第3話 入学式

「早くしなさいよ。実技試験当日なのにたるんでるんじゃない?」

「今行くって」


 階段を降りていくなり新しい制服に身を包む日向の姿があった。玄関横に鏡が備え付けてあるというのに自身に無関心なのか集の姿にふむふむと頷き集の整髪を始める。跳ねていた毛がある程度見られる形に落ち着き陽は集の手を握り歩きだす。


 陽は緊張感がないのか陽気に鼻歌を歌っていた。それに比べ道中での集の姿は猫背でやる気を感じられるものではない。道端に転がる空き缶の数だけ集は明るい学園生活ではなく、苦悩の数が頭をよぎる。


「ホントいつもどおりね。やる気って知ってるの?」

 陽から顔をそむける。

「やる気もなにも単なる通過点だろ。最低ランクのクラスなんだし極力、省エネで行動するつもりなんだがな」

「戦場の英雄がなにを今更~」

「守りたいものもないしな。卒業できればそれだけで十分さ」

「またまた~。でもせっかく家族になったんだし先に退場はやめてよね」

「お互い様だろ。それより答辞は大丈夫なのか」

「まぁね。私本番に強いから」


 自信に満ちた笑みに集は胸をなでおろす気分で足を進めた。


 答辞は一年生を代表して陽が行うことになっていた。集が三年間を捧げる学校は今年新設された異能力者の巣窟である。新設学校であるはずの聖能学園は既に二、三学年生とも在籍者が存在している。可変する絶対値を得て、たった一年で異能者育成が始まっている現状を前に背筋が凍る。


 社会的利用価値もそうだが殺人に特化した技術として兵器に等しい可変する絶対値保持者。戦争社会では早急に進めるべき案件だった。そのことを集は受け入れられないでいる。


雲一つない真っ青の空は戦場を経験した日によく似ていて五感が刺激されるのを感じた。


(いつかまた、この手で人を殺める日が来るのか…)


 道行く人が、みな恐怖の対象になり学校までの道のりが遠く感じる。自宅から十分と目と鼻の先なのに。陽に手を引かれて歩く通学路も暖かな春の朝日ですら集には門出と呼べるものではなかった。


 入学生がざわつく校門は緊張感と敵意が入り混じり新たな一歩を踏み出したと呼ぶには殺伐としていた。


 入学許可書に記載されていた番号にそり入学生は一列に進む。じりじりと進む列はレンガ造りの校舎を抜け体育館へ入場していく。体育館内は前半分が在校生で後ろ半分が新入生だ。大半がパイプ椅子に座る中、二百五十番代以降の番号に振り分けられた生徒は集を含め最後尾で整列している。


 校長先生の挨拶から始まり、来客の紹介、在学生による校歌斉唱と退屈な時間は続く。生徒から悪態が漏れ出した頃「すがすがしい……」と聞き覚えがある声色に壇上に視線を向ける。


「すがすがしい春風に早咲きする桜もある今日に感謝を申し上げます。我々、入学生一同は先人である先輩、先生のご指導を受けられることに胸を躍られせ早起きをしたことと思います。人災から一年三か月の間、一人で悩み苦しんだ可変する絶対値も聖能学園の一員として世のために行使する場を頂いた恩恵は本校への入学を許された……」


 校長より長い話に陽の律義さを感じつつも入学式後の実技試験のことがひっかかり陽の晴れ舞台ですら心臓を圧迫させる。


(話が終わったら…。陽の話が終わったら実技試験…。能力を使うのはいつぶりだ…)


 体育館で立たされている誰もが思ったころだろう。なぜ劣等生である自分達が戦地経験者の上級生を相手にしなければいけないのかと。入学式のパーフレットには上級生とのレクリエーションとオブラートに包まれていたが入学説明会では入学時点での能力値を測定すると公言され、クラス分けは一つの区別だと断言されている。


 立たされている集を含めた三十人は実用性のない補欠と決めつけられているようなものである。そんな箸にも棒にもならない補欠が戦争経験者の上級生と実技試験など公開処刑に等しいだろう。


「本校に入学を認められたことこそ私達、入学生の誉です」


 締めくくられた答辞に閉会の言葉と続いた。入学生の元へクラス分け表がまわされ番号にそり各自の教室に向かう。集に割り振られた教室は校舎一階の一年ページ1と書かれた教室だった。

 各地から集められたこともありクラスは賑やかとは言い難い。席で処刑宣告を待つのみといった感じだ。


 がらっと滑る扉にクラスメイトの視線がいく。軽い足取りで現れたのは手入れの行き届いた黒髪をなびかせる長身の女性だ。担任と思わしき、その女性は教卓に手を尽き口元を緩ませた。


「本日から一年ページ1の担任を務める黒田 舞だ。本日の流れを軽く説明するぞ。わきまえていると思うが我々のクラスは落ちこぼれの集団だ。実技試験も上位のクラスから行われることもあり2時間の待機期間があると思ってほしい。まぁ時間もあることだ。軽く自己紹介をするとしようかね」


 舞先生の投げかけにも生徒は身動きとらず机に張り付いている。


「じゃ出席番号一番から」


 舞先生の視線が向いた先は整髪に妙にこだわった男子だ。男子は勢いよく起立し自身の名前を述べた。


「赤坂 零次です。大阪出身ですので方言がでることもありますが、よろしく」

 零次のさわやかな笑顔に舞先生から「能力は?」と要望が飛ぶ。

「能力は磁場を使った電撃です」


(優秀な能力じゃないか。なんでこのクラスにいるんだ?)


 始まった自己紹介は順当に進み窓際最後尾の集まで届く。「次」との合図に緊張を隠せないまま集は背筋を伸ばし立ち上がった。


「夜辺 集です。出身は…金沢南中学です。能力は…代償を用いて事象を書き換えることです」


 自己紹介を終え席に着くなり、くすくすと小馬鹿にしたような笑い声が聞こえる。赤面で机に突っ伏し窓越しに外を眺めた。入学式だというのに満開とは言い難い桜、鳥達の自由気ままな姿に一般的な高校を思い浮かべ、ほこっりとする。そんな中、五分刻みに呼び出される名前とパタパタと弾む学校指定のサンダルの音がした。

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