第7話 能力開発
「今日も集は休みか。入学初日から二週間も休みなんて、こんな時期にインフルエンザにでもかかったのかな」
「集のことだ。不摂生な生活してそうだからな。治るものも治らないんじゃないか」
和希と零次のやりとりを肩越しに聞いていた沙耶は集が帰った後のことを思い出していた。
カフェの帰り道では突如、警報が鳴りシェアウェブには避難警報が届いていた。内容は隕石が都心を襲うというもので避難勧告が発令された。軌道を逸れた隕石が大気圏を突入した瞬間を多くの人々が目にし絶望したことだろう。渋滞する道路と避難民で覆い尽くされた歩道を歩いていた沙耶はあるものを目にしていた。
間近に迫った隕石を前に空を飛ぶコートをなびかせ人影を。
くたびれた後ろ姿が集を連想させ宙を浮く者が集であったことを渋滞で停車していた見覚えのある高級車が根拠づけた。車内には保護者を名乗る陽が隕石を見上げながらシェアウェブへと声をかけていた。
「空のあれ、なんだと思う。集」
その会話には、どんな返事があったかは沙耶の知るところにないが隕石は突如大きな花火を咲かせたのだ。その日を境に集は登校しておらずローブ姿の人影は連日新聞に取り上げられていた。銀行強盗などの小さな事件から爆破テロまで1週間あまりの出来事とは思えない事件数が解決へと導かれていた。
報道による被害者からのメッセージは、どれも感謝の声で男性であったという事実だった。黒髪で猫背が印象的な若い男性という証言も出いている。中にはやる気を感じさせない若者や銃弾が止まったなどのコメントが多く情報誌などで掲載されていた。正体をうすうすと感づいていた沙耶にとって集の欠席をどう評価していいものかわからずにいる。
「おはようございます」
三限目の休み時間に戸を開けたのは寝癖頭の集であった。沙耶を残した三人が集のそばによる中、納得がいかないといった顔の沙耶は机を離れず集へ視線を送っている。
「風邪なげーよ」と和希。
「大治に至らなくてよかったです」千秋の優しい言葉
最後に目を細め何か言いたそうな零次。
「いや~風邪が長引いちゃってさ」
閉まりが悪い口元に零次の威圧籠る声で「で?」と理由を求めていた。
「集は知らないかもしれないがグループの申請は済ませてあるから」
「助かるわ。ありがとな」
軽率な発言に腹を立てたのか拳が集の頭部を襲う。痛みに反応するまもなく会話は進む。
「来週にグループテストがある。それは知ってるな」
「そうなのか?でも来週だろ。まだ猶予はあるって」
楽観的な発言に零次が目を細めた。
「集が休んでいた二週間。能力向上のカリキュラムを受けたが今週のグループは最低評価だ」
「授業に参加できなかった僕には関係ないかな」言いつつもすっとんと、どけ挫の体制に入り床に頭をこすりつける。
「知ってるか?今週行われるグループ講習である程度の評価をもらえなかったチームは……」
「退学?」と顔を上げる集へ「実験室行きだ」と現実が付き尽きられた。
「一週間カリキュラムを受けてはみたが、ここにいる四人とも成果がでてない。言いたいことは分かるよな。集よ」
「俺にどうしろと…」
「陽さんだっけか?話しっぷりだと集の能力である程度、能力強化ができると解釈しているんだが違うか」
和希と千秋は首を縦に振っている。
「どういう意図で、そんな話をしたかわからないが俺には一過性の増幅はできても講習最終日までの長期にわたる能力増幅はできないぞ」
三限目を知らせるベルに移動授業なのか、クラスメイトは教室をづらづらと退室していく。どの生徒も制服姿ではなく体育着を着いた。
「次は体育じゃないのか?早く準備しないと遅刻なんですが」
集の横で足を折った千秋が「次は実技です」と耳元で話した。
「なら使い方をかえればいい。どの程度まで増幅できるんだ」
「金額次第ではあるけど一時的であればページ3くらいまでは底上げできるはず……」
「次の授業で試してみるのもありか」
足の痺れを見兼ねてか零次が屈み集は腕を肩を預ける。集を担いだ零次が先導して向かった先は入学式に乗り込んだエレベーターだ。エレベーター内では沙耶と千秋が話を始め零次は無言だった。
「沙耶ちゃんは進歩あった?」
「特にないけど。あんたよりましかな」
二人の会話に、ばつの悪さを覚えつつも目的地である地下グランドが視界に入ってきた。地下グランドに広がる光景は活気立っており先生の指示なしに行動する生徒が目立つ。
(なんだこれ。ほんとにクラスメートか)
入学時の情けないクラスメイトの姿はなく激しい特訓が繰り広げられていた。授業表には能力開発とあったはずが体術の稽古と呼ぶのがふさわしい。五人で纏まり争う姿がグランドの所々で見受けられる。
客席からグランドへの階段を降ったところで零次は沙耶から何か受け取り悪意に満ちた笑みで集の手にぽんとコインケースを置いた。ざっと見ただけでも五百円硬貨が敷き詰めている。
「四人分のおこずかいだ大事に使えよ」
「ああ」と相槌をすませポケットへしまう。
和希の視線がポケットに釘づけで涙ぐんでいた。「四年分のお年玉なんだよ」と泣きつく和希に対応せずポケットを摩る。
「さっそく始めますか。まずはリーダーの零次から。うろ覚えだけど能力は磁場を使った電撃だっけ?」
「大体そんな感じだな。使えこなせてないから説明とはかけ離れているけど」
期待からか零次は身震いをしていた。
(どうなってもしらんぞ)
「零次が扱える電圧はどうくらいなんだ」
「そうだな五十ボルトくらいか」手に閃光が収束している。
「俺には十万ボルトはあるように見えるんだが」
手に収まるほどの小さな光は電光を放ち、半径五十メートルまで放電が広がる。動揺を隠せないといった零次は制御不可能な放電を地面に押し付けた。手を突いた場所には亀裂が生まれた。
「これがページ3の力か……」
息が上げったのか零次が微動だにしない。
磁場を吸い取り電撃として出力するといったものが零次の能力だが人間の体は通常、通電することない。体を動かす神経は電気信号と思われがちだが神経細胞はイオンにより体へ信号を送っているが正解だ。神経を良導体として使うということは細胞の中と外を絶縁体と良導体へ変化させる必要性がでてくる。能力の発動は体の自由を欠くことに繋がる。
「沙耶。今度は君の出番だ。零次の体を治してほしい」
「直す?傷がないじゃない。対象がとれないわよ」
歩み寄る沙耶の手には小刀ほどの小さなナイフが握られている。両刃をもったナイフは陰と陽を表すように白黒で別れていた。
「大丈夫。君が握る聖剣は生かすことも殺すことも可能なものだ。白い波紋で零次を切ってみてほしい」
「聖剣?私のナイフが?」
振り下ろされるナイフが身の丈ほどにかわり零次の背筋に傷跡を残す。老竹色の光が切り傷から零れ逆刃には鉛色が流れ込む。等の本人は気づいてはいないのだろうが渇ききったグランドに根付いていた雑草が枯れていくのを集は目にしていた。
零次の看病もほどほどに目を光らせた和希が「はいはい~」と暑苦しく呼んでいる。
「和希の能力はなんだっけ」
和希の手元へ視線を下げると矢と思われる物体が握られていた。
「この矢どうやって使うんだ」
その問いに集は言葉が見つからない。弓兵と聞かされていたが矢のみであれば単なる職人でしかない。
(和希は後回しだな)
「千秋さん。能力の発動をお願いできるかな」
「はい」
整った返事と共に彼女を囲むように藍色のオーロラが現れる。それを見た集は深く考える。その結果出た答えは理解できないといったものだった。
陽の話しっぷりでは増幅を経験することで、ある程度成長が見込めるという解釈で間違いないだろう。だが該当するのは沙耶と零次で和希と千秋の能力は不可解な点から不可能だと集は諦める。
矢を生み出す能力と空間断絶と聞かされていた千秋の能力は集では向上が見込めるものではなかった。矢の複製はともかくバリアは原理、条件が見当たらない。集の発動条件は言葉のキャッチボールとお金だ。だからこそ原材料なく作り上げれる矢も軸が不明なバリアもアドバイスしようがない。
(千秋のバリアは現状でも活躍できそうだが問題は和希にあるな)
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