虚言は認識のかなたで
@cokerneo
第1話 可変する絶対値
ゲームをしていた記憶がある。
ゲーム内の自身はまるで別人のような身体能力で動き回っていた。好機を待って手にしていた剣を敵の胸元へ突き刺した。悲鳴を発したボスキャラクターが散るエフェクトに胸の高鳴りがすーっと収まる。だがまばたきをした次の光景は町が燃え上がる景色だった。
建物の崩れゆく音に混じり助けの声が聞き取れる。
「熱い。誰か助けてくれ」
避難する住民を横目にしていると助けを求めているのは自身だと気づく。
崩れた建物により四肢が動かない苦痛。枯れた声は誰にも届かず終わりを感じた。ゲームでライフゲージを削られた物とは違う現実の死が目の前にあった。課金アイテムが使えない現実世界では、どうしようもなく自分は弱者でそれでも生きたいという感情から腕を伸ばしていた。
「助けるから。君にはしなければいけないことがあるんだよ」
冷え切った手に温もりが重ねられ気が付けば学校の体育館にいた。壇上には卒業式と書かれているが人気はない。涙を襟で拭い重症の体で体育館を後にした。
校舎を抜けるなり現実が立ち府がった。火の海となった街並みを千鳥足で一歩ずつ踏みしめていく。進めど住民の姿はなく気が付けば自宅にたどり着いていた。
痛む箇所に包帯を巻きつけテレビのリモコンを握り電源ボタンを押す。だが反応はなくスマホを取り出した。幾度となく起動を試みるがこちらも反応は得られない。
(役立たずが)
放り投げた先に父が愛用していたラジオチューナが目に入った。思いついたかのように歩み寄り電源を押し込む。周波数合わせるボタンを連打していくが、どれもテレビと変わらず諦めかけた。その時、女性の声が入りスピーカに顔を寄せた。
『拉致が判明されたとのことです。判明している方の名前は夜辺 真冬。浅田……』
聞き覚えがある名前に笑いが零れる。
(拉致? 姉さんが?)
雑音交じりのラジオは報道を続け拉致された人々の居場所や状況などを事細かく説明していく。
『この放送聞いてるあなた。そのラジオを手放さないでください。電子パルスの影響で電子機器は死滅しています』
そこまで聞くと自然と足が動いた。家に立てかけてある自転車に股がり走り出す。アドレナリン効果か痛みは感じられず勢いよくこいで行く。目的地もやるべきことも明白でハンドルは海辺へ向かって方向転換を続けた。
長い長い道のりにようやく海辺につく。海辺は避難場所になっているのか町中と違い人口密度が高く誘導している人が声をかけてきた。
「怪我は大丈夫か? 治療が必要なら、あちらのテントに向かうといい」
「怪我は問題ないです」
「なら食事を」
自転車を降りようとすると彼の声が頭痛となり顔を歪めた。声が情報に変り一つの数式が脳内で構築されていくのを感じた。
(水面張力)
ふいに浮かんだ数式は人間が水面を歩くものだと全身が叫ぶ。まるで体が記憶していたかのように発動条件が手に取るようにわかってしまう。
「大丈夫かい」と顔を寄せた彼の肩を掴む。
「それより船ありませんか?」
「船なんて動くわけないだろ。自動車、電車なんかの交通は全て全滅してるんだから」
「なら海を歩けばいいのでは?」
「できるわけないだろ。船が必要な理由でもあるのかい?」
「姉を助けに」
それだけ口にして勢い任せに海へ自転車を走らせた。背中越しに呼び止める声が聞こえるが足は止まらず水面に着水した。するとどうだ。本来なら沈むはずの自転車が道路でも走るかのように走り続けた。
ラジオの中盤でこんな話題があった。
『VRMMOゲームをしていた人々が能力を使い暴れまわっている』と
フルダイブゲームで遊んでいたプレーヤーに能力が備わったという話だったがどうやら誤報ではないらしい。事実として起こりえない現象を身をもって体験しているのだから。
見渡す限りの海は途切れることもなく三日三晩走りようやく陸についた。
(記憶が正しければ、この国で間違いないはず)
陸は乾燥帯で木々も民家も見当たらない砂漠だった。食糧などあるわけもなく、もうろうとする意識と空腹を感じながらも足は止まらない。
今更、姉を救うべく動き出した自身の背中を断片的に思い返す。
荒野にはゴミのように死体が転がり踏み越えた屍の感覚が頭から離れることはない。
殺意なき狙撃を前に今だから思うことがある。恐怖を抱かなかったのは、きっと勇敢だとか蛮勇などではなく慢心からの行動だったと振り返る。今となっては姉の為に戦場に踏み込んだのかさえ曖昧だ。血塗られた体は鉄の匂いを放ち消炎臭の中で笑みを浮かべていた自身は既に狂っていた。
戦果で手にしたモノは希望ではなく首なしの遺体だった。
これは夜辺 集の駆け出しであり水無月 陽に拾われた負け犬の物語。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます