第6話 集の能力

 実技試験を終え教室内ははお祭り騒ぎとなっていた。教室に向かう道中も出席番号二百八十番、夜辺 集の話で持ちきりといったところだ。耳に入ってくるのは「ページ1とは思えない」「あれは実戦経験がある」なんて憶測が憶測を呼び集は内心穏やかではない。実技試験とはいえ一度区分けしたクラスを再編成する機会との通達もあり話題は尽きない。


 肝心な成果を残した集は教室につくなりコインケースと睨めっこしていた。


(二戦での消費金額三千円か……陽クラスじゃなくて助かった…)


 集を置き去りのままクラスは賑やかだ。強敵とまみえた意識の隙が、ぎすぎすした現状を緩和したのだろう。教室のあちらこちらで五人の頭数が集まりグループが形成されている。


 生徒が抱いていたのは自己防衛からくる脱力感や憂鬱に違いない。試験と言えど目上と対峙するということは殺戮者を相手に保身するに等しいからだ。


 高高度爆発後、変する絶対値が観測された者は、精密検査が実施された。そのさえに用意された区分けがページだ。


 能力値を表す項目は事象への干渉力、出力、発現速度の3項目に分かれていた。

 ページ1を与えられたものは可変する絶対値を所有するものの現実的な危険性はないと判断されもの達だ。ページ2は言わたされた者は発展途上ではあるが将来的にページ三へ開花の見込みあり、もしくは社会的問題になりゆるものを指す。最後にページ3もしくは4の価値は個人で一個小隊に匹敵する、もしくは国を脅かすほどの脅威に該当する。


 一年前、学生のみならず社会人も含める五千人以上の人間にある症状が発症した。悲劇の卒業式当時、自我で可変する絶対値をコントロールができない能力者が町を火の海に変えた歴史に対し「発展の先」と呼び、人災は原発とは比べることができない問題に陥った。各国の政府は能力の一般公開と迅速な能力測定を執り行い人災は鎮圧。一年みないうち、社会は別の形へと進歩したのだ。


「集」

 連呼しながら近寄ってくる足音に顔を上げる。

「帰りラーメン食べようぜ」

 声をかけてきたのは名も知らない男性だった。男子生徒の後頭部に落とされる拳の傍には零次の姿もある。

「悪いな。こいつ和希っていってな。集のファンだ」

 首を傾げる集の前に二人の女子生徒も顔を出してきた。

「私……木舞 千秋といいます」

 名乗った女生徒の横には 桐生 沙耶の姿もあった。「沙耶」それだけ口にした彼女の顔は赤くほてってている。

「ほら女性もいることだし今回はカフェで手をうたないか」


 了承すらしていない集は席から離れず歩き出す四人から「集いこよ」と声を掛けられ、くたびれたワイシャツのように歩き出した。


 聖能学園にも部活動があるようで窓越しにトレーニングをする生徒が、ちらほら伺える。校門を目指す間、男女の掛け声が響き渡っている。剣道と思われるガッツを感じる掛け声からピッチャーの指示だし、騒がしさの中ピアノの音色が優雅に響く。能力者育成学校でありながら部活動に力を入れる変わった校風だ。

 先頭を歩く四人の意識には、入っていないのだろうが実技試験でお世話になった明先輩が校庭を走る姿もあった。


 前を歩く四人が振り返るたび集は早足になる。


 自宅を横目に何百メートルか進んだところに、個人まりとした店が見えてきた。

「知る人と知るクレープの名店ですよね」

 千秋が目を輝かせる。

「よく御存じで」


 零次と千秋の話を小耳に五人は入店した。アンティークな雰囲気がある内装で出向か入れてくれた店員は店に似合わず金髪、サングラスとイメージを崩しかねない人物だった。


「オーナの沙雪さん。こちらはクラスメート」

「おお。零次に女性以外にも友達が……」

「印象操作をするな。彼女達には特製クレープと男性陣にはエスプレストでお願い」


 案内もなく零次はずかずかと席へと進んでいく。


「それにしても今日の実技試験あんまりですよね」

 千秋に続き和希も「全身がたがただよ」と腕を回していた。和希が腕を摩っていると零次は困り顔で「一発KOの和希が言うか」と茶化した。


 五分ほど集を除いた男女の会話が弾んだ中、注文の品がテーブルに置かれる。「めしあがれ」なんておちゃめなことを言い立ち去った沙雪オーナーなど見向きもしない千秋と沙耶は丁寧に盛られたクレープに見とれていた。


「これクレープだよね」

 沙耶が写真をとろうと腕を上げた際にバンとテーブル中央に紙が置かれ、零次が誇らしい顔をする。

「プリントには目を通したか?これから学園生活を送る上で五人マンセルが授業の規範になるらしい。そこで今回、和希、集、千秋、桐生さんの四人に集まってもらったわけだ」

「そんな手紙あったか?」

 集が話に入るなり「あんた馬鹿でしょ」と沙耶から罵倒が入る。

 咳払いを挟み零次は話を再開した。

「でだ。俺は出席番号一番ってのもあってクラスメイトの実力を見させてもらった。その上で今回選抜したのが、この四人ってわけだ」

「和希」指、指さした零次が能力の説明を始めた。

「和希の能力は弓兵だ。発現速度は劣るが後方支援としては優れている。千秋は空間の断絶が得意と見た。バリア強度は低いがタイムラグがないのは支援として優れている思う。桐生さんは医療に優れていると根気強さだな」


 説得力ある言葉にうなずく三人に対しトリを務めた集は話についていけずコーヒーをすする。


「で最後の集だ。わからん。一言でいえばすごい。ページ1とは思えない」

 曖昧な評価が集へ視線を集め受け皿にカップを置いた。

「集の正式な能力はなんだ?停止だったりナイフが現れたり本来可変した絶対値は単一の能力であるはずなんだが…集の能力は多芸すぎるだよ。説明求」

「説明か~」

 集はポケットをからコインケースを取り出し見せつける。

「俺の能力は……言葉で能力を買う?」

「自己紹介でも似たようなこと話してたがどういうことなんだ?」

 理解できないといった四人にさらに説明を付け加えるように語りだす。

「なんていったらいいかな。見てもらった方が早いかもな~。手持ちの硬貨をケースに入れてくれないか」


 四方向からケースにお金が入ってくる。ケースには二千円近い硬化が投入されていた。


「せっかく料理がでてきたのに食べないのか?食べないなら俺がもらおうぞ」


 集の発言に各自がカップと皿へと目をやった。四人の目の前にはクレープとコーヒーがテーブルに置かれた時点の状態へと戻っていた。「なにこれ」「手品か」なんて言葉が出たところで集はコインケースを差し出した。二千円分の硬貨が今では五百円ほどまで減っている。


「簡単な話、相互認識の書き換えをした」

 首を傾げる四人。

「噛み砕いていうなら食べたという認識を遡ったんだ」

 それでもわからないといった顔に集は瞼をおろし、ひらめいたように「時間を巻き戻した」と言い換えた。

「復元ってことか集。それじゃどこからナイフを呼び出したんだ」


 零次の問いに再び悩みだす。口を開こうとした時、肩に重みと沙耶の声が聞き取れる。


「お金を払って能力をひねり出すって覚えとけばいいんじゃない?」

 耳元の声に振り返ると陽の顔が真横にあった。

「だれですか」千秋の問いかけに陽は身を乗り出した。


「ん?私?集の保護者してます水無月 陽といいます。私のことは置いといて集の能力は言葉で現実を捻じ曲げる能力。君たちみたいな固有のものではなく会話が成立する相手なら、どんな芸当でもなせいる能力。ポジションなら前衛ね。詳細は付き合いの中で知っていけばいいんじゃない? 弱点もね」 


 最後の言葉に集の背筋が凍る。


「君達いや私も含めて物理法則を捻じ曲げる異常者だよね。その中でも現実と仮想現実を区別できないイレギュラーな存在が集なわけ。一部のイレギュラーは代償を必要とするデメリットを抱えわするけど認識すら、すり替え世界を塗り替える。君達は発展途上だからね。成長したければ集を利用するといいよ」


 そこまで話し終えるなり陽はシェアウェブに目を落とし集の手首を掴んだ。


「アドバイスはここまで。悪いけど集借りるね」


 強引に手を引かれ集は店を出て行った。残された四人が窓から見た景色は店の外に止まる黒光りした高級車と黒服の姿だった。

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