その3 悪い夢
<ここまでのあらすじ>
海中船<ジュノン>が浮上した先は<大破局>終結直後のハーグストン共和国の街、アイリスヴィルだった。
しかし、<大破局>への勝利を祝う住人たちは、アンデッドとしての正体を現す。
彼ら曰く、ここはセーラの夢。永遠のアイリスヴィルだというが……?
【パテット】(PC、グラスランナー/男/48歳):流浪の
【サンディ】(PC、エルフ/女/41歳):ガンマンに憧れる
【シェラルデナ(シェラ)】(PC、人間/女/17歳):祖国ハーグストン王国再興を夢見る姫剣士。旧臣と祖国再興に向け動き出した。
【ジューグ】(PC/GM兼務、リカント/男/17歳):キルヒアの神官戦士。重度のシスコンだが、最近はシェラが気になる様子。
【ケイト】(支援NPC、ナイトメア/女/20歳):キルヒア神官にして
【ノエル・ディクソン】(人間/女/15歳):ハーグストン王国最後の騎士を名乗る少女でベルミア衆の一人。シェラに忠誠を誓う。
【ピアナ】(レプラカーン/女/20歳):シトラス出身の元浮民。現在は海中船<ジュノン>操縦士。
【セーラ・ハーグストン】(人間/女/?歳):<大破局>当時のハーグストン王家の姫君でアイリスヴィルに居城を持つ。シェラにそっくり?
気を取り直して、一行はセーラのお気に入りだったという公園に向かった。
死の街とは思えないほど穏やかな光景だが、パテットとサンディにはもうまともに見られないらしい。
「彼岸花がいっぱいあったらやだなあ」
「この草花枯れてない?ちゃんとした植生してる?」
「……二人とも大丈夫か?」
ケイトが二人の顔をのぞきこむと。
「嘘つき!信じてたのに!」
ジューグは首を傾げた。今の声は、シェラとは別の方向からだ。
シェラも不思議そうな顔をしている。彼女の声だと思ったのだが……
「むう?」
「今のは……?」
「行ってみよう」
すっかり気落ちしていた二人も、持ち直したようだ。一行はさっそく声のした方向に向かった。
そこに立っていたのは、背の高いフードを被った男と、茶色い髪の少女。茶色い髪の少女の顔は、ここからでは見えないがー
「……ギなんか、だいきらいだ!!」
茶色い髪の少女は、フードの男に思いっきりグーパンを食らわせると、走って……走っていくうちに、少女はふっと消えてしまった。
「……ゴースト?」
顔を引きつらせるサンディ。
フードの男は、少女の走っていった方を見つめている。
「声……かけ辛いな、色々と」
シェラはサンディとは違う印象を抱いたようだ。
「だけーっ、ちゅん!」
不審鳥もとい雀がわめく。だがタイミングが遅い。
―ネットミームって、出典に触れると軽々しく使う気になれなくなったりしますね―
「下手に声かけたら襲われそうだね」
パテットは雀をしまいこんだ。
「いきなりコープスコープスに襲われたらそりゃ慎重になるよね……」
「でもまあ、このままじゃ何もわかんないしなあ。まあひとりだし何とかなるよね」
たじろぐサンディに対し、パテットはのこのこと近寄っていく。
近づいてきたパテットに気づき、フードの男は一瞬目を見開いた。
「ふん、ようやく来やがったか……」
「さて距離を取るか」
高速で後ずさるパテット。後衛のくせに無理するな。
しかし、フードの男は武器を抜く様子もない。
「私も声かけるか。皆も来てくれ」
パテットに代わって近づくシェラ。パテットはシェラを盾にすることを思いついたらしく、彼女の背後に回った。
「えーと、ようやく来たとか言ってたけど何を待ってたのかな」
「あんまりピッタリくっつくなよー、くすぐったいだろ」
「……」
気の抜けた会話に、フードの男は微妙な表情を浮かべる。
「……腹、大丈夫か?」
「何万発も食らったんでな。あの日を、何万回と繰り返しているわけだ」
シェラに応えて、男は軽く自身の腹をなでた。身長差から顔パンではなく腹パンになったらしい。
「外から来たんだろ?この牢獄の」
「ということは、私たちが異質なる存在だということは察しているようだな」
シェラは自身の名と仲間の名を言った。
「ここは過去の妄執に囚われた牢獄の街ってわけか」
「つまりあのコープスコープスは再発生する……?」
頭を抱えるサンディとパテット。
「セーラの夢、であるとも聞いた。貴方についても教えて欲しい」
「俺はアルギ・ウィンクル。この牢獄を作らせてしまった張本人だよ」
フードから覗くのは既視感のある顔。
「ウィンクル……ああ、ひょっとしてあいつの親戚かな」
ジューグが知人……いまや知人と言ってもいいであろうドレイクのことを思い出す。
つい先日まで魔将ディロフォスに仕えていた”天騎”ことディロン・シェザール・グアンロン。彼は魔剣を失ったために実家を出ており、本名はアンデ・シェザール・ウィンクルだという。
「シェラルデナ・ベルミア=ハーグストン……セーラの親戚か」
「間に7世代くらい空いてるけどな!」
「何でもいいけど、もう300年も繰り返してるのは流石にちょっと……で、帰りたいんだけどぉ」
不満をぶつけるサンディ。
「300年……そんなになるのか」
アルギは天を仰いだ。
「ここはたぶん……魔剣の迷宮か奈落の魔域、あるいはその複合体だ」
「ということはコアに辿り着く必要があるということか」
シェラは、あそこに見える城にありそうだけどな、と言った。
「そもそも、どうしてこうなったかというところからか」
「ああ、それ一番知りたいぞ! 教えてくれ!」
アルギは一瞬シェラの顔をまぶしげに見つめると、話を続ける。
「俺がセーラに近づいたのは、『決起の日』より少し前からだ」
『決起の日』とは、人族側から見れば<大破局>の始まりの日のことであろうか。
「あいつの親戚なら……知ってるだろう?『アレ』を」
一応、シェラに配慮しているつもりらしく、アルギは狙いの品物についてぼかした。
「言わんとせんことは分かるけどさ……」
「要するに、『アレ』を頂くために近づいたわけだ。まあ、どこかに封印していたらしく、見つける機会はなかったが」
「皆に分かりやすく説明するとだな……聖遺物みたいなものなんだ」
<天使の器>。強大な魔神を封じ込めた器であるそれは、魔力源として魔動機文明期のハーグストン共和国で活用されていた。
「そうこうしているうちに、『決起の日』がやって来てしまった。お前たちは『大破局』と呼んでいるんだったか」
蛮族、もといバルバロスの優勢が続いていたころ、アルギはセーラに再度接触を図ったという。
「俺と一緒に行こうとでも口説いて振られたのか?」
「アレを寄越すならお前たちには悪いようにしない、とな。返答が拳だ」
その後、王家の長はセーラにケルディオン大陸への疎開を命じた。セーラは飛空船に民草を載せられるだけ載せたらしい。
「俺としては、別にあいつの足取りさえつかめればよかった」
アルギは自分の右手の手のひらを見つめた。
「だが、どうも俺の手の者が先走ったらしい。後からつけていた俺は、飛空船に異変が起きたのが分かると思わず接近した。それが余計マズかったのかもしれない」
「なんとなく分かってきたな……」
ぽつりと、シェラ。
「飛空船は、事故か故意か、機首を思いっきり下げて急降下した。いくら海の上でも、高空から、それも加速して落下すればどうなるかわかるだろう?」
「高空から落ちたら水面も岩と一緒だよね」
頬杖をついて、パテット。
「俺は……何をとち狂ったのか、下に入って船を押し戻そうとした。まあ、間に合うはずもないな」
激痛の走ったあと、彼はこの懐かしき街の公園に立っていたという。
「民まで巻き添えにして心中するとも思えないけどな……原因不明だな」
「馬鹿が操舵士殺したんでしょ。で、アンタは生きてるの?」
「いいや」
サンディの問いに、アルギは首を横に振る。
「分かった! 話してくれてありがとな!」
「300年、な。シェザール様は敗れたのか。その調子だと」
「少なくとも、蛮族の天下にはなっていない」
「まあ痛み分けってとこかな。魔動機文明は壊滅したし」
ジューグは肩をすくめる。
「蛮王は敗れ、人族と蛮族の小競り合いが300年の間続いてるのさ」
「聞きたくもないかもしれないが……昔話をしてくれた礼だ。未来の話も少ししよう」
シェラはアルギの目をじっと見た。
「王政復古を果たしたハーグストン王国は……7年前に滅んだ」
「……」
「よりによって、お前たちが狙ったものを人族が狙ってな」
「蛮族もそうだろうけど、人族同士だって割と争うからねえ」
と、パテット。
「結局、アレは誰にも扱えないものなんだと思う」
いったん息を吐き、シェラは意を決すように言った。
「だが、私は生き残った。王国を復興したいし、王族として、セーラの願いも叶えてやりたい」
「なら、終わらせてやるんだな……あいつの悪夢を」
「伝えたいことがあるなら、伝えようか? 恐らく、ここから動けないんだろう?」
その言葉に、アルギは最後にもう一度まぶしげにシェラを見る。
「何を言っても言い訳にしかなりそうになくてな……」
そう言い残し、ボロボロと灰になって崩れ去った。
「あーらら……」
「シェラと会って満足しちゃったようで……うん?」
パテットは、灰の中から指輪を拾い上げた。
「特殊な効果はない、普通のダイヤの指輪だね。1万ガメルくらいはしそうかな?」
「王家の指輪となんとなくデザインが近いな。すり替えようとしたのか……それとも」
別の意図もこめられていたのかもしれないな、とシェラは思った。
港では、先ほどと全く変わらない光景が広がっていた。海中船は停泊したまま。港の人々はせっせと働いている。
じつに平和な街の風景だが、彼らもおそらく死人。歪んだ悪夢に囚われた人々。
ため息をつくと、一行は歓楽街に足を向けた。
酒場は昼間にもかかわらず大勢で賑わっていた。
サンディは(こいつら全部レブナントとかなんだよなぁ)と内心げんなりする。
「とりあえず賑やかって言うなら適当に酒とか注文しつつ周囲の世間話に聞き耳立てておくか」
「とある神話によれば、冥界に連れ去られた神様が冥界の食べものを食べてしまったので、食べた分だけの期間冥界に留まらなければいけなくなったとか」
パテットが酒を飲んでからわざわざ言うジューグ。さすがのパテットも咳き込んだ。
「怖い事いうなよ!」
ジューグに抗議するシェラ。
「ここは冥界、というわけではないけども」
ジト目でサンディは辺りを見回す。
「でもまあこれは飲み物で食べ物じゃないからセーフだね」
パテットはそういうことにして自身を納得させた。
「さあ飲め飲め、どんな辛いことも酒が忘れさせてくれるさ」
その声の方に顔を向けると、陽気なおじさんが軍人らしき男に酒を勧めている。
「船長、艦長級の階級章ですね……」
軍人の制服を見て、ノエルが小声で言った。
「疎開船のキャプテン?」
「と、サンディがぶっちゃけてるけどそれで合ってる?」
「断言はできませんね」
「じゃ普通にあの人?達に訊こう」
「そうするか。今度は慎重に頼むぞ!」
しかし、グラランに慎重に動くことなどできるものだろうか。
「ん?どーしたんだ兄ちゃん」
「いや、あの軍人さん、この明るいノリの場所で何かヤケ酒っぽいなあって。なんかあったの?気晴らしが欲しいなら一曲演奏するけど」
「いやあ、なんか良くない夢を見たらしいのさ」
「ふうん、愚痴は聞き流すのが酒場のマナーなんだし、いっそぶっちゃけてくれればすっきりするかもよ」
パテットが促すと、軍人ー船長は口を開いた。
「いや……馬鹿馬鹿しい話さ。『どうせ蛮族に皆殺しにされるなら』と船もろとも皆と心中しようとした、などと」
「早まった決断をした後悔がこういう形で出てくるわけか。まあ」
繰り返される日々、とアルギも言っていたし、どこかで終わらせないといけない場所なんじゃない?とサンディ。
「はっはっは、夢以外のなんでもねえだろ。姫様は御無事なんだからよう」
「そうだぞ!」
シェラは船長の顔を覗き込み、にっと笑った。
「……姫様?」
「元気出せ! 今日は何の日か知ってるのか!」
「人の夢と書いて儚いと読む。夢と思ったものは実は事実で、事実と思ったものが夢であれば、それはただの逃避の中にあるということだ」
と、サンディ。
「今日……ですか?」
「皆がそう悲しんでたら私も悲しくなるぞ。それとも私が叱り飛ばしたりでもしたか?」
「……いえ」
船長はかぶりを振った。
「あの時、潜んでいたオーガウィザードは我々を以てしても抗しきれず、船は全滅の危機に」
「……うん」
「我々の非力を詫びたとき、貴女は笑って許してくださったのです」
すると、シェラによく似た声が聞こえてくる。
『謝らねばならぬのは私の方だ。私にもっと力があれば……』
『このようなことには決してならなかったはず』
『いつの日か、皆でまたアイリスヴィルに帰り、楽しく暮らせたはずだ』
『だから……これは悪い夢なんだ』
「全部私たちに任せろ!」
直接脳に囁いてくるような声を、シェラは吹き飛ばした。
「大丈夫だ、私という大船に乗ってきたんだろう?さあ、ぐーで引っぱたいて覚めるより、せめて楽しく綻んで酒を呷ってからにしようじゃないか」
「……そうですとも。あなたがいらっしゃったからこそ、我々はどこまでも行けるはず」
「はっはっは、そうだとも!」
酒を勧めていた男は、一瞬哀しげな表情をして、すぐに笑顔に切り替えた。
「俺たちアイリスっ子は、地の果てまでも!!」
気が付くと、船長と男だけでなく周りの客たちは一人もいなくなっていた。
「輪廻に還った、かな」
ぽつりと、サンディ。
「酒代はどうするちゅん?」
余計なことを言う雀。
「とりあえず端数の2Gをおいとこ」
「もー、セーラになり切るのも大変だぞ!」
「いやー見事だよシェラ。こういうのが将帥の器ってやつかな」
「そうか? サンディが褒めてくれたぞ!」
胸を張るシェラ。
「そうだな。なあジューグ?」
突然姉に水を向けられ、ジューグはむせた。
「どうだ、ジューグ!」
「ん。あ、ああ」
「ええと……あとは」
「住宅地も見とく?」
おずおずと言ったピアナに応じて、サンディ。
(つづく)
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