第4話 実技試験

 ふと振り返った集に現実が突きつけられる。空席の数二十八と前列の生徒が呼ばれれば、お次は集の番だ。教室には赤みがかった茶髪の女子のみで緊張が抜ける。


「あの…クラスのみんなは?」

 振り返った女生徒は日本人離れした顔立ちを鋭い形相に変え集を威圧する。

「クラスのみんなは?」


「さっき聞いたわ」と小さなため息を挟み「クラスでも緊張感がないのはあんた一人だけよ」と返してきた。


「そんなことないけどな。でも俺、会話ができる相手なら負けないからさ」

「なにそれ。虚言?それとも願掛けなわけ。自己紹介の時もおかしなこと言ってたけどページ1にいる時点で君も私も同類でしょ」

「強いさなんて欠点だと思うけどね。弱者だからこそ長生きってこともあるしさ」


 会話が続くことなく女生徒の名前は呼ばれる。「桐生 沙耶」と呼ばれ教室に一人という状況が緊張感生む。


(問題ないはず俺なら負けるわけがない)


『夜辺 集』


 幾度と念じているうちクラス最後となる自身の名前が呼ばれた。退室時に前もって用意していた物をバックから取り出し教室を後にした。


 教師と見受けられる男性が向かった先は大型のエレベーターだった。チンと合図をうったエレベーターの中は戦車が搬送できるほどの広さをしており三階建ての校舎とは、かみ合わないボタンの数が取り付けてある。閉のボタンが押されてから沈む感覚が続き開いた扉の先は野球場のようなグランドだった。観客席のフェンス越しにはクラスメイトの姿がある。


 轟音が数度響き砂埃が巻き上る。グランドには肘に手をつく沙耶と胸を張った男子生徒が対面していた。


「どう?君のナイフじゃ僕にかすりもしないだろ?詭弁はやめないよ。雑魚は雑魚らしく転がってくれないかな」


 相手の呼びかけにすら応じない沙耶に見ていられなくなりフェンスへ駆け寄った。フェンス越しでは理不尽に共感し仲を深めたクラスメイトの姿がある。


「これはこれは夜辺くんじゃないか。手加減ないよな先輩」


 うっすら笑みを浮かべて声をかけてきたのは最初に自己紹介をしていた零次だった。


「あれがレクリェーション?彼女は満身創痍じゃんか」

「そうさ。これが噂のレクリエーションさ。実技試験なんて建前で、ページの違いを体に刻む体罰みたいなもんだな。俺もあっけなくやられたけど。あの子は耐えるね」


(なんだよそれ。まるで差別じゃないか)


 グランド中央にアクションがあった。


 対峙している男子が腰を落としクラウチングスタートらしきポーズをとっている。会場中に伝わるほどの殺気は沙耶へ向けれていた。会場から響く物音を合図にスタートダッシュは切られる。走りだした彼を視認できたものがいただろうか…砂煙が上がるまで、まばたき一つ許さない速さで動き出す。壁に亀裂が入り沙耶が宙を舞うという状況が作り出されるまで数秒とかからなかった。


 服も破れ横たわる沙耶が目に入り集は咄嗟にフェンスを乗り上げた。走り出した集は滑り込み沙耶の前で腕を広げる。


「待てよ。勝敗は決まったようなものじゃないか」

 考えもなしに試験官である上級生の肩に手を乗せる。「やめとけ」と零の忠告の声が会場を響く。だが頭に血が上り声は届かない。


「何かな。君は?あ~この子の君の恋人とか?いや~やけるね」

「実技試験は勝敗を決めるものではないはずですが」

「生意気な口を訊くね君。面白い」


 そうい言った男子生徒はグランド隅で監督している教員へ顔を向けた。


「先生さ。ラストも俺に任せてくれないか?生意気な雑魚に身分の違いを思い知らせたいんだけど」

「わかった。彼の担当は君に任せようか」


 グランド中央に足を運みこんだ教師は集の洋服を念入りに調べ、手にしていたプラスティックケースを取り上げた。


「ちょっと先生」

 文句を垂れる集の声に耳を貸すことなく去っていく教師に全身が固まる。

「待ってください。そのコインケースがないと能力が使えないんですよ」

「そんな能力は聞いたことがない。それに見た目と用途は違うかもしれない。入学説明会でも私物の持ち込むは禁止と事前に話があったはずだ」


 背を向けられ意見は通らず奥歯に力が入る。


(入学説明会?事前に話した?記憶にないがこれはやばい。あれがないと俺は無能じゃないか)


 全身の毛穴から汗を感じ「おい」との呼びかけに振り返ることすらできない。


「名乗ってスタートしてもらおうか」

 シェアウェブから教員の声が聞こえ呼吸を整えた。


 「犬山 明」「夜辺 集」


 名乗ったところで明先輩が腰を落とし集は一目散にグランドを走り出す。


(見学していた限り直線がテリトリーだろ。なら横の動きには弱いはず……)


 走りだした集へ明の突進が迫る。地面をえぐるほどのかまいたちは会場を悲惨な姿へ変え依然、集はグランドを周回する。


「さっきまでの威勢はどうした。これじゃ弱いものいじめみたいで心が痛いぜ」

(心にないことを)


 グランドを半周しても戦況は好転しないまま集の足取りは徐々に早歩きになっていく。明の突撃を回避することが精一杯になりつつあった。額から滴る汗と脇腹の痛みが限界を叫んでいた。


「期待外れだね。実力が伴わないなら大口をたたくな。カスが」

 息があがりながらもまずはと提言する。

「なら没収されたケースを返してもらえませんか。先輩相手に五分五分とは言いませんが少しは抵抗できるかと」


 脇腹の痛みに下手に行動を起こすより取り上げ挙げられたケースを取り戻す方が優先と決断し逃げることを止め明先輩と向き合う。


「無能には興味はない。おい高橋。先ほど取り上げたケース返してやってくれ」

 高橋とは教員の名前なのか。投げ込まれるケースを片手に額の汗を手で拭う。

「先輩早いですね。百メートル何秒ですか?」

「はぁ?世界最速だ」と強気な発言に「あ~世界最速はないですね。俺の方が早い」と挑発する。

「そのケース一つで変化があると思えないが」


 明先輩は汗ばんだ髪を掻き上げる。妄言に、いらだちを隠せない明先輩は腰を落とし集はケースをポケットにしまった。


「もう逃げませんから。もう先輩の芸は見飽きたましたし」


 逃げ回っていた時とは、うって変る集の態度に明先輩の形相が変わる。観客席からは、会話を広げて時間稼ぎをしているようにも見えたことだろう。それでも挑発交じりの集の雑談は続く。


「次の一撃止めて見せますよ」


 集の手招きする姿に、しびれを切らしたのか明は地面を蹴る。だが動き出したはずの一撃は集の右手を前に静止していた。


「どうしました。手加減ならいりません」

 苦い顔の明先輩に笑いを堪える。

「動けない……俺の能力は発動してるはずなのに」

「あなたの能力は発動しています。疲れましたよね。座って休みませんか」


 集の手元で止まっていたはずの明先輩が膝を降り地べたに手を突いた。能力が使えていないと錯覚を抱いたのか明先輩の唇元からは血で滲み出ている。


「先輩は俺には勝てませんよ。なぜなら俺はあなたになれるからです。ここで一つ提案があります」

「要求はなんだ」

 ひきつる顔が集を膨張させる。

「ページ1の生徒に謝罪してください。実力テストとはいえやりすぎです」

「ふざけるな~」グランドに響いた」。

「最弱のページ1が暴動を起きたとして三十人を相手に勝算はあるんですか?俺一人に手こずっているあなたが」


 集の脅しに近い一言が階級という差別の壁を壊す。明先輩は諦めたように声にした。


「やりすぎた。謝罪で、すむなら頭をさげよう」


 誠意の込められた挫姿を前に誇らしげに集は腕を組む。

 明先輩は先輩の威厳など忘れたように頭を深々と下げた。惨敗や理不尽を経験した生徒へ向けられた敗北宣言は歓喜の声を沸かせる。歓声は、やむことなくグランドでは夜辺 集の名前が連呼される。

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