゆっくりした目覚めは久しぶりだし(しかし夢見は最悪)、あの地獄のような労働のあとだ。

ちょっとくらい余計に惰眠をむさぼっても許されるのではないだろうか。決して夢オチに再チャレンジしてみようとかそういうわけではない。

(あ、――二度寝できんのって、ええなあ……)

そのまますやあ、といけたら良かったのだが。


「――おっはようございまーす!」

スパァンッという小気味のいい音とともに、すごい勢いで障子戸が開かれた。

(目ぇ開けたくねええええっっ)

突如として人の寝込みをぶち壊そうとする声を、目を瞑ったままやり過ごそうとする。どうでもええけどめっちゃ萌えボイスやな。

寝たフリを決めこんでいると、「ありぇりぇ?」という舌っ足らずに呟いた声の主は、とてて、と小さな足音をたて、布団の周りをぐるぐるしだした。やめい騒がしい。

「おかしいなー。もうおっきしてると思ったんだけどなー? 気のせいかなー?」

おっきて……。

それでも目をつむっていると、がっと布団の端がつかまれる気配。なんかやばいかも――と、身構えるスキもなかった。

「えいっ」

ふわん、と持ちあげられた布団。空いたスキマ。

に、潜り込んでくる体温。

(!!?!?!?)

え、うそやろ――びっくりしてさすがに目を開く。すると、ぼくの左側に寝そべった「彼女」と目が合った。そらもうばっちりと。

「な、な、なん――」

「あ、やっぱり起きてるぅ。もうっ、寝たフリなんてい・け・ず♡」

ちょん、と唇に押しあてられた感触は、もちろん目の前の彼女の白魚のごとき指のものだ。

「ど、どちらサマデスカ……」

「えっ? あたしのこと、わからないんですかぁ?」

ほんとにぃ? ってきゅるきゅるお目目に上目づかいキメられたぼくは、いよいよもって混乱した。

「ちょ、とりあえず布団でる――」

「だぁめっ」

がしっと、下半身に巻きついてくる足。

(え待って、下スカートちゃうの?)

ほぼむきだしの生足が、それはもう大胆なナマナマしさをもってやわらかーくぼくの寝間着のすそを絡げてくる。

ぼくの寝間着は旅館かよというような浴衣タイプのようで、寝ている間にすでにもろ足が出てしまっていたのだが、そこに、ここしばらくとんと味わっていなかった女体の柔肌が……っ!


ん、コレってあれちゃう? 夢とちゃう?

――だってこんな都合のいい展開それ以外考えられへんもん。


「そうか。ぼく二度寝中やったわ」

「も~っ。なに言ってるの? ちゃんとこっち見て」

ぐきっ。

知らず遠い目をして笑っていると、音がしそうなほど(というか実際音したな)の万力で首の向きを変えられた。

「あだだっ。ちょ力強っ――」

「あ、ごめぇん! もうっ、けーくんがあたしのこと知らんぷりするから」

そう言うと彼女はぼくの首を固定していた手を離した。それではじめてまともに彼女の顔を見る――おお可愛い。

この剛力の闖入者は、明らかな言動のやばさに似合わず相当の顔面の良さだった。

いや、人を外見で判断してるんちゃうで? ただやっぱ可愛い子は可愛いからさあ。

(そして身体もなかなか……)

そらぼくかて男の子やから。女の子に密着されたらそういう方向に意識向くわ。


「――あ? 『けーくん』?」


ぼくの名前知ってるんかい、とやっと気づいて呟く。

すると間近の彼女がにこっ、とした。かわいい。

「けーくん、おはよ」

「お、おはよう」

「身体の具合、どう?」

「あ、だい、ダイジョウブです……」

本当は全く大丈夫ではない(※色々な意味で)。

「えー。ほんと? 昨日大変だったって聞いたけど」

彼女は再びのきゅるきゅるアイズで心配そうにぼくを見つめてくる。

その眼差しやめてー! 何か魔力とか含まれてるやろ絶対。ぼく完全にのぼせあがってまうから!

「だ、大丈夫やで~ぜんぜん。適当なこというやっちゃほんま。誰に聞いたん?」

「半神さん」

「あ~巨〇師匠のほうじゃなかったらそら適当なこと言うわな~」

ぼくの脳内ではオー〇阪神巨人師匠がなんでやねん、と声をそろえていた。だって誰やねんハンシンさんて。そして――

「てか君だれ?」

「も~。ほんとにわかんないの?」

また『も~』いただきました。牛かい。そういえばお胸のあたりも豊かでいらっしゃ――やめとこ。

こらこらこら生身の女体やからて盛り上がったアカンでマイサァンっ!

「落ち着けお前にはワイフがおるやろ」

「あはっ。なんだわかってるじゃん♡」

「あ?」

「ん?」

「んん゛?」

「ふふっ、どうしたの? けーくん」

ぼくは目の前の彼女の顔をまじまじと見つめた。このきゅるきゅるお目目。ながーいまつげ。人間の域を超えた造形のかわいさ。

(なんかどっかで見覚えが――)

そこで天啓。

はっとして彼女の両の目元を見比べると確かに、見覚えのある、ありすぎる両泣きぼくろが――ちょお待て。まさかやろ。

「な、名前教えてもらってもいい?」

「ワイフ♡ 知ってるくせに」

「ワっ――ワイフちゃんか~。へえーそっかそうだよねワイフちゃんだよねやっぱりい? ところで名前のい、意味とか、知ってんの?」

「んーんっ。知らなぁい」

またふふっとかわいく笑うワイフちゃん(仮)。おいおいそんなのんきな顔して笑うなぼくの息子がときめくやろがい。

「へええ、そーなんやふーん。ちなみに名前ってそれだけかな~? フルネームってなんやったっけかな~?」

「も~、昨日頭ごっつんしちゃったの? けーくんがつけてくれた名前でしょ?『ダッチ・ワ〇フ・ちよちゃん』って♡」


(あばばばばばばばばばばbbb)

どうしよう――ぼくの家でぼくの帰りを待ちわびているはずのぼくの妻(非人類)が今ぼくの目の前に!


「なんで生きて動いてる!?」

「それは半神さんがあ~」

だからハンシンってだれや。














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