第2話 始まりの朝

 腕にしていた携帯端末が朝を知らせ振動する。端末に手を翳し集は寝返りをうった。学校のない土曜にすら一定時刻を知らせるベルに嫌気がさす。


 今時の携帯端末は便利なものだ。生活の基盤として目覚まし機能から身元証明にもなる腕輪型の携帯端末シェアウェブと呼ばれる携帯端末が生活において欠かせないものになっている。


 就寝から起床の時間を6時間と設定すれば、指定した時間に睡眠誘導、骨伝導による強制起床など行える生活必需品だ。端末は網膜認証で空間にディスプレイが現れ指でなぞることもできる優れものである。


 身分証として国から配布されたシェアウェブは赤子から老人まで所有し交通決済などにも多様できる。シェアウェブは携帯電話から始まり仮想現実を可能にした先で電子情報の危険性から生まれた電子機器の末路だった。


  二千三十六年三月六日に各国の大気圏で核爆発が起こった。


 爆発直後は自然への被害が懸念されたが結果からいうと文明社会の崩壊が如実に現れた。爆発そのものの被害はなく電子機器が壊れるといった形で現れたからだ。

 電子パルスが地上に降り注いだことが電子機器に作用した。現代社会は発電機から始まり電柱、電波塔は対策もふまえ地中に潜ることになった。各国で対策をし一年を隔てて、ようやく社会は復興したともいえる。


「集、起きなさいよ」


 捲られる毛布から冷気が入り込み自然と上体を起こす。

 正面には顔なじみの水無月 陽(みなずき ひなた)の姿があった。脱色がかけられたような髪色がチャームポイントの彼女は性格を表したような尖った目つきを突きつけてくる。


「覚えてないの? 今日、入学式。総代の私に恥かかせるつもり」

「入学?1年も社会停止してたのに学校とか復興が早いことで」


 ふとんを巻き込み瞼を閉じようとするなり制服が顔を覆った。しぶしぶ上着を脱ぎ上半身の姿を陽に見せつける。


「時間もないし下も脱がないと」


 口走ったところで足元の不安定さに気付いた。

 陽の背から憎悪を感じ足元に浮遊感が纏う。現象として浮遊ではあるが、陽が発動させているのは重力操作と呼ばれる陽の用いる妖術みたいなものだ。


 世界的には可変する絶対値やボックスの裏側なんてささやかれるものだ。二千三十六年には既に世界はオカルトに満ちていた。

 二千三十四年次、卒業式当日に観測された大気圏での核爆発。それは日本のみならず百九十六カ国の上空で同時に起こったとされている。その爆発の爪痕の一つが可変する絶対値だ。爆発時刻に仮想現実でゲームしていたユーザーに訪れた異変。仮想だからこそ可能であった産物を体現する心の病とされている。


「入学式なんだろ?遊んでる暇があるなら答辞の暗記に専念したほうがいいのでは総代殿」

「偏差値、四十そこそこのあんたと一緒にしないで。昨日のうちに一文字一句まる暗記したわよ」

「一文字一句って……張り切ってますな」

「晴れ舞台なんだから気張らなくちゃ。そんなことより三十分前には到着したから早く支度しなさい」


 陽の足先が扉を向いたことを確認し袖に腕を通し肩で息をする。

 これから通う聖能学園は可変する絶対値を軍事利用するために設けられた育成の場だ。可変する絶対値が観測され三ヶ月で主に戦争へと導入されている。その実績を踏まえ設立されたのが新設校の聖能学園である。


 携帯から始まりスマートフォン、仮想世界へ入り込む端末ヴァーチャルグランドと進化を続けたが高高度核爆発の影響と共に衰退の一歩を辿った。ヴァーチャルグランドは核爆発時点、フルダイブ機能を使いゲームをしていた人々が発症させた奇病により法律的な禁止、グローバルネットへの接続制限による利用不可になっている。


 仮想世界が人間にもたらしたものは非現実だった。仮想現実は主にゲーム分野にたけておりゲームで体感したことは現実で再現できず武力や闘争本能といったものが心に残留していた。体の自由度は現実世界では感じられないほどの葛藤や興奮があった。だからこそ依存し失った先で彼らは非現実を携帯した。仮想現実と現実を切り離すことができなかった結果が異能だと唱える学者も多い。その結果が、のびのびと生きる人の本来の姿……人災だった。能力を得た人々による犯罪が連日続き社会的に問題視された未来が今とも言える。


 現実を受け入れた人々と幻想を携帯した人々がこの世界では手を取り合いっている。

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