お別れ

「私ね、アイドルになったの。東京に行く。」

 マフラーをまいた私の口元から白い息とともに出されたのは、前もって考えてきたままの言葉。いろいろ考えた末、やはり一番シンプルに伝えることにした。

 私はブランコに、彼は傍のベンチに腰かけている。遊具の後ろに先ほどまでかろうじて見えていた太陽はもう沈んでしまった。静かで埃っぽいにおいのする冬の夜が、二人きりの公園の寂しさを、私以外に人がいることの温かさを強調している。

 

 私の言葉を聞いて、彼がこちらを見つめる気配がした。私は、そのまま固まってしまうのが嫌で、ブランコを揺らした。


「アイドルかぁ、そしたらもうこうやって会えないな。」

 虚を突かれた。その話題になることは予想していた。だけど、「もう会わない」ということは、私から言いだそうとしていたからだ。


 彼とは小学校からずっと一緒で、中3の今まで一緒に登校していた。あまり人数が多くない学校で、二人とも学校からは同じ方向、そして二人ともかなり学校から遠いところに家があったため、一緒に登下校するのは自然なことだった。この公園も、初めのうちはいつのまにか、ここにいるという感じだった。最近では少し長く喋りたい時に立ち寄るお決まりの場所だ。私たちよりも年の低い子供はもうほとんどいないので、この公園にもほとんど人は集まらない。静かで落ち着いていているところ、そして季節が美しく映えるところが好きだ。


「まぁそうだね。二人きりっていうのは無理になっちゃうね。こんなの他の人から見たら、」

 今まで言ってこなかったこと。意識していても、口には出さずにいたこと。私たちの関係に名前を付けるなら、友達ではなく、

「売れない漫才コンビみたいだよな、毎日公園でネタの練習してるみたいな。」

 私の言葉は彼の突拍子もない冗談で跳ね飛ばされた。

「そういえばこの間の休みにさ、東京行ったんだよね、俺。竹下通りってやつ行ったんだけどめちゃくちゃ人凄かったよ。あとお店も奇抜だったな。」

 話題を変えようとしているのだろうか。私は、続きを進めるように彼をみつめた。

「入れそうなお店とか全然なかったんだけど、ちょっと外れたところに小さい雑貨屋があって、アンティークショップっていうのかな。そこでさ、これ買ったんだよね。」

 彼は手のひらサイズの紙袋を差し出してきた。開くと、中から出てきたのは簡単なつくりのピアスだった。私はピアスなんて買ったこともなかった。中学生のうちからピアスなんか持っている人ほとんどいないだろう。

「ピアスじゃん。一人で行って、ピアス買ってきたの?」

「いや、帰ってきてからいろいろ調べて、ピアスって穴あいてないと付けられないってわかったんだよ。店員さんに二人分セットのやつが欲しいって言ったら勧められて買った。」

 店員はどう思ってこれを用意したのだろうか。ましてや、

「二人分セットって、私のだけじゃないってこと?」

「うん、俺のもある。」

 彼は、ポケットからピアスを取り出した。私のとは少し色味が違う。吹き出してしまった。全然そんなタイプじゃないのに一人で雑貨屋に入って、おそらく店員にも妙な感じを抱かせつつ自分の分まで買ったのか。

「まあこれは付けれないわ、キーホルダーとかにできるかな。」

 照れ隠しもあってか、彼は少し早口になっている。私は手のひらのピアスを見つめた。

「私は付けたいな。すぐには無理だけど、いつか。これすごくいいよ。ありがとう。」

 

 こんな話をするはずじゃなかったのに。ピアスのくだりだけでそれまでの話は全て流れてしまった。

 私たちは結局、いつも通りなんてことない話題だけでその日を、私たちが一緒にいられる最後の日を過ごした。たくさん笑ったし、分かれるその瞬間までいつも通りの二人だった。


 帰り道、彼が見えなくなると急に一人の時間が訪れた。

 次に彼に会えるのはいつだろう。会える時は来るのだろうか。お互い長い間離れていれば、それぞれ変わるだろう。きっともうこうやって話をすることはないのかもしれない。


 それでも、私はそんな時が来るまで、このピアスを大切にしまっておく。冬の日暮れは寒く、少し風が強くなっている。手の中のピアスは、友達としての、友情の、証だ。




 

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