第4話 少女の取扱説明書

「えー、エヌはあれあんまり好きくないんですよ。また今度じゃダメですか?」


「だーめ。今日は捕縛任務で派手に動いたでしょ?だったらちゃんとメンテナンスしなきゃじゃない」


「…はーい」


 少し不貞腐れたエヌは唇を尖らせ、背もたれに深く体を預ける。靴を脱ぎ捨てたら放り投げ、ズボンと靴下をまとめて脱ぎ捨てた。次いでフリルシャツのボタンを外すと、スルスルと腕を引き抜き下着のみの姿になった。

 それを見たあるじ様は唯一片付いているエヌの周りにビニールシートを広げた。彼女が奥から引っ張り出してきた工具箱をそばに置くと、工具をいくつも取り出し始める。


「それじゃあ触るわよ、エヌ」


「ひゃっ、あるじ様!手を暖めておいてください!」


 あるじ様は座ったエヌにかしづくような姿勢になると、ふとももの付け根にそっと手を這わせる。


「ごめんなさいね、私けっこう冷え性だから。それにエヌも体温が小動物だしね」


 そう言いながらもあるじ様はふとももの筋肉の付け根を強く押す。すると途端にパラパラと人工シリコン皮膚が剥離していき、腿にまるで指輪のような一本線が現れる。

 あるじ様は工具箱からねじ回しを取り出すと金具のネジを一本一本丁寧に外していき、保護と保定の役割を負っていたそれを取り外した。

 そして、ついに胴と脚を繋げていた接続金具が露になる。


「エヌ、それじゃあ脚を外すわよ。準備はいい?」


「ふー、ふー…よし、一思いに引っこ抜いてください」


 エヌはキツく目を瞑ると、口を横一文字に引き結んで来たるべき衝撃に備えた。


「それじゃあせえのっ!」


「ーっ!ぁあっ!」


 エヌのが痛みに耐えきれず、喉から噛み潰した悲鳴が漏れる。

 あるじ様がエヌの義肢を引っ張りながら捻ると、ややあってガチッと音がしてエヌの脚が文字通り外れたのだ。そして素早く腿の断面にホコリが入らないよう、シリコンで出来た蓋を取り付ける。


「っふう。まずは片足、終わったわよ」


「…うぅやっぱり整備するのは嫌いです。痛いです。しかも両手足だからあと3

回!神経が直接千切れてるようなものですよ!」


 エヌは目に涙を溜めながら、脚のない腿をクッションに叩きつけて抗議する。


「ごめんねエヌ。でも機巧人形はしっかり整備しないと。それにエヌは特に精巧だから細かい歪みがたまりやすいのよ」


「普通のっていうとあの歯車やパイプが沢山の?あれと一緒にされるのはやっぱり心外です」


「大体19世紀くらいから魔術師に好まれてるお人形ね。正直不気味な」


  機巧人形ーー簡易的に金属板で人体を模した外骨格に歯車をとパイプで彩った人間の模造品。蒸気機関の発展に着想を得て作られたブリキのオモチャは、単調な作業を任せる人手としては重宝されていた。


「エヌとは違って意思もない単純構造の安物よね。外観も中身の配線も雑多で合理さもなければ美しさもないわ」


「うわ出たあるじ様の魔道具オタク。それより、なんでエヌはそんな安物より頻繁にメンテナンスしなきゃなんですか。精巧ならもっと頑丈じゃないんですか」


「さっきも言ったけどエヌが繊細すぎるからよ。エヌって全然人間と変わりがないじゃない?」


「勿論です。歩くときに機械音の一つもありませんよ」


「そう、そのために本来機巧人形の歯車で足りる機構を沢山のパーツでシームレスにしてるのよ」


「つまり…どういうことです?」


「分かりやすく言えば、良いものは手間暇かけて作り上げられたって感じかしら。その手間暇分、壊れるところも沢山あるってことね。だから整備はしなきゃね」


「うっ…わかりましたよぅ」


 あるじ様が鈍色に光る工具を持ってズズイと近づいてくると、エヌは半分諦めたように両手を上げて降参のポーズを取った。

 それを見たあるじ様はエヌの気分が変わる前にと、素早く先ほどと同じように手足の義肢を取り外していく。その度に、エヌの高い悲鳴が漏れた。

 ややあって頭と胴だけになったエヌは疲れ切った表情を浮かべている。


「でも嫌なものは嫌なんです。くっつける時も痛いですし」


「本来だったら痛くないよう、神経回路の機能を少しの間凍結させて外すんだけど…」


「それはもっと嫌です。エヌの意識が勝手に切られるなんて」


 願い下げです、と言わんばかりの表情で、少女はにべもなくあるじ様の提案を切り捨てた。


「いつも通りの答えね。さて、エヌはこれからどうする?」


「動けないと仕方が無いのでもう寝ることにします。……今日も眠くなるまで一緒にいてくれますか?」


「勿論よ。エヌが甘えん坊なのは今に始まった話じゃないものね」


 あるじ様は軽くなった少女をヒョイと持ち上げると、まるで赤ちゃんにするような姿勢で抱き上げる。

 トントンと背中を叩くあるじ様の手つきでもうすでに眠くなってきたのだろうか、エヌはだんだん目蓋が下に下がってきた。

 ベッドに近づくまでの僅かな距離で、こっくりこっくりと頭が船を漕ぎ始める。

 割れた本の海を進んでベッドに下ろした頃には、エヌの意識は既に朧となっていた。

 その様子を見たあるじ様はサラリと髪を撫で、優しく毛布をかける。


「意識を勝手に奪われるなんて…まるで…死んでしまう、よう、な…」


 ぽつり、と少女の口からこぼれ落ちる。

 夢と現実の間にいるからこそ出てきた小さい小さい寝言。

 けれどもあるじ様は聞き逃さなかった。エヌの言葉にびくりと反応し、蒼白になった顔を見れば明らかであった。

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