【4話】私も一緒に

 あまりに突然の出来事に、そこからの記憶はほとんど覚えてない。


 ――次に記憶があるのは、家族全員の死を告げられた時だった。


 その宣告を受けた時、理解が追いつかない頭のせいでまるで他人事のように感じる。

 現実を受け入れようとする頭と、家族の死を否定し続ける心。


 まさか、そんなことが自分の身に起きるはずないだろうと思っていたのだ。


 だが、家族の葬式を目の前にした時、その思いはただの願望に過ぎないということを突きつけられられた。

 家族の遺影を前に、瑠樺は静かに泣き続ける。


 周囲の瑠樺に対する哀れみの声すら、ほとんど記憶には残らなかった。



 ひとりぼっちになった家、瑠樺はベッドの上で幼い頃に両親からプレゼントされた熊のぬいぐるみを抱えてうずくまる。

 明かりをつけていない真っ暗な部屋に差し込む三日月の明かりは、やけに明るく思えた。


 大好きだった家族の死因は、何者かによる殺害。

 自分がもう少し早く帰宅していれば、この結果は少しでも変わったのかも知れない――


 家族の死を少しずつ理解し始めた心が、壊れる程に悲鳴をあげる。

 瑠樺は痛む心を慰めるように。そして、自分だけ生き残ってしまったという思いや何も出来なかった悔しさと怒りで爪が食い込む程強く胸元を掴んだ。


 大粒の涙が止め処なく溢れる大粒の涙も拭わず、一人静かに泣き続ける。


「私を一人に、しないでよ……!」


 静寂に包まれる孤独な夜。

 どんなに辛い目にあっても、優しく愛情で包んでくれる家族がいたからこそ瑠樺は今まで頑張ってこれた。


 それだけを生き甲斐に、生きていたのだ。

 家族という生きる意味を奪われた瑠樺の心を、絶望が支配する。


 いつまでも泣き続ける瑠樺の号哭は、辺りに響くと静かに消えていった。



 * * * * * * *



「ねね、知ってる? 文月さんのご家族亡くなったんだって!」


「え、まじで? 何で死んだの?」


「なんかね、殺されたらしいよ? んで、犯人まだ捕まってないんだって!」


「えー何それ! ちょー怖いんだけど!」


「しーっ、そんな大きな声聞こえちゃうって」


 学校の休み時間、名前も知らないようなクラスメイト達は騒がしく教室の隅で話していた。


 聞き耳を立てていた訳ではないが、嫌でも聞こえてくる自分の話題に瑠樺は机に突っ伏しながら話を聞く。


 瑠樺の家族が亡くなったという話は、いつの間にか学校中で話題になっていた。

 どこから聞きつけたのかは分からないが、瑠樺にとっては大変迷惑な話で。


 今はとにかく放っといて欲しい気持ちでいっぱいだった瑠樺は、周囲が気にならないよう考えることに集中する。


 ――どうして、私なの。

 私が一体何をしたって言うの。


 心に溢れる、ぐちゃぐちゃになった悲しい気持ち。

 はらわたが煮えくり返るような思いも、すべて吐き出せす事ができずに苦しむ。


 何気ない晴れた青空に、賑やかな教室。視界に映るもの、耳に響く音、何もかもが今は鬱陶しくて仕方がなかった。


――一体誰が、何のために。


 それは、家族を殺した"犯人"について。

 家族が殺された事件から早くも数日が経ったが、未だ犯人の手がかりは欠片も掴めていなかった。


 自分も犯人に狙われているかも知れないという恐怖もあったが、何よりも大切だった家族を奪ったという怒りが瑠樺の心を覆い尽くす。

 何故、殺されたのが自分の家族なのか。


 どうして、自分がこんな目に遭わなくちゃいけないのか。

 様々な感情が行き来して整理のつかない心。


 放課後になっても気持ちが落ち着くはずもなく、自責の念で瑠樺は気が狂いそうになる。

 授業なんて集中できる訳もなく、今はとにかく一人で居たくて瑠樺は鞄を持つと急いで教室を飛び出した。


「文月、どこ行くつもり?」


 一目散に階段を降りようとした時、突如聞こえた声に瑠樺の体は石のように固まらせる。

 いつものあの三人だ。


 振り向かなくったって、背後から迫る複数の足音で分かってしまう。

 早く逃げなくちゃ。


 そう思う頭とは裏腹に、体は恐怖で塗り固められて言うことを聞かない。


「文月のご家族、亡くなったんだってね」


 そう話す夢亜に続いて、背後から聞こえる『かわいそう』や『お気の毒に』という上辺だけの哀れみの声。

 以前は瑠樺の家族とも交流が多かった夢亜の声色は他の二人に反して、どこか悲しそうにも感じた気がした。


 だが、瑠樺の心の奥に溜まっている不快な感情は、渦を巻くようにどんどん募っていく。

 夢亜が瑠樺に向かって、そっと手を伸ばしたその時――


「もう、放っといてよ――!」


 瑠樺は感情に任せて夢亜を勢いよく後ろへ突き飛ばすと、急いで逃げるように階段を下りた。


 先程の夢亜の態度に対して溢れる怒りと、初めて自分が怒って夢亜に逆らったという焦りで、瑠樺は息が切れるまで走り続ける。


「はっ、はぁっ……!」


 しばらくして瑠樺の視界に映ったのは、夕日でほんのり赤く染まる景色と人の居ない公園。

 瑠樺はふらついた足取りでベンチまで歩くと、魂が抜けたかのように全身から力が抜けてベンチに勢いよく腰掛ける。


「なんで、私を置いていくの……」


 ぽつり。


 瑠樺の呟きと共に、頬を伝って落ちた悲しみの雫。

 もう亡き家族を思い出しては、静かな声で泣きじゃくる。


 寂しいよ。

 ――呟く言葉は、誰にも届かず消えていく。


 瑠樺は手で何度も涙を拭うが、それでも涙が溢れるのだから諦めて拭うのをやめる。


「お願い……私も連れて行ってよ……!」


 そう呟くと、瑠樺は一人大声で泣きだす。

 人気のない場所ということもあり、月が登って辺りが真っ暗になるまで瑠樺は泣き続けていた。


 どれほど泣いたのだろうか。


 声はとっくに枯れており、泣き疲れたせいか激しい頭痛もする為、ゆっくりと歩いて家に向かう。

 家に着いた瑠樺は、玄関の扉を開けようとして思わず立ち止まる。


 この玄関の扉を開けたら――また『ただいま』と言えば、返事が帰ってくるのではないかと瑠樺は思わず考えてしまったのだ。


 ――そんな訳、ないのに。


 現実を受け入れる頭と、受け入れることができない心。

 そのすれ違いに大きな不快感を覚えながら、大きく肩を落としてドアノブに手を伸ばす。


 否、伸ばそうとした――


「んんっ――?!」


 突然、瑠樺は背後から誰かにハンカチで口元を押さえつけられる。

 どれだけ暴れても意味を成さない相手の力からして、男の人なのだろうか。


 ――なん、で……意識が……


 思うことは色々あったが、無念にも瑠樺の意識はそこで途絶えた――

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