その5 夜会にて

<前回のあらすじ>

 シェラ達はドーズの首都クルスの視察を続け、ケイゴの父である海賊の先代頭領ホベツやドーズ四公家の残りの当主たちと遭遇した。

 彼らとの間に、何となく不穏な空気を感じる一行であったが。



【シェラルデナ(シェラ)】(PC、人間/女/17歳):祖国ハーグストン王国再興を夢見る姫剣士。旧臣と祖国再興に向け動き出した。

【パテット】(PC、グラスランナー/男/48歳):流浪の吟遊詩人バード。典型的グララン。

【サンディ】(PC、エルフ/女/41歳):ガンマンに憧れる銃士マギシュー。溺れたのは黒歴史。

【ジューグ】(PC/GM兼務、リカント/男/17歳):キルヒアの神官戦士。重度のシスコンだが、最近はシェラが気になる様子。

【ケイト】(支援NPC、ナイトメア/女/20歳):キルヒア神官にして真語魔法使いソーサラー。ジューグの異母姉。


【ノエル・ディクソン】(人間/女/15歳):ハーグストン王国最後の騎士を名乗る少女でベルミア衆の一人。シェラに忠誠を誓う。

【クラミド】(ディアボロ/女/25歳):魔将ディロフォスの娘だったが、戦う能力がないため父に勘当された。シェラに仕えて学問で才を開花させる。

【カンファ・シェルシアス】(人間/男/16歳):シェルシアス公国第三公子。シトラス総督を務める。

【フリーシア・サストレー】(ミノタウロスウィークリング/女/24歳):元シトラス軍“鉄騎”でディロンの養女。現在はカンファに仕える。


【ケイゴ・ラガム】(シャドウ/男/18歳):ラガム海賊衆第十六代頭領。海賊の在り方を変えようとしている。

【ヴィクトリア・ドーズ】(人間/女/20歳):“ドーズの鬼姫”と恐れられる黒ドーズ公。ケイゴとは夫婦漫才を繰り広げる仲。

【ホベツ・ラガム】(人間/男/36歳):ラガム海賊衆前頭領。息子に頭領の座を追われ、クルスで隠居している。

【ザイル・ドーズ】(ドワーフ/男/91歳):黄ドーズ公。人は競い、争って打ち勝つべきと説く。

【トゥンガラ】(リザードマン/男/自称永遠の17歳):ギヨーの海賊親分。おっさん呼ばわりすると怒る。





 首都クルスの視察を終え、一行は公宮殿に戻った。この後は歓迎の夜会が待っている。


「おや、みなさん」

 ケイゴが手を振っている。隣にいるのはヴィクトリアと、もう一人彼女を幼くしたような少女。

「シェラルデナ殿下、カンファ殿下、紹介します。妹のウィステリアです」

「シェラルデナ・ベルミア=ハーグストンと申します。どうぞお見知りおきを」

「……」

 ウィステリアは、シェラ達を探るような眼で見ると、無言で頭を下げる。

 一方、ヴィクトリアはサンディに礼を言った。

「サンディ殿、先ほどはありがとうございました。動作試験は上々でしたよ。これで深井戸の掘削を進められるでしょう」

「それはよかった」

「シェラ様、お着替えなさいますか?」

「そうだな。頼む、ノエル」

 シェラはうなずいた。シェルシアス公都ユーゲニアで仕立てた服の出番だ。


「それはそうとヒラヒラする!肩出てる!」

 慣れないドレスにサンディは落ち着かない様子だった。

 着替えた一行がホールで待っていると、豪華な料理が運ばれてくる。

「お偉いさんの食事でみすぼらしいモノを出すわけにもいかない、というのはわかるんだが……」

 ジューグは顔をしかめた。シェルシアス公国にももちろん身分の差と貧富の差はあるが、ドーズほどではない。

「体裁は大事だが、私なら船上パーティとかで立食の簡素な催しを提案するな」


 出席者のほとんどが一行を見てくる。異国からの珍客である自分たちはいろいろな意味で関心の的なのだろう。

 シェラは、ウィステリアが注意深く自分たちを観察しているのに気が付く。他の興味本位の視線とは違い、実力を値踏みされているようだ。

 声を掛けようかと思ったが、先に連合公が口を開いた。



「みな、今宵はよく集まってくれた」

 場が静まりかえり、連合公はシェラ達に顔を向ける。

「三百年の孤立の時代に終止符を打ち、いま新たな時代が始まろうとしている。西国の使節を紹介しよう。シェルシアス公国のカンファ公子殿下、そしてベルミア公国のシェラルデナ殿下だ」

 シェラがカーテシーで挨拶すると、参加客たちは拍手で迎えた。

 カンファも一礼し、口を開いた。

「御紹介ありがとうございます。我々は長年ディアボロに支配されていたシトラス市を奪還し、東方への足がかりを得ました。今後は、航路を通じて貴国と手を携えていきたいと考えております。……シェラルデナ殿下」

「有難う御座います、カンファ殿下」

 シェラはカンファより挨拶を受け継いだ。

「ハーグストン王の臣にして、ベルミア公子として皆様にご挨拶申し上げます。アルフレイム大陸南部に位置するハーグストンは現在、人蛮の争いの末にその自主を失っております。単身落ち延びた先で、シェルシアス公国の恩情を賜り、今ではこうして御国との懸け橋への力添えを行えるに至りました。この行いが共に、より輝かしい未来と栄光を掴むものと願い、私からの挨拶とさせて頂きます」

 サンディは(とりあえずお腹空いてきたなぁ)という顔をしている。

「また本国交につきましては、冒険者の功績や大であります。シェルシアス、ベルミアの紹介に合わせて臨席する冒険者にも拍手を賜れば幸いです」

 聴衆から拍手が沸き起こる。

「両使節と冒険者たちに敬意を。諸君も彼らと話したいことはあろうが、あまり困らせないようにな」

 連合公の言葉で、一行はひとまず解放された。


「一息付けそうだな」

 ジューグが言うと、サンディはため息をついた。

「いやー落ち着かない」

「昔は、この後よく抜け出してたものだ」

 シェラは今は亡き故郷のことを想った。

「とはいえ大人になって、代表ともなればそうはいかないしな……この後、コネクションや情報を得たい貴族が押しかけてくるから、今のうちに食べるだけ食べておくといいぞ」

「はぁーい」

 早速料理に向かうサンディに対し、泰然としているケイトとフリーシアにシェラは声をかけた。


「ケイトやフリーシアはこういう場は慣れてるのか?」

「いいや」

 ケイトは苦笑する。

「バルバロスは、飲めや唄えやだからねえ。その場で殺し合いが始まるのもザラさ」

「グラスランナーもそうだけどね。殺し合いじゃなくて笑かし合いだけど」



「さぁて……殿下、一曲いかがですか?」

「ん? 私か?」

 声をかけてきたのは、ケイゴだった。

「ええ、もちろんでさ」

 ヴィクトリアに目を向けると、ちょっとムッとしたような顔をしている。シェラの視線に気が付くと、(ウチの馬鹿がすいません)的な表情をした。

「折角のお誘いを断るのもなんだ、是非一曲」

「……」

 シェラがダンスの誘いに応じたのでジューグもムッとしていると、シェラとの間に小さな影が割って入る。ウィステリアだった。


「そちらの殿方、一曲よろしくて?」

「え、俺?」

 ジューグは目を丸くした。

「そうよ」


(不味いぞ……ジューグできるのか?)

 シェラはパテットに小声で言った。

「パテット、なんかこう踊りを助けるやつないのか?」

「高レベルの呪歌には強制的に踊らせるのがあるけど、僕は知らないなあ」

「それとなくでいいんだ! ほらいつも演奏してくれてるだろ?」

「まあこの手のダンスは互いの技量を合わせるところがあるから、教えてもらう態度でいれば何とかなるもんだよ」

「んー、まあ、そこはジューグ次第か……」

「あんまり見栄張らずにパートナーの指導を受ける感じでいいんじゃね。魔法文明時代の貴族じゃないんだから社交界でバトらなくてもさー。まあ僕としては踊りやすい定番の曲を奏でて貰うように楽団に言っとくか。何なら演奏に混ぜて貰おう」


 ウィステリアはジューグをじっと見上げて、言った。

「安心しなさい。ここには武骨者も多いから、恥ではないわ」



 悪戦苦闘したが、ジューグは何とか踊りきった。

「足を踏まないだけでも上出来よ」

「……そりゃどーも」

 このお姫様、一体何がやりたかったんだと思ったが。ジューグはいつの間にか、ポケットに紙片が突っ込まれていることに気づいた。

「……また後で」

 と言い残してウィステリアはさっさと行ってしまう。

 後を追おうとしたジューグだが。

「ジューグ!」

 シェラがジューグの手を引いた。

「いつも庇ってもらってるからな。今日は私に任せろ!」



「左から回って、腰に手、回って、右に手、ふわっと支えて……」

 ジューグはぎこちなくもシェラの踊りに追随する。

「私を見て、笑って! にっ!」

「あ、ああ」

 時折いつものシェラが顔を出すものの、ジューグは自分が何か別の世界の人間になってしまったかのような気分だった。

「ところで……何か気づいた事とか、気になった事はあるか?」

 シェラが不意に声の調子を変えたので、ちょっと夢見心地になっていたジューグは我に返った。

「あ、ああ。さっきの姫様から、踊ってるときにポケットに紙片を入れられてさ」

「ウィステリアか……読んだか?」

「んにゃ、まだ」

「終わったら読んでみるか。ジューグはケイトやサンディたちに声をかけてくれ。私はカンファ殿下の様子を見てから合流する」

「ああ」

 

 シェラからいったん離れ、ジューグはケイトたちのほうに向かった。

「姉ちゃん、サンディ。ちょっといいか?」

「んん?」

 サンディはダンスなど完全にそっちのけで料理に耽溺していた。

「ちょっと背中貸してくれ」

 長身の二人と壁の間に入り込み、紙片を開く。

「……ふむ」

(デートの誘いって感じじゃねえな)

「私を隠れ蓑にしたな~?」サンディがジューグの頭をつつく。

「悪い」

「何か分かったか?」

 顔をあげると、シェラが来ていた。

「あとで二人きりで会いたいってさ」

「二人きり……な」

 シェラは少し考えた。まさか殺しはしないだろうが、警戒して損は無いだろう。

 スカウトの2人、サンディとパテットにジューグのサポートを頼んだ。




 ジューグがドアをノックすると、すぐに返事があった。

「入って」

 ゆっくりとジューグがドアを開ける。四公家の姫君の部屋だけあって、調度は豪華だ。

「えーと……どんな用事で?」

「この国の歴史については聞いてる?」

「まあ、大まかには」

「23年前、私たちのおじいさま、イーグル4世が南方への遠征で戦死なさったわ。それまで、連合公の地位は我々黒ドーズ家のものだったの」

 ジューグが頷くと、ウィステリアは怒りに拳を震わせた。

「父様がふがいないばかりに連合公の地位を奪われてしまったけれど、本来あの地位には姉様が就くべきなのよ!


「それは……ヴィクトリア殿下の御意向で?」

 彼女の連合公に対する態度は、とてもそんなふうには見えなかったが……

「いいえ。姉様は『国を割るわけにはいかないでしょう』とおっしゃっていたけど、迅速に片を付ければ問題ないわ」

(うん本人の意向は華麗にスルーだね)

(私は観葉植物……私は観葉植物)

 ドア越しに会話を盗み聞きしているパテットが肩をすくめた。スカウトの技術なのか、サンディは完全に風景に溶け込んでいる。



 現存する、もしくは既に存在しない王位や帝位などの君主位について『あの人がその地位に就くべきだ』と目されている人物のことを『王位請求者』という。ポイントなのは、本人が特に望んでいなくても、支持者がいればその時点で王位請求者ということだ。

 王位請求者には大きく分けて二つのタイプがある。一つは、既に滅ぼされてしまった君主国、もしくは革命などで王制が廃されてしまった国について王政復古を望んでいるパターン。シェラルデナはまさにこの部類に入る。もう一つは、現存する王位について『あいつよりもっと正統な血筋の人物がいる』と主張されているパターン。ヴィクトリアはこっちの部類になるわけだ。


「それで……まさか俺に連合公を暗殺しろとか?」

「そこまで無茶は言わないわ」

 ウィステリアは肩をすくめた。

「でも、あなたたちを歓迎するために公国首脳部が公都に集まった。これは好機なの。連合公トラッドが戦人の地位を貶めようとしていることに不満を持つ者たちは大勢いるのよ」

「……例えば?」

「黄ドーズのザイル殿」

 なるほど。闘技場で演説していたドワーフの顔を思い出した。四公家から連合公トラッドとヴィクトリアを抜けば、まあ消去法だが。

「藍ドーズのティグリス殿も、きっと反対はしないわ」

(きっと、な)

 きちんと根回しまでは済んでいないということか。


「……なるほど。それで?」

「新政権はそれを承認する外部を必要とするわ。あなたも、シェラルデナ殿下の得点を稼いでおきたいでしょ?」

「支持するように働きかけろって?」

「そう。相応の見返りも用意するわ」

「っても、所詮俺は一介の冒険者だからな、確約はしかねる」

 ウィステリアは一瞬不快気な顔をするも、すぐに勝ち誇ったような笑みを見せた。

「よく考えておく事ね。ここは戦人の国。大勢は姉様を支持するわ」


(死ぬぞ、お前の姉ちゃん)

 ヴィクトリアとケイゴが進めようとしている変革は、ウィステリアたちのもくろむクーデターとは真っ向から対立する。あのヴィクトリアが、大人しく傀儡になるとは思えない。おそらくは、『事故死』か『行方不明』となってウィステリアが代わりに担ぎ上げられるのだろう。

 幸か不幸か、ウィステリアはそのことに全く気付いていない。

 相手が10歳の少女でなければぶん殴っているところだ。いや、殴るべきは彼女にこういう考えを吹き込んだ大人だろう。




「クーデターやるから支持しろってさ」

 一行用に用意された部屋のドアを閉めると、ジューグが言った。

「いきなり外国勢力を頼るとは頭脳筋すぎない?」頬杖を突くサンディ。

「よし、密告しよう」

「いきなりちゅん?」

「ちょっとクーデターやるには稚拙すぎるような気がするなあ。見返りの具体例も出してないし」

「パテットもそう思うか。具体的な見返りは提示されなかったんだな?」

 シェラの問いに、ジューグは頷いた。


「ああ。俺の食いつきがよくなかったのもあるんだろうが」

「ぶっちゃけ私思うけどさ~」

 サンディは首を振った。

「これ絶対既得権益層の反動クーデターよね」

「戦人の国だから支持は多いって言ってたみたいだけど、多数派じゃないよね?」

「まあ、力を持っている有力者層が戦人、ってことだな」

 小さなお姫様は只人たちは眼中にないっぽい。ジューグはそう言った。

「あんまりお芋を有効活用する側じゃないよね」

「芋は只人達が作るんだよねえ」

 サンディとパテットはかぶりをふった。

「子供の火遊びにしては危険が過ぎるな」

 シェラは腕組みをした。


 このクーデターはシェラ一行としては到底受け入れられない。ではどうするべきか。一つは、ヴィクトリアに直接話を持っていく。もう一つは、ウィステリアと面談して穏便に納める努力をする。


「どう思う? 色々諭すのも私たちの役割だと思うけどな」

 ドーズ国内の対立に火をつけて帰るのだけは御免だ、とシェラは言った。



(つづく)

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