第23話 蝗害

「ああ、だがその程度では貴様を仕留めるには足りぬらしい」


 そう言って、グレーは手を大きく頭上に掲げた。

 今までの戦闘中には生まれなかった明確な隙。しかし、少女はどうしても攻撃を仕掛けることが出来なかった。

 誇りや、ましてや情けなんてものでは断じてない。

 それは荘厳な儀式のようで、一人で完結された彼女だけの世界。それにただただエヌは圧倒される。

 ―リィン、とその最中、水を打ったような金属音がその場に響いた。

 ハッと少女が音の出所に目を向けると、グレーの手にはいぶし銀の鐘。

 いくつもの細かい傷が刻まれている、簡素な装飾のみが施されたハンドベルが、少し傾けられ佇んでいた。

 彼女はそれを動けずにいる白い少女に向けると、凛と声を張る。


「だからこのグレー、一切出し惜しみなしの全力を以って葬送としよう」


 その言葉とともに、再び鐘は音を弾く。

 音が広がる波と共にレイピアの柄へ炎が灯り、そして剣たちが蠢いた。

 一斉に全ての武器たちが空中へと持ち上がると、嵐にうねる雲のように戦艦の頭上で剣が渦巻き一つの生き物のように動く。

「なあエヌよ、我らは一個戦力としては稀代のものではあるが、それでも個は個でしかないと思わないか?」

 グレーは腰に提げたレイピアをさながらタクトのように取り出すと、あたかも指揮者のように鷹揚に構えた。


「1人でも負傷兵を減らすため、少しでも戦闘時間を短くするため、私の戦い方は鉄火場にて磨かれてきた。第二次大戦以来、それもひよっ子1人に使うのはいささか気が引けるが、恨んでくれるなよ」


 そして、彼女はレイピアの腹で鐘を叩く。

 ゴォン、ゴォン、と鐘の大きさに見合わず、歴史が積もった重い音がロンドンの空へと鳴り響いた。


「まずっ、これはあるじ様から聞いたっ…!」


「見上げよ」


 その言葉とともに、上空にある全ての剣の切っ先がエヌへ向く。


「崇めよ」


 剣の一本一本が赤く赤熱し、白く湯気を立ち上らせる。

 少女は一も二もなく駆け出すと、足を推進機関内蔵型の大剣へ変形させ、空へと身を踊らせた。


「そして畏れよ、人智のつかぬ破壊の業を―【炎熱機巧:灰燻る蝗炎イグニス・ローカスタス】」


 そして、剣が殺到した。

 先ほどまでの直線的な動きとは全く違う。

 意志を持った生き物のような動きで、エヌを食い破らんとレイピアが襲い掛かった。

 少女は自身の体に掛かる負荷などまるで気にせず、空中で急制動から後ろへひねる宙返り。そこから急旋回を加えて既存の生き物・航空機では不可能な立体軌道を描いた。

 しかし、グレーが放った吹雪のような剣の群れはその先鋒を避けたところで意味がない。

 イワシの大群のようにうねりながら、すぐさま回避したエヌ目掛けて進路を変える。

 それをみたエヌはすぐさま艦の舟底を這うように飛行し、自身に当たらなかった剣がそのまま装甲に刺さるよう動く。

 ジュウと装甲の一部を溶解させながら刺さるレイピアには目もくれず、エヌは右に左に息もつかせぬ鋭い飛行を見せた。

 だがいくらエヌの機動力が高いからとはいえ、そのように無理を重ねればいつかはボロが出るというもの。

 ついぞ剣の一本がエヌの足先、脚大剣を捕らえ衝突する。

 たまらず体制を崩したエヌが姿勢を制御できず、どうにか冷気の噴射を調整すると甲板に叩きつけられるように帰還した。

 もちろん相手はそのような隙を見逃すはずもなく、まだまだ残った剣たちが我先にとエヌに殺到する。


「まだっ、まだですっ!【氷雪機巧:霜の跳ね水車オルウィン・ドゥール】」


 エヌは地面に転がった状態から片方の脚大剣より冷気を噴出。

 体を起こしながらもう片方の足を軸として、自身の体をまさしく独楽のように回転させ攻撃を受け流す。

 とはいえ全ての攻撃を防ぐには至らず、生傷は目に見えて増え、服は焦げ煤けていた。

 されど、少女は未だ生存。


「っはぁ、そう簡単にやられませんよ、エヌはっ!」


「…ほう!さすがに私に向かって来ただけはあるな!これで死なぬとは嬉しい誤算じゃないか!だが、次はどうかな?」


 そう言ってグレーはもう一度鐘を取り出すと、無情にも再び打ち鳴らした。

 するとエヌの視界にある限りのレイピアは再び空中へと舞い戻っていく。

 先程よりも足元が覚束なくなっているエヌには到底避け切れるとは思えない。それを見たグレーは今までの高慢な表情ではなく、好戦的な笑みを浮かべていた。

 それに対し、エヌは動かずただ空を見上げるだけ。


「諦めたようには見えぬし、先程よりも自信ありげな表情じゃないか。たった一回避けるのに必死であろうにな」


「いいえ。ただ、時間になっただけですよ。約束の時間にです」

 エヌがそう返したその刹那、鋼鉄の弾丸が剣の雲を貫いた。

 砲撃が着弾し爆風吹き荒れる甲板で、氷の壁を作り出したエヌは視線を遥か眼下に向ける。

 口の中に広がる血の味を感じながら、少女はすこし、口角を上げる。


「ナイスアシストです、あるじ様」

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