非葬儀少女とふたつの心臓

斑目鹿子

第1話 そして、世界は廻っている。

『HQ!HQ!こちらメイリス巡査!にわかに信じがたい事ですが、これは、これは!』

「こちらスコットランドヤード本部!具体的な状況の報告を求む!」


 無線越しに逼迫した声が響くロンドン市警本部。警官たちの怒号が飛び交う部

屋には、次いで切迫した声の詳細報告が届いた。


『銀行自体が二つにパックリと割れました!こ、コンクリートの、いっとう堅い建物がです!』


「そうか…また、頼まなければいけないのか。得体の知れない、あの2人に」


 現行の科学では再現できない超常犯罪が発生するこのロンドンで、警官の誰かがそうげっそりと呟いた。


 ◆◇◆◇◆◇◆


「それで、現場から伝えられた状況を振り返るぞ」


 先程の無線連絡から8分、スコットヤードの増援として特殊警官が制圧部隊がやってきていた。

 防弾ベストとヘルメットを着込み小銃を持った彼らが5人、揃って顔を厳しく引き締めて暗い銀行の廊下を進んでいく。

 そんな中でも胸に金のバッチをつけた隊長格の男が、周囲の仲間にそう促した。


「はっ、午後2時14分にこの銀行が突如断裂、併せて爆発が発生しました。すぐに周辺封鎖が行われ現場を包囲しましたが、犯人と思わしき人は未だ確認されていません」


「つまり敵目標は鉄火場でまだまだ泥棒中って訳か。そんなら丁度いい、中突っ込んで犯人に接近・確保を試みる。君たちは包囲を継続、そして何より一般市民が中に入らないよう徹底してくれ」


 隊長格の男がそう伝えるとと、残りの4人の表情がスッと引き締まる。

 より鋭く周囲に気を払いながら、彼らは地下の金庫への階段へ近付いていった。


「銀行が派手にやられてるが、上が全く荒らされてないとすると…」


「おそらく金庫狙いでしょうね。硬いものも構わず開けれるとなれば分厚い壁も意味ありませんし」


 部下たちは軽口を叩きながら、とはいっても警戒は緩めず壁沿いに進んでいく。


「つっても地下行きたくねえなぁ…こんな逃げ場の少ないところに行かなきゃなんてよ」


「行かなくても良いんですよ隊長?明日から無職の“元”隊長になるだけですからね」


 パラパラと石の破片が降り注ぐ階段をゆっくり下っていくと、微かにゴソゴソと衣ずれの音が聞こえてきた。

 全員が顔を見合わせると小銃に手をかけ次の瞬間、一気に足並みを揃え階段を駆け下りた。


「おいこの火事場泥棒共!投降するか新しいケツの穴こさえるか好きな方選びな!」


 階段を降り切るとすぐさま銃を構え、地下の先に潜む泥棒に向かってそう警告した。

 彼らの目に飛び込んできた泥棒は、身なりは強盗と言うにはあまりにもカジュアルで、だからこそ異様さが際立っている。

 それでも彼の瞳には追い詰められた者特有の、不気味な光が爛々と宿っていた。


「うるさいなぁ!僕は明日の糧を出稼ぎ中なんだ!人殺しの空戦乗りのガキが普通に暮らして綺麗な金を稼げると思ってるのか!戦争が終わって僕らに生活できる場所があるかってんだよ!」


 その言葉を聞いた瞬間、5人の表情が強張った。


「ーッチ!やっぱ戦争のあぶれ者、野良の魔術士かよ運がねえなぁ!」


 魔術士、それは通常の科学兵器では太刀打ちのできない存在。おとぎ話に語られるような不思議な力を持ち、現実を書き換える科学体系とは異なる法則に生きる者。


「お前ら手加減は不要だ!殺す気でかかるぞ!総員投擲!」


 隊長がそう叫ぶと、各々が防弾ベストから手榴弾を取り出し、ピンを抜いてすぐさま投げつけた。

 そして、一拍。

 5人が耳を塞ぐと同時、ズンと体の芯に響く爆発音が地下全体を揺らした  。


「総員構えを解くな!安全装置を外して小銃を構え!魔術士は死体を見るまで死んでないと思え!」


 辺りに爆発の残滓としてもうもうと煙が立ち込めた。


「そんなものなんども貰ったよ、戦地で嫌になる程ね!」


 ドサリ、と兵士の体が崩れ落ちる。煙の中からコンクリートの触手とも言うべき流体の腕が伸びており、2人の兵士の腕を貫いていた。

 煙が晴れるとそこには、液体のように蠢くコンクリートがドームとなって存在するのみ。それが地面へ還っていくと無傷の強盗が佇んでいる。


「こんなんばっかだから対魔戦は嫌いなんだよ畜生!残った2人は物陰に隠れ遅滞戦闘に努めるぞ!」


 隊長格の男は素早く判断を下すと、小銃を発砲しながら後ろに下がり、柱の影に隠れる。

 本来ならば一発一発が致命傷の銃弾だが、魔術師相手なら話は別。無情にも液体のコンクリートの壁に阻まれ、カランコロンと地面に乾いた音を響かせるだけだ。


「遅滞戦闘っていつまでやれば良いんですか隊長!こんなん僕らの身が持ちませんよ!?」


「わかってらあ!だけども奴さん、柱から階段まで奴さん見逃してくれなさそうだぜ?」


 そう言って彼が少し柱から顔を出すと、すぐさま建物を抉るようにコンクリートの触手が襲いかかってくる。

 更には、その衝撃によってピシピシと壁の亀裂が広がり、少しづつ彼らの頭に天井が近付いていた。


「隊長!もう建物が持ちません!崩れそうです!」


「めでたく土葬セットの職場なんて気が利いてるじゃねえか神様よォ!」


 そしてついぞ、建物の限界が訪れる。

 パラパラと亀裂から細かい粉塵が零れ落ち、そしてダムが決壊するが如く天井が割れた。石の粉塵があたりにぶち撒けられ、突入隊は皆が皆やってくる衝撃に目を瞑る。

 1拍、2拍 、と時間が流れる。

 されど、どれほど時間が経てど無音。

 壁が崩れる音も天井が落ちる音も何一つ、訪れるべき音がやってこない。


「隊長…私たち生きて……ッ!通路は!?」


「どうなってんだ、これは…?」


 彼らが茫然とした表情でそう呟くのも無理のない光景が、そこには広がっていた。

 霜だ。

 生暖かい人の熱気がこもるこの地下で、霜が降りていた。

 氷の花は壁や天井を伝って咲き誇り、花の根によって崩れかけの建物の破片を繋ぎ止めている。


「誰だ!?居るな…僕とおんなじ魔術士が!」


 そんな中たった1人、額に汗を浮かべた強盗だけがこの状況を最もよく理解していた。自身と同じお伽話の匂いを敏感に感じ取っているがために。


「指定執行犯ヤング・フリッツロー、従軍時の資料によると、主な魔術は石材操作。敵拠点の破壊作戦などに従事してるみたいね。それよりエヌ、負傷者は?」


「もうやってるです。あるじ様は危ないので下がっていて下さい」


 鈴がなるような子供の声とともに、突入部隊の周りに分厚い氷の壁がパキパキと迫り上がっていく。

 彼らが目を見張り何か言葉が出てくる前に、再び小さな少女の声が地下に響く。


「―では、ここから先はエヌの領域です」


 次の瞬間、階段から白く小さい影が飛び出す。刹那、影は強盗犯ヤング・フリッツローと交錯した。

 ヤング・フリッツローが振り抜いたナイフと白い影の間に金属がぶつかり合う音が響き、2人の動きは拮抗する。

 そこでようやく、声の主の全貌が露わになった。

 小さな背丈は子供、それも二桁歳あるかどうかの幼い体躯。真っ白い髪を長く長く伸ばした姿はいいところのお嬢様といった風体で、フリルがあしらわれた白いシャツや時代錯誤のカボチャズボンも似合っている。こんな場所にいなければさぞ似合っていた事だろう。


「小さな子供っ!?これだから魔術士達は嫌いなんだ!どうして自分の体をそんな簡単に!」


 可愛らしい容姿をしている。それは間違いないが、それは膝から上までの話だった。

 カボチャズボンで覆われていない膝から下、脛が存在するべきそこは精緻な装飾のなされた直剣に置き換わっていた。

 凶器に置き換わった脚を振り抜いて、躊躇いなく少女は男へ鍔迫り合いを仕掛けている。


「エヌにはエヌという名前があります。それに小さなは余計、ですっ!」


 白い童子―エヌは一息で力を込めると脚剣を蹴り抜き、返ってくる力でヤングと距離を取った。

 そしてエヌは空中でくるりと一回転。脚剣がカシャンと音を立てて変形すると、人間の足に変わって地面へと着地する。

 それと同時に地面との接地点から氷が形成され、瞬く間にその体積が増していく。それが瞬く間に氷の穂先の形となって、エヌの足がそれらを蹴り出し撃ち出した。

 これにはヤングも一瞬驚いた表情をしたが、咄嗟に液体コンクリートの腕で振り払い、飛んできた氷の刃を打ち落としことなきを得る。


「む、並の魔術士なら今ので終わりですのに」


 エヌは少しびっくりした表情でヤングを見やった。それに対しヤングはもっとびっくりした表情でエヌを見返した。


「そういう君はなんなんだ!?殺人機巧、にしてはあまりにも人間じゃないか!」


「エヌはエヌです。殺人機巧なんて無粋なものと一緒にしないでください」


 そう言うと場所と状況にはまるで似つかわしくない暢気さで、可愛らしく頬を膨らませた。

 が、次の瞬間には真面目な表情に切り替わり、姿勢を低くすると一気に駆け出す。


「その割には機械の一つ覚えで突っ込んでくるだけか?確かにちっこくて素早いけど!」


 ヤングは迷わず液体コンクリートを変化させると、扇状に大量に槍ぶすまを作った。


「舐めるな、ですっ!」


 しかし姿勢低く走っていたはずのエヌの体は、トンという音と共に天井に張り付いて壁を走っている。

 エヌの服の袖から先端に矛のついた鎖が伸びており、それが天井に刺さっていた。自らの体から鎖を伸ばし、それを天井に突き刺して自らの体を引っ張り上げたのである。


「足の剣に服の袖からは鎖、一体どういうビックリ機巧してるんだっての!」


「だったら見たいですか?エヌの全力」


 エヌは天井を蹴って体を急降下させると、足を再び脚剣に変化させ斬りかかった。勿論ヤングは液体コンクリートの槍で応戦するが、エヌは空中で体を捻ると脚剣で切断する。

 さらに脚を降り切った勢いを止めず、残った根元の液体コンクリートを足場に加速すると脚剣で痛烈なかかと落とし。

 咄嗟にヤングは液体コンクリートを圧縮させてナイフを形作ると防御した。


「軽い体に似合わず重い攻撃してくれるね君は!」


 エヌは膝をたわませると再び空中に戻り、そのまま脚剣を天井に刺して再び上に張り付いた。


「女の子にに重いは禁句ってお母さんから習いませんでしたか?」


「御生憎様、お人形遊びの経験なんて僕には一度も無いからね」


 お互い軽口を叩き合いながらも、2人は視線を外すことなく睨み合う。


「だったらお人形遊びの仕方を教えて差し上げましょうか。【氷雪機巧ニヴルマキナ:――」


 エヌはそういうと口の端をニッと、まるで悪戯をしようとする子供のような表情で笑った。それとは反対にヤングはエヌの口から語られた言葉を聞いた途端目を大きく見開く。


「マキナ!?いや氷なんて聞いた事はっ!?」


「――【氷雪機巧ニヴルマキナ霜の白蓮華メイリオン・グウィン】」


 ドクン、と心臓が強く拍動する音が木霊する。

 そしてとエヌの脚剣を刺した天井から異変が起こった。

 ミシミシと天井が軋み始め、下へ下へと壁が膨らんでいく。そして膨らんだ風船が割れるように、ついにその瞬間が訪れた。

 天井がバラバラに崩れ、壁の中に巣食っていたものが姿を表す。それは氷の花だ。コンクリートの中を根が這いずり回り、蕾が開いた花たちは廊下の中で咲き誇った。

 そんな氷の彫像が動く異様な光景の中、頭に血が上ることを知らないエヌは未だ天井からぶら下がったままだ。

 そしてエヌは、ニヤッと笑うと下瞼を引っ張り舌を出す。


「それじゃあ頑張って生き延びてください。べー、です」


 それは見事な“あっかんべー”の表情であった。

 同時に今まで生えていた氷の花々にヒビが入り、そして砕ける。今まで崩れかけの天井に根を張っていた花々が無くなったら一体どうなるか、答えは単純明快。

 崩落である。

 爆音を轟かせながら鉄筋コンクリートが、レンガが、机や機材が崩れ落ちる。砂塵や粉塵を撒き散らしながら床が下へ下へと飲み込まれていった。

 およそ1分ほどだろうか。ようやく轟音が止み、あたりが水を打ったように静かになった。

 地下にいるはずのエヌも、ヤングも、生き埋めになってしまったのか瓦礫ひとつ動く気配がない。

 シンと静まり埃が舞う床の抜けた銀行に、歩みを進める人影が1つ。


「エヌ!エヌー!早く出てこないと今日のおやつは私のお腹の中よー?」


 普通の男と変わらない背丈に、金色の髪をうねらせた長髪の女性だった。不敵な表情を眼鏡の奥の快活そうな瞳で彩っている。

 先ほど会話していた子供のエヌとは違い、背がかなり高く出る所が出ている大人の女性だった。


「早く出てこないなら本当におやつもう食べちゃおうかしら」


 彼女そう呟いた瞬間、大地が盛り上がり氷の巨大な蕾が地上に現れる。

 その花弁が綻び花開くと、中にはその製作者―エヌと呼ばれた少女が佇んでいた。片手で氷の手錠と鎖でガチガチに拘束されている、気絶したヤングを抱えながら。


「あるじ様、私の分まで食べたらお腹が天井知らずにでっかくなると思います」

「お腹の話はやめて頂戴エヌ!ちょっとかなり結構気にしてるから!」


 金髪の女性―あるじ様は焦った表情でエヌに食ってかかる。が、エヌはどこ吹く風でヤングを差し出した。


「ちゃんと生きたまま捕まえてきましたよあるじ様。褒めてください」


「うん、偉いよエヌ!でも次はこんなにド派手にしないでもらえると助かるかな?」


 周囲には瓦礫の山で、地下の金庫を掘り起こすにはかなりの手間がかかりそうな事が容易に想像できる。

 花弁に押し込められた5人の突入隊は、あんぐりと口を開けたままその光景を見ていた。

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