第2話 Merry go London①
「はい、ヤング・フリッツローの身柄の報酬金。いやー責任問題にならなくてよかったよかった」
警察署の主は心底ホッとしたような表情で、書類と小切手にサインを記す。
先程派手に建物を倒壊させたエヌと、その付き人あるじ様。2人揃って現場近くの警察署にやって来ていた。それも上階にある綺麗な木張りの部屋で、大仰な机や豪奢な椅子が設えられている。
どう見ても一般の部屋ではなく所長室だが、2人組の様子に緊張の色は見られない。あるじ様はうねった金髪を揺らしながら、卓上のお菓子を何の躊躇いもなく頬張っていた。
もう1人の少女たるエヌはというと、そんな仕える人がお菓子へ伸ばそうとする手を押さえようとしている。
しかしあるじ様の背が高いことを抜きにしても、2人の間に50cmほどの差があり少女の手が届く様子はない。
「それにしても2人には毎度助けられてるよ、魔術士を相手取るのは僕らじゃ難しいからね。」
「2人じゃありません。ほとんどエヌが頑張りました。あるじ様は出る幕なしの万年運動不足です」
少女はそう言い切って押し黙り、亀のように目を細めてあるじ様を睨む。少し焦げた服の裾を掴みながら無言の抗議だ。
それを受けてのあるじ様は、額に汗を浮かべながらそっと目を逸らして素知らぬふり。そんな2人のことなどお構いなしに、署長は彼の話を進める。
「今話題の凸凹コンビの実力は本物ですな!いや本当にこんなに小さい方が魔術士とは!」
「ちっこい言わないでください。それにそもそも私は…」
「ごめんなさいね。エヌはちびっ子なのを気にしてますから、触れないであげてください」
彼女は何か言いかけたエヌの両脇に手を差し込むと、そのままひょいとエヌの体を持ち上げる。
そのままあるじ様はその上背を活かして、エヌを抱いたまま所長を見下ろすように立ち上がった。
「いやそれは失敬。どうにも私の孫娘とそんなに変わらないように感じてしまったもので」
そう言われて頬を膨らませる子供っぽいエヌだったが、そこを指摘して要らぬ藪をつつくような真似をする人はここには居ない。
「それじゃ確かに引き渡しましたんで、後のことはよろしくお願いしますね。ほら帰るよ、エヌ」
そう言うとあるじ様は少女を地面に下ろした。
そのまま彼女がエヌに向けて手を差し出せば、2人は慣れた手つきでその手を握りあった。
そしてあるじ様は歩幅の小さいエヌのペースに合わせて歩き、署長室の扉に手をかけた。
「ええ、今日はご協力ありがとうございましたお2人とも。それにしても…」
◆◇◆◇◆◇◆
「『魔術士はこんな幼子まで戦場に駆り立てるのか気持ち悪い』ってよく言ってますよね、さっきの署長さん」
所変わって凸凹コンビは帰り道のバスの中。
ドロドロとエンジン音を響かせながら、ゆっくりロンドンの市内を進んで行く。
そんな中2人がけ席にちんまりと座ったエヌは、隣に座るあるじ様の方を向いてそう言った。
「いつもそんなこと言ってたの、あそこの署長さん!?それにしてもよく聞こえたね、エヌ」
「当然です。エヌは特別製の最高級品ですかあうっ」
エヌはふんすと胸を張って応えた。が、ジトッとした目のあるじ様のデコピンによって額を抑える。
「何するんですかこのあるじ様ぁ!エヌのおでこがヒリヒリ泣いてます!」
「エ~ヌ~?壁に耳ありショウジにメアリー?だったかしら。ともかく、人目がある中でそう言う話はダメよ。とくにエヌの事はトップ・オブ・シークレットだしね」
「むむむ、確かにそういうあるじ様との約束、です…ごめんなさいです」
エヌはあるじ様に謝ると、しゅんと肩を落とした。そんなエヌをみたあるじ様は、手を伸ばすとエヌの白髪を優しく撫でる。
「分かれば良いのよ。次からは気をつけましょう?」
「…はい!」
そんな様子を見て、周囲に座っていたランチ帰りのご婦人方がフフフ、とエヌの様子を見て微笑んでいた。それに気づいた少女は耳の先まで真っ赤に染まると、あるじ様の手をギュッと握りしめる。
「それで、さっきは署長さんがそんな事言ってたけど、どうしたの?」
「うぅ…それについては、エヌは魔術士を相手取ることは多いですけど、一般的にどういう存在か全然知らなぁ、って」
「ああなるほど、それで署長さんが言ってたことが気になるってわけね」
あるじ様は納得のいった顔で頬をポリポリと掻くと、ややあって言葉を続けた。
「そうねえ、まず世間一般の評価だけど…素直に言うとあんまり良くないわね。バッドにかなり近いビターって感じかしら」
「それってやっぱり昔あったっていう魔女裁判のせいなのですか?」
「ノンノン違うわエヌ。魔女裁判なんて過去の産物よ。直で見てきた人なんてみーんな土の中だし、末代まで嫌ってる人たちなんて殆ど存在しないわ」
その言葉を受けて、少女の頭上に沢山の疑問符が浮かぶ。
「じゃあどうしてなんですか?大戦で魔術士はお伽話のよくわかんない存在じゃなくなりましたし…」
「だからよ。エヌは魔術士が最初どういう形で世の中に出てきたか知ってる?」
そう問いかけられた少女は、自分の知っていることになったからか、打って変わって明るい表情になった。
「第二次世界大戦でイギリスが戦争終結のために運用した秘匿兵器の空中戦艦。その炉心兼乗組員として徴用されたのが魔術士です。それが現在でも一定数徴用されて、現代では周知のものになっている…ですよね?」
「よく勉強してるじゃない。凄いわね」
「エヌ達のご飯に関わる事ですからね。しっかり調べました」
空中戦艦、それはエヌが言った通り空を飛ぶ船であり、イギリス軍の強力な戦略兵器だ。地球の重力に負けずに超重量の船を浮かし、戦線での移動要塞とかしているそれはもはや今では語り草だ。
「そう、船が空を飛ぶなんて物理法則を無視しまくりよ。それに乗組員も多くが魔術を使ったり、それに類する知識が豊富みたいだしね」
「それが魔術士の始まり、ですか?」
「そ。正確には世間に知られ始めた、が正しいけどね」
「でもでも、それなら嫌われている理由にはならなくないですか?」
「いいところに気が付くじゃない。まあ」
あるじ様は軽く咳払いをすると、再び学校の先生のような口調で喋り始める。
「さっきは魔術士という存在の始まりについて話したけど、じゃあどうして今魔術士が嫌われてるかわかる?」
「魔女裁判、じゃないんですよねあるじ様。ってなるといったいどうして…」
「そうねぇ、エヌには少しわかりにくい感覚かもしれないわね。エヌにはあって普通の人にはないものだからね」
あるじ様はエヌを持ち上げて膝に乗せ、少女のお腹の前でしっかりと手を組んだ。
しばらくエヌはウンウン唸っていたが、やがて観念した表情でため息をつくとあるじ様にトスンと体を預けた。軽い少女を胸でたゆんと受け止めると、白い髪を優しく梳き始める。
「…わからないですよぅ。普通の人にあってエヌにないものなら沢山ありますけど」
「もっと周りをよく見るのよ、エヌ。お昼過ぎのバスに乗ってる皆んなが皆んなどんな人?」
エヌは少し考え込むそぶりをしたあと、ハッと顔を上げた。
「もしかして、魔術士はみんな強いから。怖がられているのですか?」
「イグザクトリィ!正解よ、エヌ。あなたは間違いなく強いわ、本職の魔術士と比べても遜色がない、いやそれ以上にね」
しかし、午後の要綱が差し込むバスには乳飲み子を連れた夫婦、学校帰りの親子や兄弟姉妹、仕事を勤め上げた老人達がパッと散見される。エヌにはその誰も彼もが、自身のひと蹴りで事切れると容易に想像できてしまった。
「魔術士はみんな武器を持った軍人とおんなじって言いたいのですか?」
「それ以上ね。武器は必要ないし、普段の姿でも圧倒的な力があるもの。だからこそ怖いのよ。エヌはそんな事しないって分かってるけど、いま暴れ出したら誰も止められないわ」
あるじ様はエヌの両手を掴むと「ガオー」と言いながら怪獣のポーズを取らせた。対するエヌは白い目をしながら呆れている。が、呆れながらもなすがままであった。
「それで魔術士はお伽話のような魔法使いと思われて、『気持ち悪い』ですか」
「ええ、だいたいそんな感じよ。御伽話の魔法使いは昔から悪者扱いばっかりだしね。それに…」
あるじ様はそっと窓の外を見ながら、道路の流れゆく白線を目で追った。
「それに、なんですか?遠くを見てボーッとするなんてらしくないですよ?」
「ああごめんね、なんでもないの。ほーらよしよし」
「頭を撫でられたくらいで誤魔化されませんよ。さっきはなにを言いかけ、はふぅ…」
エヌは目を気持ちよさそうに細めると、あるじ様に体を預けて全身から力を抜いた。
『えー、次はグリニッジ公園、グリニッジ公園。お降りの方は停車ボタンを押してください』
「起きなさいエヌ、もうバス着くわよ。ほら起ーきーてー、起きてったら。おやつ食べ損ねるわよ」
「おやつですか!?すぐ行きま…んんっ、早速向かいましょうかあるじ様」
エヌは瞬間目を見開いたが、はっとすると急いで冷静さを取り繕った。が、それでも足取り軽くバスを降りて行く。
その背中を遅れて追うあるじ様は、言葉を喉から絞り出すようにひとりごちた。
「『それも』の続きね、エヌ。魔術士は人とは違って目的のためにはなんでもするわ。だから『気持ち悪い』のよ。私も含めてね」
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