第6話 第五種幼女接近遭遇
2人は今、ガタンゴトンと大きな音を立てる蒸気機関車の中にいた。
現役の石炭駆動車が走る、ロンドンの遥か北に位置するヨーク州。そこが今回の目的地である。
風光明媚な田舎の原風景を走る列車の中で、古めかしい木でできた内装のボックス席にいつも通り仲良く並んで座っていた。
「ぐぅ…くぅ…ぐぅ…」
「あるじ様がお疲れ様ですね…目にもビッシリ隈が出来てますし。そりゃ1週間もかかる整備が2日で終わるからには睡眠時間を削ったんでしょうけど」
そうぼやくエヌは普段のシャツとカボチャパンツ 姿ではなく、白く分厚いコートにロシア帽と手袋を完備していた。加えて背丈に迫ろうかというキャリーケースがそびえ立っている。
反して、あるじ様は寒さに備えコートを持ってきてはいるが少ない荷物と合わせて最低限の旅慣れした姿である。
「急行電車のミステリーも読み終わっちゃいましたし…時間が余りに余って暇です…」
エヌは足をプラプラさせながら、窓枠のヘリに頬杖を突いてぐったりとした様子を見せた。手慰みに食べていたお菓子も既に底をついており、本当に何もやることが無くなっている。
そんな折、不意にエヌの頭上から声がかけられた。
「あのぅ、向かいの席大丈夫かな?」
「大丈夫ですよ。と言っても2人くらいしか座る所がありませんけど」
「ああ、それなら娘と2人だから大丈夫だよ。それじゃあ失礼してっと」
そう言って少女達の前に座ったのは、あるじ様よりひとまわり年上の男性と、エヌと同じ年頃の見目をした女の子。
2人ともよく似た赤毛をしており、エヌは一目で親子だと確信する。そこで2人から視線を外しもう一度本を読もうとするが、そんな少女に弾んだ声が掛けられた。
「ねえ、アナタ綺麗な髪の毛ね!それにサラサラで羨ましいわ!何かお手入れの秘訣とかあるの?」
「ぇあ!?あの、その、お手入れの秘訣って言われても…」
「こらアンナ、いきなりそう詰め寄ったらあの子がビックリしちゃうだろ。いやぁ悪いね」
少女の手を握って詰め寄った少女、アンナに思わずエヌはおっかなびっくり肩を跳ねさせる。
そばかす顔の無邪気な笑みではあるが、少女にとってこの距離感は初めてのものだった。
「あっ!アタシの名前はアンナ。名前言うのが遅れちゃった。それでアナタの名前は?」
「ああっと、エヌはエヌっていう名前です」
「そう!エヌって言う名前なの!その手に持ってるものは…うっ、難しそうな本ね。アタシそういうのは苦手なんだよなー」
「ごめんねエヌちゃん、アンナはかなり物怖じしない性格だからさ。もし辛かったら遠慮なく言ってね」
「大丈夫です。エヌの周りにいない雰囲気の人なので、ちょっとビックリしただけです」
少女は少しあるじ様の方を見て、あるじ様が起きていないかどうかを確認する。
いまだクゥクゥと寝息を立てる彼女を見ればホッと息をつき、少し表情が和らいで見えた。
「そうなのかい?むしろエヌちゃんくらいの歳頃だったら、もっとアンナみたいに遊びたい盛りで元気な感じだと思っていたけど」
「パパよく見てよ!エヌ、肌が全然焼けてないし、なんと言うかこう、雰囲気がお嬢様が好っぽい人だよ。それか案外、私と背の変わらないジュニアハイの生徒とか?」
「む、エヌは正真正銘の8歳ですよ」
「それじゃあアタシの方が9歳でお姉さんね」
赤毛の女の子が胸を張る中、彼女の父親は「雰囲気とかは女の子の方がやっぱりよく見てるなぁ」と言葉を漏らす。
「エヌは自分のことよりも、アンナのことが知りたいです。結構お洋服オシャレなのに、どうして都市とは逆方向に行くんだろうって」
「それはね、お母さんが牧場やっているからよ!」
「ええっと…?」
「それじゃ言葉足らずで伝わっていないよ。この子のお母さんはもう数駅行ったところで代々牧場をやっててね。ロンドンで働いてる僕と、学校に通っているアンナは長い休みの間に帰ってるんだ」
「お手伝いするのが毎回の楽しみなんだ!ポニーとか可愛いのよ」
エヌはそう聞いて、毛を狩った羊毛の山に飛び込む自分を想像する。モコモコ天国に思わず口角が上がり、少しだけ雰囲気がうららかになる。
「ま、アンナよりはエヌちゃんの方が向いてそうだけどね。なんか歳にしてはビックリするほど落ち着いているから、動物もビックリしないだろうし。本当に年下なのかな?」
「ちょっと、それどう言う意味よ!アタシが落ち着きがなくてウルサイって言いたいわけ?」
「歳相応に活発で可愛いって意味ですよ。エヌは変な風にませてるって思われがちですし」
「何言ってるの、アタシはもう友達じゃないの」
アンナはきょとんとした表情で、エヌの瞳を覗き込んだ。
「そうですか…?いや、うん、うん。友達ですね。それにしてもアンナみたいな子供っぽさ、エヌには少し羨ましいです」
「エヌの方が小さいのに変なこと言うのね。なんだかアタシのお姉ちゃんみたい。あっ、どうせならアタシの家に来なよ。せっかく知り合ったんだからもっと仲良くなりたいし」
赤毛の女の子がガバッとエヌの手を取ると、ヒマワリのような笑顔でエヌに詰め寄った。
しかしその笑顔とは裏腹に、少女の脳裏にはあるじ様に語られた任務の話がチラついている。しかしそれをうまく誤魔化す言葉が思い浮かばず、エヌはモゴモゴと口籠った。
「まぁまぁ、エヌちゃんだって用事があるんだろうしさ。いきなりは流石に無茶じゃないかな」
その様子をどう受け取ったのかはわからないが、アンナの父はそっと少女に助け舟を出した。
エヌはその言葉に何度もフンフンと頷くが、寂しそうなアンナの顔を見て少しバツが悪そうになる。
「そ、それならせめて連絡先だけでも交換しておきましょう。今はダメそうでも、
冬休み終わったらまたロンドンで会うことも出来そうですし」
「それは素敵ね!」
「断っておくと、エヌはスマートフォンとかは持ってないので住所で構いませんか?手紙を書いて出しますから。あっでも、見ず知らずの人に住所を教えちゃってもいいのでしょうか」
その言葉を聞いた途端、アンナはまん丸と目を見開いた。
「今時持ってない子も居ないんじゃない…?ま、でも手紙っていうのも面白いわ。ねえパパ、ダメ?」
「エヌちゃんはいい子みたいだし、そこまで友達関係に口出しをする気はないけど。でもこの子のお姉さん?は教えてもいいのかい?」
「んぅ…ったた。あー、寝過ぎて寝違えちゃったかし…およよ?エヌが見知らぬ人と仲良くしてるなんて珍しいじゃない。それも同じくらいの歳の子と」
「あっちょうど良いタイミングである…ゾイ『姉さん』」
あるじ様はグイッと背筋を伸ばしながら、胸をたわわと揺らす。その最中に横目でチラリと視線を合わせ、エヌと無言の意思疎通。
本来魔術士と彼女に作られた機巧人形である2人は、身分を隠してただの歳の離れた姉妹として表向きは暮らしている。
そのためエヌがあるじ様を『あるじ様』ということなく、彼女の名前で呼び、違和感をもたれないようにしているのだ。
やはり世間一般に魔術士と言うのは、警察署長ほどでなくとも良い顔をされるものとは言えず、要らぬ諍いの種を産まぬように自らの立場を隠して過ごしているのが彼らの常識である。
「いやぁうちのアンナだ忙しなくて起こしてしまいましたか?」
「いやいや、私も2時間くらい寝てましたからそろそろ起きますよ。それにエヌだってなんだか小生意気なこと言ってませんでした?」
「エヌちゃんはとってもしっかりしてる子でビックリしましたよ」
「そんなこと言ったら、貴方の娘さんだって社交的で明るい子じゃないですか。エヌはまんま小動物で、なかなか初めて会った人と仲良くなったりしないんですよ」
そう言っている保護者を尻目に、子供達2人は顔を突き合わせヒソヒソと言葉を交わす。
「どうして世の中の親って、相手の子供を褒めがちなんだろうね」
「それ分かります。というか他所の子が偉く見えるというか、隣の芝は青いと言いますか」
「ほんとほんと、娘やるのも楽じゃないよ。それよりエヌ、さっき読んでた本はどんなものなの?アタシに教えてよ」
「先の展開知っちゃったら面白くありません。それに、読めば本が好きになるかもしれませんよ?」
少女がクスリと笑うと、つられて赤い髪の毛も楽しげに揺れた。
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