公女殿下は天を駆ける（ソード・ワールド2.5リプレイノベライズ）

その2 プラトー

＜前回のあらすじ＞

　シェラ一行はシェルシアス公国のカンファ公子と、隣のデュアリアス地方対策について協議した。

　デュアリアス地方を訪れたことのあるディロンを巻き込み、彼の旧知の仲であるプラトー領主トゥリアを訪ねることに。

　しかし、プラトーに行く途中、吊り橋が何者かに落とされていた。

　とりあえず修理しようか……というところで、一行は空を飛ぶ蛮族の影に気が付く。

【シェラルデナ（シェラ）】(PC、人間/女/17歳)：祖国ハーグストン王国再興を夢見る姫剣士。旧臣と祖国再興に向け動き出した。

【パテット】(PC、グラスランナー/男/48歳)：流浪の吟遊詩人（バード）。典型的グララン。

【サンディ】(PC、エルフ/女/41歳)：ガンマンに憧れる銃士（マギシュー）。溺れたのは黒歴史。

【ジューグ】（PC/GM兼務、リカント/男/17歳）：キルヒアの神官戦士。重度のシスコンだが、最近はシェラが気になる様子。

【ケイト】(支援NPC、ナイトメア/女/20歳）：キルヒア神官にして真語魔法使い（ソーサラー）。ジューグの異母姉。

【ノエル・ディクソン】（人間/女/15歳）：ハーグストン王国最後の騎士を名乗る少女でベルミア衆の一人。シェラに忠誠を誓う。

【クラミド】（ディアボロ/女/25歳）：魔将ディロフォスの娘だったが、戦う能力がないため父に勘当された。シェラに仕えて学問で才を開花させる。

【カンファ・シェルシアス】（人間/男/16歳）：シェルシアス公国第三公子。シトラス総督を務める。

【フリーシア・サストレー】（ミノタウロスウィークリング/女/24歳）：元シトラス軍“鉄騎”でディロンの養女。現在はカンファに仕える。

【ディロン・シェザール・グアンロン】（ドレイク（ブロークン）/男/90歳）：元シトラス軍“天騎”。ドロメオ男爵。めんどくさいツンデレ。

「ぎゃはーっ！」

「げげげっ！！」

　空を舞う蛮族ーアラクルーデルの群れ。どうやら、隊長格はアラクルーデルハンターのようだ。

「ぎゃぎゃぎゃぎゃっ！」

「ころす！」

　こちらには剣無しとは言えドレイク（ディロン）やらディアボロ（クラミド）やらも混じっているのに、アラクルーデルたちは全く意に介さず、襲い掛かってきた。

―でも、多少HP盛ってみたところで……ねえ？―

　ディロンが飛竜に乗って回収してきた綱を、サンディたちがロープと結んで補修する。

「さっきの奴らが落としたのかな、これ」

「目的も気になるな……ともあれ、これで渡れるな」

「じゃあ、慎重に行こう」

　ジューグが言うと。

「念の為一人ずつ渡ったほうがいいかもね。それじゃあ全力移動で」

　舌の根も乾かぬうちに全力移動で吊り橋を駆け抜けやがるパテット。

―まだ蘇生魔法使えるキャラいないんで、面倒なことはやめてもらえますかね……―

「え、危ない所を一気に駆け抜けるってそんなに変な対応？」

「強度をまだ見てないところをドタドタ行くやつがいるかー！」

　サンディが怒鳴った。

「そもそも、デュアリアスの西部は東西を山脈に挟まれている上に、海に面した北も山岳地帯でほぼ塞がれている」

　道を歩きながら、ディロンが言った。

「くっそ閉塞感あふれる立地だねェ」

　周囲を見回すサンディ。

「要するに盆地だね」

　パテットは周囲をきょろきょろと見まわす。

「特に、この単に高地とよばれた地域は水に乏しい。トゥリアがここに目を付けたのはもう3，40年ほど前になるか」

　道沿いに掘られた深い溝に、ディロンが視線を向ける。

「アル＝メナスの人族が使っていた水道橋を補修し、西の山脈から水を引いて水路を張り巡らして灌漑を行った」

「へえ、流石に水資源のためにはちゃんと使うものは使うんだな」

「戦に関わらない技術では、やはりお前たちには敵わないがな……」

　ディロンはシェラに向かってそう答えると、溝の底を覗き込んだ。

「……水路が枯れているところをみると、やはり水道橋もやられたか」

「戦でもあったかな？」

　ぽつりと、サンディ。

「……先を急ごう」

　石造りの堅固な城壁に守られた都市が見えてきた。プラトーの首府である。

　街の城門を守るボルグたちは、ディロンの姿を認めると駆け寄ってきて叫んだ。

「こ、これは、ドロメオの旦那！」

「旦那ぁ！お久しゅうごぜえます！！」

「ああ」

「……あの、後ろの奴らは？」

「客だ」

「へ、へぇ」

　ボルグたちは、やや困惑しつつも一行を通す。

　シェラがディロンを誘ってくれて助かったとジューグは思った。ディロンがいなければ、こうもスムーズには進まなかっただろう。

　そのまま、領主の部屋に通された。

　待っていたのは、鹿に似た角の生えた、緑髪のショートボブの女性。

「久しぶりだな」

「……ああ。トゥリア」

「彼らは？」

　トゥリアは心なし、シェラやサンディ、ケイトといった女性陣により強い警戒の視線を向けているように見える。

「ウェデリリが人族に敗れ、シトラスが陥ちた。彼らとは和睦済だ」

「ずいぶんと急な話だな」

「歴史は唐突に動くものだ」

　シェラが胸を張っていった。唐突に動かした張本人はシェラ達だ。

「そちらも、随分とまずいことになっていないか？」

　ディロンは指摘した。

「……認めよう」

「橋が落とされ空賊みたいなのが跋扈している。何があったの？」

「まず、奴らは水の手を絶ってきた」

　トゥリアはサンディの問いに答えた。

「水道橋を補修しようとすれば襲撃してくる。兵を置けば逃げ散る。かといって水道橋にいつまでも兵を置いてはいられない」

「奴ら、とは？」

「南の、ザバやジュラの者たちだ。ここ半年ほどで急速に連合しつつある」

「兵隊に補修させればいいんじゃ？」

　パテットの発言に、トゥリアはかぶりを振った。

「補修させたあと、また壊されるのでな」

「なるほど、いたちごっこというわけか」

　シェラは腕組みをする。

「水と食糧は大丈夫か？」

「かねてより水を絶たれた時に備えて城の地下に貯水池を作っていた。【ピュリフィケーション】で飲み水は何とか汚水から浄化しているが……じり貧だな」

「ギヨーとの交易は模索できなかったのか？」

「食糧は、な。水は、なかなか輸送も厳しい」

「プラトーは他の勢力との同盟や連合は？」

「今のところは孤立している」

「……通話のピアスは渡しておいたはずだが」

　心なしか、ディロンの声が詰問調になる。

「……」

「……知らせの一つも寄越せば」

「お前に泣きつくような真似ができるか！」

　怒りと悲しみをないまぜにしたような表情で、トゥリア。

　周囲に気まずい沈黙が垂れ込めた。

「親父ィ……0点」

　心底呆れ果てたような声で、フリーシア。

「……なぜだ」

「だけーっ！ちゅん！」

「まーとにかく、ウチらはこっちへの進出の足がかりが欲しいんだっけそもそも」

　やかましい不審鳥を制裁しながら、サンディ。

「デュアリアス西部の蛮族勢力が連合すれば、人族圏への脅威になる恐れがあります。トゥリアさん、敵からの要求はありませんか？」

　そうカンファに訊かれると、トゥリアは口ごもる。

「……まあ、その、受け容れ難い要求はあった」

「嫁に来い、とか？」

　サンディの言葉に、一瞬逡巡するもトゥリアはうなずいた。

「この際プライドは抜きにしようじゃないの、嫌なら嫌、誰それだったらよい、助けてほしいなら助けを求める」

　サンディが諭す。

「……僕に頼るのが嫌でも、そいつらならいいんじゃないか」

「また余計な事を……」

　今回ばかりは、ジューグもパテットに同感だ。

「……そうだな。これ以上民や兵を危機に晒すわけにはいかん。支援を願いたい」

「本件について私は、手を貸すことについては吝かじゃない。だが厳しい事を言うかもしれないが、ここまでの切迫した状況だ」

　シェラはトゥリアを見た。

　冒険者だろうが為政者だろうが、無償で他者に奉仕することなどありえない。そんなことをされたら他の冒険者や為政者が困る。

「ああ。相応の対価は用意しよう」

　トゥリアはうなずいた。

「よし、じゃあ決まりだ！」

　シェラは両手をぱん、と打ち鳴らすと、カンファ公子を見た。

「ところで、公子殿下はプラトーで情報収集でもなされますか？」

「そうですね」

「では、南方勢力の偵察と撃滅は我らにお任せ下さい。ノエル、公子の御身の警護を」

「はっ、かしこまりました」

「よろしくお願いします」

「クラミドも頭脳派だからな、ここに残って見識を広められるならそうして欲しい」

「りょーかい」

「フリーシア殿とディロン卿はどうされる？」

「私は元々公子についてきてるんでね」

　ちらり、とフリーシアは養父を見た。

「……そうだな、僕はそっちに行こう」

　と、ディロン。

「トゥリアと語らうこともあるんじゃないか？」

「……一先ずは、厄介者から片付けよう」

「そうか、じゃあその剣をトゥリアのために振るってくれ！」

　もう日も沈むということもあり、一行はプラトーに宿泊することにした。

　夜になり、シェラはトゥリアに話を聞いてみることを思いついた。

「おや、公女殿下」

「シェラルデナだ！ シェラでいいぞ！」

「わかった。私もトゥリアで構わない」

　椅子を勧められ、シェラはありがたく腰を下ろした。

「種族が違えば時間や見る景色でさえ異なると思うが、ディロンとの関係について少し聞かせてくれないか？」

「……今のところは協力者といったところかな」

「今じゃなくなったらどうなるんだ？」

「そうだな……」

　トゥリアは自分の身の上について語り始めた。

　ナーガ族は魔動機文明期にドレイクから作られた人造蛮族だという。元々は、不老長寿の研究用だったらしい。

　大破局、もとい大攻勢後は軍事利用に転用されることとなったが、間もなく、あるドレイクの襲撃により研究所は破壊され、ナーガ族は世界に離散した。

「あてもない旅を続けていた私が、荒れ地を切り開いて自分の領地を作ろうなどと、酔狂なことを思いついたのはあれと出会ってからだ」

　あれって誰？とはさすがにパテットも訊かなかった。

「あれは、魔剣を失っても誇りを失わなかった。私も、何か誇れるものを持ちたいと思ったんだ」

「そうか。それで、誇れるものは見つかったのか？」

「もちろん、この街だ」

「それはよかった」

「その結果、さっきはみっともないところを見せてしまったな」

　恥ずかしげに、プラトーの女領主は言った。

「できる手は打つべきではあったな。でももう大丈夫だ」

「なら、猶更水道橋を守らないとねー」

　パテットにしては珍しく、余計な茶々を入れなかった。

　シェラとディロンたちは、作業員をお供に水道橋に向かった。敵がどこにいるかわからない以上、ひとまずおびき寄せなくてはならない。

　敵が水断ちを狙っているなら、水道橋の修理を放置するわけがない。

　水道橋に着くと、どこが破壊されてるのかは一目瞭然だった。

「水道橋の真ん中から水がドバってなってるの、あれ壊されたんでちゅかね……やっぱり」

　最上部の水路部分が破壊され、水が深い谷底をめがけ豪快に流れ落ちている。

「観光名所にするのなら面白い光景ではあるんだけどね」

　パテットが谷の向こう側に視線を向けると、見張り塔らしき構造物が建っている。

「えーと、あれ誰か建てた覚えある？」

「いえ……あんなのなかったです」

　作業員たちはかぶりを振った。

「見張りが居るようなら、サンディに狙撃してもらってもいいが」

「いっそ向こうに動いて貰う？素知らぬ顔で普通に工事するとか」

「付近の地形はどうなってるのさ。向こうに渡れるところないの？」

　サンディがディロンの方を向いた。

「1時間ほど南に歩けば、昨日の吊り橋がある」

「まあ、我々の目的はなんなのか……というところかな？」

　ケイトは三本指を立て、一本ずつ折り始める。

「見張りを始末したいのか、敵軍をおびき寄せたいのか、見張りを捕獲したいのか……そうそう」

　ジューグの異母姉は皮肉っぽく笑う。

「昨日、敵の部隊が一つ行方知れずになっているな」

「はいはい、皆殺しにしましたね」

　肩をすくめるサンディ。

「敵主力を撃破してこのイタチごっこを打破するのが今作戦の目的だから、迎え撃つよりこっちから殴り込んで中枢を打撃するのが一番いいんだけども」

　やはり情報は必要だ、ということで作業員に囮になってもらい、敵をおびき寄せることにした。

　作業員たちがおそるおそる水道橋に向かってしばらくすると……

「げっげっげっ！」

「しににきたか！」　

　ゲラゲラ笑って逃げる作業員を襲おうとするアラクルーデルたち。

―うーん、死にに来たのはそっちなんだよなぁ―

　さっくり撃破。

　かろうじて息のある者を引っ立て、一行は橋からいったん離れた。

―なお、以下の捕虜アラクルーデルの発言は汎用蛮族語ですが、片言だとテンポが悪いので意訳します―

「じゃ、とりあえず所属と目的と本隊の数と位置を」

「またいっぺんに訊くねえ。でもまあ訊く内容はだいたいそれで全部じゃないかな……さあ順番にウタってもらおうか」

　サンディとパテットが尋問を始めた。

「アズダール様傘下のドリグナ様の隊だ」

「うーん、そいつらの種族は？」

「アズダール様はインキュバス。ドリグナ様はすごい強いフーグルだ」

「インキュバス……なるほどな」

　ジューグは渋い顔をする。インキュバスはサキュバスの男版で、淫らな夢を見せて精気を吸い取るバルバロスだ。

「目的はプラトーの奴らを屈服させること。部隊は4個部隊。2個部隊が動き、根拠地で1個部隊が休んで1個部隊は待機してる。なんか1個部隊と連絡取れねえけど」

　捕虜は地図を持っていた。

「隠れ里に遺跡。これなに？」

「ひひ、どっかから逃げてきた奴隷どもが隠れ里を築いてたらしいぜ。俺たちからは丸見えなのに、バカだよなあ、げげげっ！！」

「隠れ里って言っても、食っていくためには畑なり牧場なり必要だからな……空中から見られればそりゃ露見しちまうか」

　腕組みをするジューグ。

（でもそれを教えてくれるんだな）

　シェラが首をかしげる。捕虜になった時尋問にどう答えるのか、などという教育は受けてないのだろう。まぁバルバロスに敵の捕虜になる、という前提はあまりなさそうだ。

「俺たちは隠れ里や砂金堀場、牧場の見張りもしてる」

　彼の言葉を信じるなら、根拠地に休憩1個部隊と待機1個部隊、残りの1個部隊は各地に散らばっているようだ。

　一通りのことを聞き出すと、サンディが「で、こいつどうする？」と一同に訊いた。

「焼肉？」

「食べる気か？」

　パテットの言葉に、ディロンは呆れ気味に訊いた。バルバロス間では珍しいことでもないが、それが人族の発想か？と言わんばかりの表情だ。

「崖下に突き落とそうか」

　外道その1、サンディ。

「風切り羽を切って放逐というのは」

　外道その2、パテット。

―うーん、蛮族よりも蛮族！つーか地味にパテットの方がえげつないぞ！―

「空飛んでイキってるやつには相応な報いだとおもうけどね。まあここは……」

　サンディがディロンに視線を向ける。

「領主と親しいディロンくんに決めてもらいましょう！」

　ディロンはうなずくと、静かに宣告した。

「これもバルバロスのさだめだ」

　その言葉を聞いたアラクルーデルは半笑いを浮かべ……一刀にて首をはねられた。これもまたバルバロスのたしなみである。

　だが、ディロンは複雑な表情で剣を収めた。彼自身は敗れたというのに生き残ってしまっている。

「羽どころじゃなかった」

「ま、そういうもんでしょ」

　肩をすくめるパテットとサンディ。

（つづく）