面接会場が来た。


そもそもの話をさせてほしい。


ぼくはどこにでもいる普通の勤労青年やった。

そこで「ありふれた会社員でした~」とかって自己紹介できたらせめてちょっとはマシやったんやけどな。つまり、非正規雇用ってやつやったんや。

フリーターって身分の名乗りづらさなんなん? アンケートの職業欄で「アルバイト・フリーター」みたいな項目に丸つけるやん。あれペン先が躊躇するよね。二十歳過ぎてまともに仕事してないんかみたいな視線をな、ちょっと感じてしまうんよ。勝手に。

でも自分の衣食住ちゃんと世話できてるんやし、それは御の字やと思ってた。

例え一日11時間労働、休憩なし、手取り月2〇万、残業・休日出勤アリというブラック職場でもな。

ちなみに接客業だよ☆ クレーマーと無茶ぶり上司もついてくるよ☆ やったね!!!!(血反吐)


まあとにかく、来年も再来年も同じ仕事してんのかなとか考えとったら鬱になりそうやったけど、ぼくはこの通り目先のこと以外はほぼアウトオブ眼中のお気楽人間やからさ。

毎日しんどいけど、それなりにたくましく社会生活をサバイバルしとったんや。

でもな、むかつくことは次から次へと湧いてくるねん。

虫けらみたいやわ。


ぷち、という感触があった。素足なら耐え難いだろうが、エアクッション入りスニーカーの靴裏を通せばどうということはない。

むしろ一種の悦が――命を踏みつける残酷と爽快感があった。

「死ねやゴミカス」

口が勝手に呪いを吐き出す。靴裏を念入りに石畳に押し付ける。ぐりぐりと。

足をどかすと、暗い中にも白い石畳にこびりついた虫けらの死骸がよくわかった。色々と千切れて、はみ出ている。ざまあ。


今日も嫌な日やった。

仕事を押し付けて平然としている上司。正社員のくせに使えない輩が、ぼくより高い金を貰い、ぼくより早く帰宅する。

こっちは深夜残業やぞ。「残業代稼ぎ乙」ちゃうねんどついたろか。なけなしの金なんかいるかい。お前にボーナスくれたるから代わりに残れや。お前がやっても終わらんからぼくがやらされとんねんカス。

――はあ~あ。


「……あ゛~、仕事辞めたすぎい」


「ではお辞めなさい。そして、わたしがあなたを雇います」


――んあ?

ふっと俯けていた顔をあげると、知らんやつが立っとってビビった。

いやここな、神社やねんよ。

ぼくん家ここの住宅地側の鳥居のど真ん前にあるねん。ほんでもう一個の鳥居が国道側にあって、電車通勤で最寄り駅から徒歩帰宅なぼくは、いっつも近道やからってその鳥居から鳥居へと抜けるコースを夜中に辿ってたわけやねん。

最初はうーわ夜中の神社こわっ。ってなったんやけど馴れやな、何事も。

でも実際夜中の神社で知らんやつとエンカウントしたらびっくりするし、急に独り言にマジレスされたらおしっこチビるわ。

しかも白い服着てる(わ、和服!)、髪のけわっしゃーて長い(キューティクルえぐい黒髪)、そんでうわ声が、声が女の人っぽ(はわわわわ)――。


(ぼくは何も見てない何も見てないナニモ視エテナイ)

「何を怯えているのです? わたしは幽霊などではありませんよ」

「う、あ――えと? こんばんわ?」

「はいこんばんわ。それで、あなたを雇うという話ですが――」

爆速で話を続けようとする相手。ぼく呆然。

「実はすぐにも仕事にかかってもらいたいので、これからついてきてもらうことに――」

「はっ? えちょ、ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って」

どうどう、と知らず両手を前にかかげて制止すると、相手は胡乱げな視線を寄越した。うわあ、不愉快そうなお顔がオウツクシー。男か女かわからん顔だちやけどむちゃきれいやん――しかし気をつけろ言動はサイコさんぽいぞ!

「なんです?」

「いや『なんです?』やあらへんてお姉さん――お姉さんで合ってます? あのまずですね、お宅さんどちらさんですか? ごめんなさい近所の人、とはちゃいますよね?」

ぼくとしては常識的な疑問、すなわち「おめー何モンだよ」という問いかけをなるべくマイルドにして尋ねた。


すると、


「――はあ」

盛大なため息にぼくは知った。

こっち睨んでくる美人に、さも「お前にはがっかりだよクズ」的なため息吐かれるのって、みんなが思ってるより100倍辛いで!

なんでかこの美人に上司と同僚とクレーマーがダブダブにダブって見えるわ。


(アカンぼくこいつ嫌い)


そう思った拍子だった。視界が、ぐらついた。

とたんに全身を襲う奇妙な感覚。

浮遊感、落下感、回転、疾走、酩酊――否、そのどれとも違うような前後の不覚。

「う、わ」

声がもれるがその声がどこかブレている。

チリン、とどこかで鈴の音がした。

それは後頭部のはるか遠くで、あるいは近くで、むしろ頭蓋の内側のずっと奥で鳴ったように感じられ――。

「えっ?」


傾聴!

ぼくは声を大にして言いたい。

夜中の神社は通ったらあかん――でないと怪奇現象も真っ青なトリップきめちゃうぞ☆(白目)


「な、な〇う系的展開……」

「なんですって?」

こういうの知ってるで知ってるで知ってるでえええ!

あんま読んだことないけどアレやな!? いわゆるアレやな!?

異世界転生したら〇〇だった~的なやつやな!?

てことはなんか特殊能力とかイレギュラー補正とかついてオレTUEEE無双できるんちゃう? 

なんちゅうこっちゃ、ぼくの真っ黒どぶ色社畜ライフにこんな隠しステージが――や、ちょお待てよ?

現実的に考えてこれ、過労とか事故とかで死んだってことちゃうんか? 


「あのすんません、お宅が多分人外的なお方やということはばっちり了解したんすけど――ぼくひょっとして死にました?」

すると相変わらずのゴミ見るアイズで美人が嘆息。さっきからハアハアハアハアて興奮しとんかワレ。

「わたしは死体に向けて話しかけるほど感傷的ではないし、酔狂でもありません」

「あ、そっすか。へへへ」


思わずへらついてしまう――あっぶね。死んだんかと思った。

今死んだらぼくの最大の過ち、部屋に置いてあるダッチなワイフとの不純交友がバレてまう。そんなん親も葬式で泣かれへんわ。ちゃうかむしろ泣くか、別の意味で。


ようやっとまともに周囲を見渡してみる。

辺り一面の木、木、木が三つで森と書く。とか言うとる場合ちゃうねん。

どこやねんここは。森以外の情報なさすぎか。

足元にあったはずの石畳と虫の死骸は消え、鳥居も見当たらず――というか神社の敷地がごっそり消失している。

神社にももちろん住宅街に癒しを添えるかのように緑が溢れてたけど、これはレベチに緑や。樹海ってこんなんかなー(棒)。


「そういやさっきまで夜やったのに昼間やん」

「ここはつねに昼間です。夜はない」

「おうっふバチクソ異世界っぽい設定すね」

「そのいかにも愚か者丸出しの話し方はどうにかなりませんか?」

「すみませんねぇー、こっちは絶賛大混乱中なんすわー。かろうじて敬語なんすけどねコレでもぉー」

「はあ、大丈夫でしょうか。先行きが不安になります」

「その台詞はぼくに言わしてくれや」


ほんでほんまに、ここどこやねーん。











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