出会い
今日はお仕事に行けなかった。行かなきゃいけないとは思ってたし、私が休んだら困る人がいるかもしれないとも思った。でも、今日は行っても楽しくできないと思ったし、楽しめないと、笑顔でいられないと思った。
昨日マネージャーさんと喧嘩になっちゃったのが全部悪いわけではない。私が気分屋さんだって自分でも分かってるし、そのせいで上手くできない日があるのだって分かってる。
もうすっかり夜になっていた。いつもはご飯を食べたら眠くなってきて、お風呂に入って眠る。だけど、今日はどうにも眠くない。
ふと思い立って、散歩に行くことにする。夜が遅いと体調も良くなくなるし、隈が出たりして顔色もよく見えなくなるから、あんまり夜更かしはしちゃだめだよって先輩に言われるけど、どうせ寝れないからいいよね。
外に出られるように、紺のロングスカートと、同じ色のシャツを着る。夜だから大丈夫だとは思うけど一応帽子と眼鏡をしていく。行先は近くの神社にしよう。
神社に着くまで、人にすれ違うことはなかったし、車ですらほとんど通らなかった。その分、忘れたいことばかりたくさん思い浮かんできた。何で上手にできないんだろう。気分を変えようと思って外に出たのに、泣きそうになった。
神社は街灯とは違って、入り口のところの優しい明りがあるだけだった。あんまり長居をする気はなかったから、入り口のところでUターンしようと思った。そのとき、狛犬の台の下あたりで何か動いた気がした。よく目を凝らしてみると、黒猫が一匹こちらをじっと見つめていた。
私は猫が大好きだから、すぐに駆け寄った。夜だからか、全然逃げないで、じっとこっちを見ている。急に触ったらびっくりしちゃうから、私もじーっとみつめた。時々あくびしたり、ちょっと目をそらしたりしてるほんとに可愛い。
猫に集中していたら、横に人が立っていることに気付かなかった。
「こんな時間に危なくないですか?」
びっくりした。気が付いたら、真っ黒い服の男の人が立っていた。とにかく離れないと。
「すごい、この猫、全然逃げないですね。」
猫どころじゃない。
「すみません、あっちで待ち合わせしてるので。」
だいぶどもったし、すごく噛んだ。言ってることは嘘だけど、これで自然に離れられるし、人が来るって思ったら危ないことにならないよね。
「そうなんですね、でもこのあたり明かりも少なくて危ないから、明るいところまで一緒に行きますよ?」
お兄さんの方が怖いんだけどな。でも断ったら危なそうだから、とりあえず明るいところまで行こう。ポッケに携帯も入ってる。大丈夫。
「じゃあ、そこの大通りまで、」
少し年上に見える男の人は、そうしましょう、と言ってうなずくと、私の少し前を歩き始めた。私の考えていることがちょっと伝わったのか、隣には並ばずに少し距離をとっている。何度も私の足元のあたりを振り返ってくるのが気になる。
大通りまであと少しという所で、男の人が立ち止まった。
「ずーっと付いてきちゃってますね。」
私は何のことかわからなかったから、突然のことにちょっと怖くなって固まった。すると、彼は私の足元を指さした。
「猫。神社からずっと付いてきてる。」
あ、ほんとだ。さっきの黒猫が私の半歩ほど後ろのところに座ってこちらを見上げていた。ジーっと私の目を見ている。かわいいけど、
「車が多いところに付いてきちゃったら危ないかも。どうしよう。」
神社に返しに行くのがいいかも、でも男の人に嘘ついてたってばれちゃう。でも、このまま大通りで別れたら猫ちゃんが轢かれちゃうかもしれないし。猫ちゃんのために。
「あの、ほんとは嘘ついてたんです。待ち合わせしてないんです。猫、神社に返しに行ってもいいですか。」
彼は、少しびっくりしたようにこちらを見ていた。怒られるかもしれないと思って、ちょっと怖かった。でも、ちょっと笑ってうなずいてくれた。
「そうだったんですね、まあこんな時間に一人でいるし、声かけられたら怖いですよね。わかりました。神社に戻りましょう。」
さっきまでと同じように、彼が少し前を歩く。私がその後ろをついて行く。猫も。
「待ち合わせじゃなかったら、どうしてこんな時間に外を歩いてたんですか?」
振り向かずに聞いてくる。優しく話を聞いてくれるような気がして、気が付いたら仕事のことを話していた。
「昨日、仕事でうまくできなくて、それで今日休んじゃったんです。私は気分屋さんで上手にできないことが多くて、皆に迷惑かけちゃうんです。」
「お仕事されてるんですね、僕よりも若そうに見えるのに。頑張ってるんですね。」
頑張ってるって言ってくれるのはうれしいけど、
「私は頑張れてないです。他の人は私よりももっと凄くて、いっぱい活躍して、いろいろ上手にできるけど、私はあんまりできないから。」
だから、不安になってしまう。
彼は、少し長めに息を吸ってから話し出した。
「うーん、自分がよくできてるかどうかって、自分が一番見えないんじゃないですかね。自分に対しては、もっとこうしたら、こうできたらって考えるけど、他の人にはそんなこと考えなかったりしません?自分がやっている仕事が、どこかで誰かの活躍をサポートしてたり、あなたにしかできない仕事に、誰かがすごいと思ってくれてるかもしれませんよ。」
気づくと、神社に戻ってきていた。猫は私の足元をすり抜けて、境内の方へと走っていってしまった。用事は済んだ。でも、もう少し話を聞いてもらいたい。
「あの、さっき言ってくれたこと、すごく元気出ました。それで、もしよかったらもうちょっと話聞いてもらいたくてですね。」
すると、彼は腕時計を見て、首を横に振った。
「すみません、明日朝早くて、もう帰らないと。」
「あ、そうですよね。ごめんなさい。」
少し残念だった。すごく優しくて、もっといろいろ話を聞いてほしい。それに、もっとこの人とお話していたい、と思った。もう会えないだろうなぁ。急に寂しくなっていると、彼がこちらを見た。
「でも、また明日とかなら大丈夫、ですけど。」
急な提案で、またもや固まってしまった。明日、会えるの?
「え、明日も、会いたいです。もっとお話ししたいです。」
嬉しくて、食いつくように反応してしまった。嫌がられないかと少し不安で彼の方を見ると、彼は優しく微笑んだ。
「じゃあ、明日もお話ししましょうか。でも、ここは暗いから、大通りのあたりで落ち合いましょう。とりあえず、今日もそこまで送ります。」
私と彼は、神社から大通りに向かって歩き出した。今度は、二人で隣を歩いた。
明日は、どんな話をしよう。男の人とこんな風に約束するの初めてかもしれない。それに、くらい時間にお話をする関係って、なんだか特別な感じだなぁ。
明日からが楽しみ!
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