第12話 集VS零次
二人は拳が届くほどの距離で腰を落とした。
対面してみると零次の表情は気迫に満ちている。不自然にグランドから人が離れ客席に群がっている。実技試験で名を挙げた集と特訓での派手さから頭角を現した零次の対人戦闘はチームゆえに実現しないと思われた対者であった。
集団心理というものだろうか口を開く者もおらず、静まり返るグランドは些細な空き缶の音が合図となり零次は動き出す。
まばたき一つで零次の姿を見失い立ち尽くす集は微笑むようにこう口にした。
「知ってるか?グランドの底には導電性シートが引かれてるって」
その一言が零次の異能を制限する。
磁場に頼り切った零次にとって源泉がないことは能力値に大きく左右する。それに付随し起こる症状を集は目にしてきた。磁場を吸い上げようと神経細胞をいじれば神経伝達を妨げる点である。沙耶が治療していたのは神経細胞で間違いないが回復ではなく本来あるべき形へ戻す復元だった。
「集が俺の弱点を知っているように俺もまた弱点に気付いてんだ」
背後からの拳が集の頬を強打する。
「体が動く?そんなはず…」
地べたを這う集を見下ろす零次の目は冷ややかで勝利を確信したものだった。
「集はこう思ったんじゃないか?なぜ動けるかって。能力直後の反動は克服済みだ。それに全能力者の天敵である、お前の能力は対策するべきだろ。リーダーとして」
敵意むき出しの発言に集はふんじばり体制を立て直す。
「弱点だと思ってたんだけどな。こうなるか」
「集の事は身近で見てきたし、こういう展開も想定内だ。それに集、お前の能力は自身に焦点を当てることを避けて使っている節があるしな」
「そこまでばれてるか」
「ケースの中身を間近で見てればわかるさ」
「切り札ってわけじゃないけど」
(自己暗示……倍速)
突如、背後に現れた集に咄嗟に零次の腕が反応する。頬を横切る腕を絡めとり重心を利用した投げ技が奇麗に決まる。受け身をとった零次は軋む膝で立ち上がった。
今にも倒れそうな零次から問いが投げられた。
「初見殺しを得意とする、お前に身体強化なんて器用なことができたんだな」
話をすることは零次としても本来避けたいはずだ説明交じりの話は続く。
「知ってるか。世の中には雑音で眠れない人間もいてな」
零次の手には小さな塊が二つあり、それを耳に差し込んだ。
零次が用意した対策アイテム、耳栓だった。集の能力は言葉で事象を改変することは自習期間を隔てて情報は拡散されていた。耳をふさいでしまえば虚言ですら無に等しいと情報は拡散されており会場の大半が耳栓をしていた。耳栓をしていないのは残りのDチームだけだった。
「ここなら平等な戦いができる。スピードを維持するのに、どれだけ体に負荷がかかるんだ?体現しても体はついてこれないんじゃないか。あってるよな集。だから自身をフォーカスとした能力を避けてるんだろ。ケースの中身は五分スパンで減っていた。なら五分耐えた上で優位性を取り戻す」
耳栓が出てくることを予測していた集は返答をしない。
零次が集めた情報は大方正しい。言葉で他人の認識をすり替え現象として置き換えるのが能力の一部だからだ。故にイメージを共有する相手は対峙する相手でなくてもいい。意思疎通が行えるものが観客にいれば発動条件は満たされる。
(倍速じゃ零次のスピードに追い付けないか。なら三倍速で動くまで)
集が先手を打つ形で距離は詰まる。だが速度では距離を詰めることできず再び足を踏み出す。だが零次の正面で腹部に痛みを覚えた。零次の拳が繰り返し集の身体を強打する。
歴然とした強さを見せた零次の口から「五分だ」と忠告がはいる。
放電を始め距離を取らざる終えない集はバックステップを踏む。
「気づいているか集。お前の残金は硬化一枚五百円だ。知らないと思ったのか?訓練での消費枚数の計算はしている。次の小規模改変が最後だ」
虚言でないことを集は察していた。大規模な改変は、それ相応の代償を必要とする。ポケットの重さから、こつこつと小技を繰り返してきた集にとって王手宣言に等しい。
だが傷だらけの体をいたわる様子もない集も、とっておきを切り出そうとフェンス越しにいた和希へ声をかけた。
「和希~体痛いわ。でもこれは俺の痛みか?」
無意味と思える言動に和希は首を傾げているが話は続く。
「この傷は俺が零次に与えたものなんじゃないか」
「なに言ってんだよ。戦況どうりお前の負けだ」
「チェックメイトだ」言い切る頃には零次の体に異変が起こり始める。
突如、零次の体が後方に吹き飛んだ。集の傷と同一の位置に生傷が増える。フェンスに直撃し砂埃が立ち上る中、顔を出した零次の足元はふらついていた。
放電は止まることなくフェンスに亀裂が入り観客への被害が出始めても稲妻があたりを粉砕していく。零次の影が折れ込む様子を前に力んでいた集も倒れこみ結果だけでは引き分けという形で組手は終わったのである。
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