採用試験は実技です。

いったん冷静にならしてくれ。


う〇こ色した会社で非正規雇用労働者やったぼく。

月曜からさっそくの残業を終えた深夜の帰宅中、いつもの近道こと神社を通り抜けようとしていると、予期せぬ転職スカウトを受けた!

スカウターはネット投稿小説のパイオニア的な某サイトでの大人気ジャンル、通称な〇う系にいそうな(※感想には個人差があります)サイコ美人(性別不詳)。

美人の冷たい視線にとまどううちに――気づいたらそこは、夜のない森が広がる異世界だった!


――で、あってたよな? 

「やのにそっから急にこの展開はアカンてえええええ!!」


ただ今のぼくは絶賛逃走中です。冷静にゴミみたいな回想してる場合じゃなかったよ。

突然連れてこられた森の中を、なりふり構わず逃げる逃げる逃げる。

何からって?

そりゃあ――




『まあ、実際あなたが使えるかどうかはすぐわかります』

美人はかくのごとくのたもうた。ここへ連れてこられてすぐである。

『わたしは助けませんので、自力で対処してください。それを見てあなたをどうするか判断します』

とも、

『そうだ、これはくれぐれも言っておきます。良い虫は絶対に、殺さないように――ムシしてください』

とも、言いたいだけ言って消えた。シュンて。

(テレポかすげえ)

ぼくも同じ技でここに連れてこられたんかほえー。

などと感心していられたのも束の間、広大な森林の中にぽつねんと取り残されたことに気付いてしまった。おっそあほやぼく! 知ってた!




「っのわあ――!」

走り続けるうち、太い木の根に足をとられ転びかける。とっさに両手を地面につき、前転の要領で顔面から大地にコンニチワするのを回避しつつ、勢いを殺さずそのまま走り抜けた。

小学校以来ですけど前転。両手ともすり剝けている感覚がある。

その他さきほどから絶えずささくれた木の幹や生い茂る枝葉にアタックされ続け、衣服に守られていない顔や手が大変なことになっている自覚がある。息も上がる。

それでも、止まるわけにはいかなかった。

「ぜえっ――ぜっ――えほッ、がは……」

もう肺が死ぬんちゃう? てくらい熱い。当たり前やこんな全力疾走かましたのなんて久しぶりやもん。

いや人生で初や――こんな、止まったら死にそうな鬼ごっことか。


「なんっ、やねん――キ゚ぃっしょ!」


やけくそに叫んだ視界に「それ」の一部が目に入ってぞっとする。

追いつかれる――その危機感が、すでに限界の心肺と四肢に喝をいれる。

ほんまになんなんやあれは。なんでぼくを目掛けて追って来るんや。


それは――いや「それら」は、黒い害虫の姿をしていた。


見た目はいわゆるゴキブリまんま。しかしどういうわけか何百匹、何千匹という群れとなって、ぼくに迫って来る。

その姿はもはや、まがまがしく蠢く身体をもつ一体の巨大な怪物だ。

どう考えても、ここへ来る直前に無造作に踏みつぶしたようなのとは異質だった。


(こんなまっくろくろすけは出ていらんのじゃ!)

こんなんジ〇リに出てきたら訴えたる。

咄嗟に連想されるのはあの愛らしいお化けものアニメに出てくるあいつらの姿やったけど、まっくろくろすけは人間から逃げていくだけやん? こいつらは追っかけてきよる。

追いつかれたらどうなるんか――考えたくない。


(あんのダボどこ行きよったんや自分だけ~っ)


あのくそったれ美人が消えてすぐのことだ。

めりめりという不吉な音がした。と思ったら、盛大な葉擦れと地響きとともにさっきまでは頑丈そのもののにつったっていた大木が目前に倒れてきたのだ。

ポカンとするぼく。

急に木が、なぜ――その疑問はこいつらを視認した瞬間にとけた。

倒れた木の幹はみるみるうちに黒いゴキもどきどもに覆われ、瞬く間に食い尽くされてしまった。


(あんなでかい木がまさに秒やった――人間やったら瞬殺やろ)

わかっているが、本当にそろそろ限界が近い。

だってさ、ぼく残業終わりにここ来たんやで?

そもそもがお疲れモードやったのに、変な美人に絡まれてテンション変になってたけど体力ゲージなんざ、はなからまっかっかやったねんで?

せやのにこんな、わけのわからんゴキの大群とチキンレースせぇとか頭おかしい。むりむりむりむり。

これはあれか、踏みつぶしたゴキの祟りなんか。

やとしたら――


(自業自得――ってそんなんで納得するかぼけえええええ)


ずぇえっっっっっっっったい! 死んで! たまるか!


「あのダボしばいたるまではなああああ!!!!」


怒りと憎しみでなんとか走り続けていると、急に鬱蒼とした木立が続いていたなかに明るい光が見えた。

開けた場所に通じている――そう直感し、ぼくはとにかく何も考えず、そちらへ突進した。

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