第08話 311年9月 空からの襲撃

その1 デュアリアスへ

<前回のあらすじ>

 ベルミア公国臨時政府を設立し、シェラ一行のハーグストン王国復興に向けての冒険が始まった。

 ピアナの提案で海中船<ジュノン>の試験航海に出た一行だったが、<大破局>直後のハーグストン共和国の街アイリスヴィルに迷い込んでしまう。

 この街の正体は、シェラの遠い親戚セーラ王女や周囲の人々が死してなお300年間夢を見続ける牢獄『永遠のアイリスヴィル』だった。

 元凶たる魔神エゼルヴを滅ぼし、セーラと別れて一行は現世に帰還したのだった。



【シェラルデナ(シェラ)】(PC、人間/女/17歳):祖国ハーグストン王国再興を夢見る姫剣士。旧臣と祖国再興に向け動き出した。

【パテット】(PC、グラスランナー/男/48歳):流浪の吟遊詩人バード。典型的グララン。

【サンディ】(PC、エルフ/女/41歳):ガンマンに憧れる銃士マギシュー。溺れたのは黒歴史。

【ジューグ】(PC/GM兼務、リカント/男/17歳):キルヒアの神官戦士。重度のシスコンだが、最近はシェラが気になる様子。

【ケイト】(支援NPC、ナイトメア/女/20歳):キルヒア神官にして真語魔法使いソーサラー。ジューグの異母姉。


【ノエル・ディクソン】(人間/女/15歳):ハーグストン王国最後の騎士を名乗る少女でベルミア衆の一人。シェラに忠誠を誓う。

【クラミド】(ディアボロ/女/25歳):魔将ディロフォスの娘だったが、戦う能力がないため父に勘当された。シェラに仕えて学問で才を開花させる。




 9月6日、シトラス市。

「ふわぁー……本当にここがあのシトラス?」

 かつてのシトラスの支配者の娘でもあるクラミドが、きょろきょろと周囲を見回す。

 シェルシアス公国によるシトラス奪回より2か月も経っていないが、見違えるようだ。

「なにしろ約300年ぶりに取り戻した領土だからな。シェルシアス公国の威信を賭けて迅速な復興支援が行われたそうだ」

「なるほどなー」

 ジューグの解説を聞いてシェラがうなずく。

 魔将ウェデリリ・ディロフォスの居館は、そのまま総督官邸に衣替えしている。

 シェラ一行とクラミドがここに招かれたのは、シトラス総督に任命されたシェルシアス第三公子カンファとデュアリアス地方対策について協議するためであった。シトラスに隣接するデュアリアス地方は両者によって脅威であり、同時に新天地でもある。シェラ率いるベルミア臨時政府にとっては特にそうだ。ベルミアが力を蓄えるには領土を増やさなければならないが、人族国家ともめないためには、蛮族領を切り取るのが近道となる。


「みなさん、ようこそ」

 金髪の少年総督ーカンファ・シェルシアスが一行を出迎える。その横には立派な角の生えた豊満な長身の美女。こちらもシェラ達とは旧知の仲だ。ミノタウロスウィークリングのフリーシア・サストレー。かつてはシトラス軍に属する“鉄騎”だったが、現在はカンファに仕えている。ウィークリングやラミア、コボルドなどシトラスに残留したバルバロスのまとめ役を兼ねているようだ。

「御機嫌よう、公子殿下!」

 胸を張って挨拶するシェラ。

「元気そうで何よりだね」

 と、フリーシア。

「フリーシア殿もお元気そうで何よりだ!」

「おひさ、ホルス……違ったフリーシアさん」

 わざとらしく名前を間違えるパテットをジューグが小突く。




「親父もちょくちょく調べてはいたみたいなんだがね」

 執務室の壁に張られた地図を見ながら、フリーシアが言った。彼女の言う『親父』とは元“天騎”ディロン・シェザール・グアンロンのことだ。

 もちろんドレイクであるディロンと彼女の間に血縁関係はない。その昔、ミノタウロスのサストレー氏族がディロンの奴隷にちょっかいを出して紛争になった際、フリーシアは詫びとしてディロンに差し出されたのだった。そして、ディロンは彼女を養女として育てた。

「デュアリアス地方の西部は、小勢力が分立してる状態だってのはわかってる。ただ、親父も最後に調査したのが5年前でね。状況は変わっているかもしれない」

「それで……その、クラミドさん」

「うん」

 少々緊張した面持ちのカンファに対し、クラミドはにっこりと笑いかける。

 そりゃま、緊張するわな……とジューグは思う。彼女はディアボロであるし、それ以前に魔将ディロフォスの娘でもあるのだ。自分たちはもちろんカンファも、ある意味親の仇だ。彼女は全く気にするそぶりを見せないが……

「デュアリアスについて、貴女が御存知の情報を御教示いただきたい」

「いいよ。解説するね」


 デュアリアス地方を極めて模式的に表すと、下のようになる。


        ■山

       ■■山

      ■■■山

      森森森山

     ■■■■山

    山■■■■山

 山山■山■■■■山

山■■■山■■■■山

山■■■山■■■■山

山■■■湖湖湖■■■

山■■■湖湖湖■■■


 ほぼ南北方向に三本の山脈が走り、西から西デュアリアス山脈、中デュアリアス山脈、東デュアリアス山脈と呼ばれている。

 中デュアリアス山脈の南にはデューラ湖という大きな湖があって、中デュアリアス山脈と共に地方を2つデュアルに分割していた。

 なお、その南はケルディオン大陸中央部に続いているが、灼熱の荒野が広がっている。


「西デュアリアス山脈は混沌海に達すると、東に折れて海岸沿いに伸びているんだ」

 クラミドが地図を指でなぞる。まるで、デュアリアス西部地域に北からフタをするかのようだ。

「西デュアリアス山脈と中デュアリアス山脈の間の切れ目、ここにギヨーという港街がある。ここはいくつかの支配者が分割統治してるね……半分海賊、半分商人みたいなのも多いよ」

「なるほどなー」

「ギヨーの南西にはプラトーという高地がある。ここは特に水に乏しいところだったかな」

「うーん、水が無いと繁栄は難しいとは言うが……」


 クラミドはデュアリアス西部地域に割拠する諸勢力について説明していく。

 ギヨーのほぼ南には大きな闘技場のあるジアム。ギヨーの南東には宝石鉱山をいくつも保有するサピロス。そしてジアムの南には三つの領が存在する。灌漑農業を営むドミナ、享楽の都ジュラ、さらに南の人族領を積極的に略奪しているザバだ。


「なんかこう、ごちゃごちゃしてるなぁ」

 サンディが頬杖をついた。

「要するに群雄割拠状態と」

「そういうことさね」

 パテットの言葉をフリーシアが肯った。

「それぞれ対立してたりなんか同盟してたりとかあるのかなあ」

「調査次第だが、中々苦労しそうだな。利益も鑑みて行動するならば、ギヨーに交易のアプローチをかけつつ調査するのが良いように思える」

 デュアリアス西部地域で唯一海への直接の出口を持つのがギヨーだ。


「クラミドさん、ありがとうございます」

 カンファはクラミドに礼を言うと、一同に向き直った。

「それで……ドロメオ男爵殿の御意見も伺いたいと思うのですが」

 ドロメオ男爵とはディロンのことだ。もっとも、彼はドレイクバロンになる前に魔剣を失っているのでドレイクとしては正式の爵位ではないが。

 現在、ディロンの立場は非常に微妙なものになっている。形式上、人族と和睦したことにはなっているが、正式な講和条約を締結したわけではない。

「やはり、シェラルデナ殿下にお口添えを頂きたく」

 そもそも、彼は魔将ディロフォスが無謀にも魔神将を呼び出そうとしたことに怒り、袂を分かったのだが、その時に返り討ちに遭っている。その後ディロフォスを討ったシェラたちに救助される形になったので、シェラは彼に貸しがあるのだ。

「ええ、もちろんですとも。殿下」




 ディロンの領邦ドロメオ男爵領は、シトラスの南に位置している。

 旧シトラスにおいて、“天騎”ディロンはまさしく別格の扱いであった。ドロメオ男爵領の面積はシトラスに匹敵し、人口もシトラス2万に対し7000を数えた。(※シトラス陥落後の人口移動により、現在はどちらも1万ほど)筆頭家臣というより、従属同盟に近いものがあった。


 男爵領の首府ドロメオへと続く街道を進んでいく。街道沿いの奴隷……否、領民たちはフリーシアの顔を認めると、にこやかに手を振ってきた。『ウチの殿様のお嬢様』という認識なのだろう。


「以前のシトラスとはずいぶん違いますね……」

「蛮族領つっても人族の扱いはいろいろ、ってことですよ」

 カンファが洩らした感想に、ジューグが答えた。恐怖と暴力で人族奴隷を締め上げることは簡単だ。だが、無理やり働かされる人族の労働効率が良いわけがないし、反感を募らせた彼らは反乱や逃亡を企てる。奴隷の首輪があれば反乱も逃亡も困難にはなるが、何千人といる領主の奴隷に全員首輪をつけるのはコスト面で難しかった。

 それゆえ、ある程度理性的な蛮族の支配者は、それなりに穏やかな支配を行うことも少なくない。ディロンも寛容政策を敷いているようだ。

 だが、魔将ディロフォスがそうしなかったことを、一概に愚かとは言い切れない。何しろ蛮族の大半を占める妖魔はとにかく粗暴で、『穏やかな支配』をさせるのは困難だ。




「どうした、ゾロゾロと」

「久しぶりだな!」

 ディロンは少し居心地の悪そうにシェラを見た。さすがのドロメオ男爵にも苦手……というか頭の上がらない相手がいるようだ。

「先日のを見るようだな」

 ケイトの耳打ちにジューグはかすかに嫌な予感がする。

「デュアリアス地方の情報が欲しくてな! 実地調査へ赴く前に、色々仕入れておきたいんだ」

「とりあえずギヨーを起点に動こうかと思ってるけど、これは問題ないかな?」

「ギヨーか……まあギヨーに限った話ではないが、あの土地では人族は動きにくいぞ」

 パテットの質問に、ディロンは顎に手を当てる。

「交易を提案しようと思うのだが、あまり魅力的ではないのか?」

「あのな、シェラ。お前ら、感覚がマヒしてるぞ」

 ジューグがつっこむ。いくら、公式設定よりバルバロスフレンドリーとは言え、人族と蛮族が基本的に対立構造にあるのはこの世界ウチの卓も変わらない。クラミドにしろフリーシアにしろディロンにしろ、一応戦いに勝った結果なのだ。


「陸路で向かうのであれば、かつて人族がアル=メナスの頃に作った隧道トンネルがシトラスの東にある。封鎖されているようだが」

「逆に公子殿下には、隧道の管理はしっかりして頂くべき案件だな」

「心得ました」

「隧道の先、プラトーはトゥリア・リオデバというナーガ族の女が統治している」

「ディロン卿は、デュアリアス地方との交流は行ってないのか?」

「ここしばらくは、そちらとの戦にかかりっきりだったからな……」

「なるほどな。ああ、ところで。卿にはちょっとした土産話があるんだ」

「?」

 いぶかしげな顔をするディロンに、シェラはアルギ・ウィンクルとセーラ・ハーグストンの話を始めた。


「アルギば叔父だ。もっとも、会ったことはないが」

 ディロンは大破局後の生まれ(90歳)であるため、大破局期に消息を絶ったアルギと面識はなかった。

「(長くなるので割愛)──つまるところ、魔神退治の末に知られざる恋路と歴史を垣間見たというわけだ!」

「……そうか」

 熱く語るシェラに対し、どうも困惑気味に返すディロン。

「卿もプーカを探してみるといいぞ」

「……プーカ、なぁ」

 ちなみに、ベルミア臨時政府公館の中庭にはすでにシェラプーカ一行(ノエルプーカ含む)が住み着いている。




「通路の安全と情勢把握がひとまずの目標になるか」

 シェラがそう言ってディロンに視線を移すと、何か考え事をしているようだ。

「ん? 何か気になる事でもあったか?」

「……いや。あれの……プラトーの領主の顔を久しく見ていないなと思ってな」

「トゥリア・リオデバのことか?」

「……ああ」

「伝手があってそれで何かしら優位に働くと思うならば、ついてくればどうだろうか」

 そう言ったサンディの顔には『なんか面白そうなことになった』と書いてある。

「……お前たちには借りがあるからな。いいだろう」

「有り難くあります、男爵閣下」

 生真面目に言うカンファ公子の横で、フリーシアはなぜか忍び笑いをしている。

「……笑うな」

(不器用な所、アルギとそっくりだな)

 シェラは得心顔でうなずいた。

「蛮族領に行くんだから蛮族と同行したほうがいいのはわかるんだけど……」

 パテットはなぜか、視線をさまよわせた。

「何故だろう、ビハールさんが今どうしてるか唐突に気になった」

「大陸横断とかしてるかもしれないちゅん」

 実は大陸横断どころか別大陸への転移までやっていたのだが(『アイより始めよ』参照)。




 ディロンを一行に加えたシェラたちは、シトラスの東にある隧道跡にやって来た。

 目の前には、巨大な扉が立ちはだかっている。この扉に応じた幅のトンネルならば、軍隊の移動も容易そうだ。

 サンディが扉の横に操作盤を発見し、解錠。

「照明あるかな?」

「私は見えるけど」

「サンディはエルフだからな」

 ケイトはトンネルの天井を見る。照明らしき物体が等間隔で見えるが、今は点いていないようだ。

「じゃ油燃やしまーす」

 パテットがランタンに火を入れた。




 隧道はかなりの長さがあったが、問題なく通過し、一行はデュアリアス地方に足を踏み入れた。

「山脈とプラトーの間には深い谷がある。そろそろ谷を渡る橋が見えてくるはずだが……」

 ディロンは眉間にしわを寄せた。

「……む」

「吊り橋が落ちてる。いや」

「落とされた、のかもな」

 弟の言葉を引き継いで、ケイト。

「橋が落とされてるって凄く不穏だねえ」

「自然災害で壊れた、って感じじゃねえなあ」

 橋のたもとから向こう側を見やって、ジューグ。

「こっちで綱が切られた感じだな。向こう側に垂れ下がってる」

「手繰り寄せられれば修繕できるな。ドレイクなら飛べ……ああ、悪い」

 ちょっとばつの悪そうな顔をするシェラ。

「僕は無理だな。、だが」

 少々皮肉っぽい顔をするディロン。

「私も【レビテーション】を使えるが……」

 ケイトはそう言って口ごもる。【レビテーション】は飛行ではなく任意の高さに浮遊するものだ。深い谷底を渡ることは可能だろうか?

 クラミドは、声をかけられるのを心待ちにしている、という感じの顔をしている。ディアボロは翼なしで飛行が可能な種族だ。

「親父殿、騎獣は持ってきてるのかい?」

「アーハン、そういえば騎獣いたねぇ」

 あうう、自分から言えばよかったぁ、と後悔しているらしいクラミドをよそに、サンディが言った。

「でも一応吊橋の修繕ぐらいはしておくべきでは?」

「そうだな。僕が綱を回収してこよう」

 ディロンが彫像を飛竜に戻したとき。


 空を舞う複数の蛮族の影に一行は気が付いた。



(つづく)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る