第9話 マナコード

 目的は弓の購入であったはずがなぜだろう。賑わうショッピングモールで男子三人は立ち話をしていた。


「これかわいいよね」「私には似合わないよ」

 店内から千秋と沙耶の声を聞きつつも入口では男子の嫉妬にまみれた談義が行われている。


「カップルばっかだな~なんだ春は恋の季節なのか。そうなのか」

 わめく和希に零次が肩をたたく。

「大丈夫さ。十年後には結婚してるって」

「十年てなに。俺ら生きている保障あるのかよ」

「うちのチームは男子三女子二だが女子の方は期待薄だな。無口、鈍感が染みついた二人だぜ」

 集も賛同するように「可愛い?あれって可愛いって言ってる私、可愛いでしょアピールだろ。恋愛なにそれ?そんな、きゃははうふふな展開あるわけないだろ」

「集が壊れたぞ」


 慰めに掛かる二人を前に背筋が折れた老婆が通り過ぎる。通りざまに「青春は近くに転がってますよ なんて慰めの言葉を残して…。

 青春とは縁遠そうな老婆の言葉に男性陣は唖然とし近場のベンチへ向かった。横並びで座る三人には会話はない。絶望に浸る三人を前に手荷物を抱えた沙耶と千秋がすっきりとした表情で買い物を終え店からでてきた。


「どうしました?」「うちの男子はこんな感じだよ」


 男子は二人の会話にすら入ることなくゾンビのような千鳥足で歩き女子は甘味店が見えるたび和希に荷物を預け飛びついていた。


 空も黄金色に染まり帰宅には程よい時間であったが本命の弓具店には辿り着いておらず街灯に彩られた町並みに、どこからかカップルが増えだした。そんな中をクレープ片手にはしゃぐ女性組と俯いた男性組は市街地から離れた弓具店を目指し駅へ向かう。


 下り電車に乗り込むと民家が多くなっていくのを感じた。授業の疲れからか居眠りしている和希につられ沙耶、千秋と身動きを取らない。民家が木々に変る頃には弓具店のある最寄の駅に到達する。


「起きろ。着いたぞ」


 零次の声に集は時刻をシェアウェブで確認する。六時半頃とあり眠くなる理由もわかる。皆眠っていたのか、あくびをし和希だけは、待ってましたと言わんばかりに胸を張っていた。


 下車した駅は古びており改札口だけが置かれている無人駅だ。駅前で横並びした五人の前には民家と畑ばかりで店があると思えない。


「あそこの店だ」と指さされた店は悪く言うなら駄菓子屋と言った趣だ。


 アイスと書かれたショーケースが入口横に設置してあり到底、専門具を取り扱っているようには見えない。先ほどまで気張っていた和希の顔ときたら無茶な要望に疲れ果てた会社員のような顔をしている。


「落込むには、まだ早いぞ。和希の要望どうり二千円程度で買えるという点でここに来たんだ。外装は、どうであれ売ってる品は上を見たらキリがないし下を見たらワンコインもあり得る。そんな店長気まぐれのお店だ」

「安さは大事だけど。駄菓子屋で何を買えと…。うんまい棒か。そうなのか」


 荒れる和希をのけ者に四人は入店していく。するとどうだ。入店済みな零次はともかく三人は入口で立ち止まる。上を見たらキリがないとはよく言ったものだ。入店直後に出てきた金額は現在の相場でテレビが買える程の値がついている。店内に踏み込むほど金額も跳ね上がり軽自動車が軽く買える金額のものまで存在していた。


「いらっしゃい」


 手をこすりながらすり寄ってくる店員は普通の老人のように見える。だが話を始めた途端、にやけ面で前歯から金色が見え隠れする。


「安い弓探しててさ。学生でも買えそうな、お手頃なものあるかな」

「あ~ならあちらにありますよ」


 指さされた先には傘立てに無造作に刺さる弓具だ。入店してから目に入ったものは装飾に凝ったものが多く、どちらかというと観賞用のイメージが強かった。だが傘立てに刺さっているものは年季が入り色あせた物が多く在庫処分感が否めない。

「これ……」

 開いた口がふさがらないといった和希の前に老人が一本ずつ取り出し難儀に説明をつけていく。胡散臭い話に集は耳もくれず高級な弓具を鑑賞を始めた。そんな中、集が展示してあるものの中に格安の弓を見つける。


「これなんてどうだ。希望額に見合ってると思うし」


 集が勧めたものは弓が打てるとは思えない一品だった。しなりが弱そうな本体は弓道などで使われる物ではなくアーチュリーで使用するような形状をしている。それに加え三千円とお手頃なのが怖い点ではあるが在庫処分よりましに思えた。


「これはかの有名な朝川 義明が使ったとされる一品ですな。可変する絶対値が有名になって以降、弓で戦闘機を落としたなんて逸話を持った品です。マナコードだったかが書かれているようで使い手を選ぶこともあり、お安くしております」


 聞き覚えのない言葉に4人は輪になる。


和希「マナコードってなんだよ。そもそも矢が飛ぶのか」

零次「飛ぶかはともかくマナコードってなんだ知ってる人いる?」

千秋「沙耶さんなら知ってるんじゃない」

沙耶「私……!聞いたことない集バトンタッチ」


 話は纏まることなく「どうなされますか」との店員の声もあり和希が顎に手を当てていた。


「値段は理想。外見はともかくとしてマナコードとかいう付加価値もついてくる。また来店することを考えると……」

「丸き声だぞ」と零次が注意を入れる。

「買います」和希は財布に手をつけた。

「弦張りをいれて四千円で」


 手渡された紙幣に、にやけた口元から金が見え「まいど」と購入が決まった。店外で待つこと5分、アイスを片手に待ちぼうけていたチームに店員から声がかかった。

 弓が和希の手に渡り店を後にした。


 ゲーム機でも買った小学生のように和希が試し打ちがしたいと言い出し零次の後を歩く和希のスキップときたら買い物をする女子のようだ。田畑が並ぶ中に公園とは呼べない広場があった。遊具もなければ砂場もなく、あちらこちらに空き缶が散乱していた。


零次が手にしたアイスのごみをバックにしまい口を開く。


「ここなら民家もないし安全だろ」

「いっちょかましますか~的はどれにしようか」和希は辺りを見渡した。


 正面にロング缶があり和希は購入したばかりの弓を構えた。空き缶を狙う弓が標準を定め下がる。弦に触れている指先から矢が生まれ、しなる弓が矢を放つ。手を離れた矢は狙っていた缶を貫き、どこにも見当たらなくなった。


 立ち会った四人が思ったことは矢って、あんなに威力があるものなのだろうかという点である。空き缶に刺さるなら現実味もあるが貫き行方知れずとなる威力は老人のたわごとを実話へと変える。売り文句と思われた話はもしかしたら事実であったのかもしれない。


「まさかね~」なんて独り言を漏らす沙耶が突如お腹を摩りだした。

「トイレか?」

 デリカシーのない和希の一言が沙耶の顔つきを変えた。

「うるさいわね。お腹が減ったのよ」


 そんなこんな帰り支度を済ませ駅へ足を向けた。帰りの電車では和希が買ったばかりの弓を頬を宛て幸せに浸り、沙耶、千秋は夕飯の話かイタリア料理の話をしている。


「集はこの後、暇か?」

 誘いに集の顔がひきつる。

「陽が待ってるから今回はパスで」


 集は電車を降りるなり走り出した。ウェアラブルに視線をあて時間を確認するも二十一時と陽の逆鱗に触れることは避けられないと決めつけ自宅前で足を止めた。深呼吸を数回していざと庭を通っていく。取っ手が届きそうな距離までくると家から大きな足音が聞こえ、扉が開いたと思えば陽が胸にしがみ付いていた。じんわりと水分を含んだ胸元が肌に張り付き心配してくれていたことが伝わる。


「悪かったよ。連絡もいれてなかったよな」

「連絡もだけど我が家の夕飯は二人一緒にって約束でしょ」

「そうでしたね」

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