第5話 二回戦

 会場の温度は一変する。


「だらしないんだから。同格だと思ってたんだけどね明」

 さっと会場の空気が変わり明先輩の腹部を踏みつける生徒がそこにはいた。

「男なら敗者を愚弄するなよ」口を突いて出る。

「男……私のどこが男なのよ」

「だって胸が……」


 集は覗き込むように顔を寄せる。覗き込んだ先には湖のような深色をした大きな瞳があった。さっと伸ばされた手が集の胸倉を引きよせる。


「そう……そうよ。私は男。だからなに」

 瞳に涙がたまり今にも零れそうだ。

(ならなぜ泣く)


 脳天気に首を傾げる集へ零次からのアドバイスが飛んできた。


「そいつも今回の試験管だ。俺らの大半を倒しもう一人。針塚 茜。殺人狂の異名をもつ異常者だ」

 茜先輩は動じることなく集の耳元へ顔を寄せる。

「あなた強いのね?どう?私と一戦やらない?」

「実技試験は終わったはずです。利がないなら相手をするつもりはないんで」

「利益?社会的なこというわね。なら条件をつける?私にもし勝てたなら何でもしようじゃない」

「男に叶えてほしい願いなんて持ち合わせてないので」

「それ以上いうと、ここで殺すわよ」


 殺意こもる声に集は腰を落とす。裏腹に茜先輩はスキップで教員の元へ向った。静まり返るグランドは数分続き戻ってきた茜先輩の頬は膨らんでいる。教員との話し合いは決裂したようにも取れる。


「解散時間も近いから一分だけだって」


 その会話に二人は距離をとるように後退していく。

 茜の肩には猫と思われる不可解な生き物が座っていた。

 十歩程の距離をとり開始合図の待つ。すると猫は飛び降り着地に反応してか毛が逆立つ。 膨張した図体は別のものへと変貌していく。猫は準備を整えたのかライオンに近いが外見をしていた。大幅に違う点は巨大化する前の猫のような、愛くるしい容姿を留めていない点だ。血走った瞳と骨をも砕きそうな鋭利な牙、牙の隙間からは不純物が含まれる息が漏れ同種の生き物とは思えない。


 集はポケットのケースを確認しつつ「残金五百円か……」ぼそっと独り言を漏らす。


「針塚さん。一分だけと約束してください」

「茜でいい。一分といわず一太刀でいいわ」

「二言はありませんね」


 茜先輩には秘策があるようで余裕といった様子で仁王立ちしていた。手元にも刃物や銃といった危険物の類は見当たらない。あるのは巨大な猫。足に纏わりつく猫が茜先輩の凶器といったところなのだろう。


「じゃ始めようか。行こうかミィーちゃん。彼は敵。殺してよし」


 物騒な発言を合図に一歩前進したミィーの体は蒸気を発していた。酸の匂いが充満し、集は後退する。牙もそうだが、ひと撫でで即死しそうな爪も彼女、茜が殺人狂と呼ばれる由縁だろう。


(真っ向勝負は不利か。反則まがいだが)


「先輩。一言いですか」

 呼びかけに「怯えたの?だらしない」返答をもらえた集の頬が上げる。

「胸にナイフ刺さってますよ」


 胸元を目を向けた茜先輩に痛みが走る。滴れる血が服を赤く染め茜先輩が横たわった。血だまりを前に茜先輩の耳元で「冗談ですよ」口にしただけで血だまりもナイフも姿を消した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る