その2 永遠のアイリスヴィル

<ここまでのあらすじ>

 シェラルデナは祖国再興のためベルミア公国臨時政府を結成した。

 ディアボロのクラミドを配下に加えて数日後、レプラカーンのピアナとエルフのユリシーズが訪問。

 海中船の操船マニュアルを入手したピアナを海中船<ジュノン>の操縦士に任命し、一行は試験航海に出た。

 試験航海中に突然舵が効かなくなると、いつのまにか<ジュノン>は浮上していて……?


【パテット】(PC、グラスランナー/男/48歳):流浪の吟遊詩人バード。典型的グララン。

【サンディ】(PC、エルフ/女/41歳):ガンマンに憧れる銃士マギシュー。溺れたのは黒歴史。

【シェラルデナ(シェラ)】(PC、人間/女/17歳):祖国ハーグストン王国再興を夢見る姫剣士。旧臣と祖国再興に向け動き出した。

【ジューグ】(PC/GM兼務、リカント/男/17歳):キルヒアの神官戦士。重度のシスコンだが、最近はシェラが気になる様子。

【ケイト】(支援NPC、ナイトメア/女/20歳):キルヒア神官にして真語魔法使いソーサラー。ジューグの異母姉。


【ノエル・ディクソン】(人間/女/15歳):ハーグストン王国最後の騎士を名乗る少女でベルミア衆の一人。シェラに忠誠を誓う。

【ピアナ】(レプラカーン/女/20歳):シトラス出身の元浮民。現在は海中船<ジュノン>操縦士。




「さて、ここはどこなんだろうねえ」

 海中船のハッチから顔を出すなり、パテットは呑気に言った。

「街……?」

 ピアナは困惑した様子で周囲を見回す。どうやら、ジュノンが浮上したのは港のようだ。

 桟橋にいる人々は、驚いて口々に何か言っている。


「港なぁ……エインフォートでもシトラスでもなさそうだけど」

 ジューグは警戒しつつ桟橋に上がった。

「ここ……どこ?」

 サンディも不安げに続く。

「とりあえずそこらの人に尋ねる」

 こういう時はパテットの恐れ知らずな性格が役に立つ。


「どうしたんだい?海中船なんて珍しいね」

 一番近くにいた港湾作業員らしい男は、喋った。

「僕等にとっても珍しいんだよねこれが」

「えーっと、ここどこですかね……」

 やはりこいつはグラランだ。パテットの代わりにサンディが訊いた。

「ここかい?ハーグストンのアイリスヴィルさ」

「……なんだって?」

 シェラは驚愕した。

「えぇ……今何年ですか……」

 サンディの問いに、男は怪訝な顔をしながらも、ある年号を言った。<大破局>が終結した年だ。

「えーと…まさか過去の世界とか言うんじゃないだろうねえ。あ、そうだ」

 パテットは、ふと思いついて男の手首を握った。



「脈がない!」

「し、死後の世界……」

「私たち死んだのか!?」

 蒼白になるサンディとシェラ。

「落ち着け、少なくとも私は脈があるぞ」

 ケイトが窘める。

「ああ、あったね。うっかり握るとこ間違えた」

 舌を出すパテット。

「おかしなこというねぇ……あれ?セーラ様?」

 シェラの顔を見ると、男は怪訝そうに言った。

「セーラ様、どうなさったんです?まーたお城を抜け出されたんですか?」

「ん?もしかして……私に向かって言ってるのか?」

「もちろんですよ、セーラ様」

「私の記憶が確かならば……」

 ノエルが、シェラの背後から囁く。

「セーラ・ハーグストン様は王政復古時の国王陛下の従妹だったかと。<大破局>時の疎開中に消息を絶ったと……」

 ハーグストン王国最後の騎士を名乗る手前、その辺りの知識には抜かりないようだ。


―『何世代も離れてるなら顔立ちもだいぶ違ってくるだろ』とかそういう突っ込みは拒否します><―

―先祖とそっくりの顔とか、お約束だけどイイじゃないですか!―


「流石、ノエル。歩く貴族年鑑だな、でかした」

 忠臣を褒めると、シェラは港の男に向き直った。

「いやー、さっき海中艦でごちんってやったから、年まですっ飛んでしまった! 許してくれ!」

「だ、大丈夫ですかい?」

「ああ。すまないが、こちらは私の友人たちなんだ。良かったら、この街の魅力について一つ語ってやってくれないか?」

「いいですぜ」


「小さい街ですから、あんまり目立ったところはないですが……」

 港の男は、港の案内板に掲げられた街の地図を示した。

「市民広場では、裏切り者どもの公開処刑中です」

「何それ唐突な物騒」

 さすがのパテットもたじろぐ。

「いやいや、あいつらにも一応ジンケンとやらはありますからね、殺しはしませんよ」

「今処刑って言ったよね」

「まあ、処刑というとだいたい死刑のことだが、単に何らかの刑に処すことも処刑とはいうぜ」

 パテットを宥めつつ、ジューグがシェラをちらりと見る。

「蛮族に内通でもしてた奴らか?」

「そうです。例の、セーラ様の御召し船にもぐり込んでいた輩ですよ」

 男によれば、セーラの御座船……飛空船を乗っ取って蛮族に売り渡そうとした輩なのだという。


「北西には公園があります。セーラ様もお気に入りでしたね」

「うむ、そうだ」

 しれっと言い放つシェラ。この辺の取り繕いはさすがだな、とジューグは思う。

「セーラ様の居城は北東です。小さいながら美しい城ですよ」

 魔動機文明期のハーグストンは共和政になっていたが、王族は名士として慕われていたという。

 一通り話してもらうと、シェラは男に礼を言って別れた。



「一先ず、私たちも広場に行ってみるか?」

「ま、動かない事には何もわからないしね」

 パテットがうなずく。

「私も付いていった方がいいですか?一応船の施錠はできます」

 不安そうに、ピアナ。

「一人で留守番ってのもアレだしね」

「みんなで行こう。但し、はぐれないようにな」

「なんかもう頭が真っ白になりそうだよ」

 サンディが疲れ果てた様子でぽつり。



 広場はどこの国、どこの時代でも変わりないようだ。屋台が並び、人々で賑わっている。

 ただし、ここには公開処刑場があった。


「死刑じゃないって事はヤギに足の裏を舐められてるとかそんなかな」

 パテットは気楽に言うが、ヤギの足の裏舐めというのは実際にはわりとシャレにならない拷問らしい。

 罪人たちは、枷をはめられて果物やら卵を投げつけられている。いわゆる晒し者だ。


 ある男が石を投げようとして兵士に止められた。

「離してくれ!蛮族どものせいで俺の家族は!!」

「気持ちは分かるんだがね……」


「一先ず聞かないことにはな」

「せ、セーラ様?」

 近づいてきたシェラを見て兵士は驚く。シェラがセーラそっくり、というのは本当らしい。

「驚かせてすまない。皆の事を知ることも王族の務めだと思ってな。少し状況を知りたい。そこの者たちに声をかけてもいいか?」

 本物のセーラ様に会ったら謝るか……と思いつつシェラは言った。

「はっ……奴らですか?」

「どういう腹づもりなのか聞いてやろうと思ってな」

「かしこまりました……皆の者、すまん!一時停止だ」

 人々は不満げだったが、『セーラ様の仰せなら仕方ねえ……』と引きさがる。


 シェラは、罪人より先に、罪人に石を投げようとした男に声をかけた。

「セーラ様、奴らは、あなたが少しでも民を疎開に連れて行こうとなさる御心を仇にする形で蛮族どもに与したんですよ」

「史実ではどうなってたんだろうね」

 サンディが訊くと、ジューグは肩をすくめた。

「シェラかノエルが知ってなきゃお手上げだ」

「できうる限り、疎開に民を連れて行こうとなさったそうですよ」

 ノエルがぽつりと言った。

「世の中、国に忠ずる者あらば己に忠ずる者もいる。その行いが他者から強いられている場合もある。貴方の忠は私が認めよう。但し、王族たるもの民の心に寄り添うこともまた務め。彼らの言い分も聞いてやろうと思う」

「セーラ様……」

「ここは我が名に免じて欲しい。私は民に対して常に公平でありたいと思う。命を賭してもな」

 シェラが罪人たちの方に向き直ると、罪人たちは虚ろな目で一行をにらみつける。


「その行いは誰のためだ? 蛮族か? それとも己自身か、はたまた国のためだろうか?」

「おれたち自身のためだ!」

「アル・メナスも国も、おれたちを守ってくれやしなかった!」

「なるほど?」

「まあ人が何かをする理由って突き詰めれば『生きる為』だよね。でもハイジャックがどう自分の為になるのやら」

 パテットは肩をすくめた。


「へらへらしやがって、生まれながらの特権階級様がよ!」

「否定はしない。誰も生まれや、親は選べない」

「ま、何であれ己のために他人を蹴落とそうとするものは、当然ながら逆の立場に立たされても文句は言えないね」

 眼をすっと細めて、サンディ。

「どこに逃げようと蛮族には勝てない!だったら、あいつらにてめえを売り渡してでも生き延びて何が悪い!」

「確かに蛮族という強大な敵を前にしても、私たちは一つになり切れなかったのかもしれない」

 シェラは一拍呼吸を置いて、続ける。

「人や己を最後まで信じれたかに尽きる。お前たちが言うように、セーラ・ハーグストンという一人の王族を売るのもまた一つの解でもあるだろう。結局、己の生き方に恥じない選択をできたかだ。本当にその手段しかなく、考えられる最高の策だったのか。もしそうであるならば、後は神や天使様の賽に全てが委ねられるだろう」

「というか、大破局当時ってハーグストンは共和政だったんでしょう?有名人ではあるんでしょうけど、そんなに重要人物だったんですか?」

 ピアナが小声で訊くと、シェラは答えた。

「いや、共和制では王族は多数派ではなかったが、議会でも存在感を残していたはずだ」


「まあ、結果論ではあるが誤った判断だったな。……しかし、俺たちは蛮王に勝ったのか?」

「勝った、とまでは言えないかな」

 ジューグの言葉に、ケイトが応じる。


「おれたちだって……まさか、オーガの奴が余計に暴れなければ……?」

 そう言いかけた罪人の一人は、首をかしげる。

「おい、あんた……オーガに斬られなかったか?」

 声をかけられた兵士は片眉を挙げた。

「……さて、



「なんかホラーな予感」

 顔を引きつらせるパテット。

「改めさせてもらおうか」

 銃を抜き放ったサンディに視線を向け、兵士は言い放った。

「セーラ様を狙う悪党は敗れ、おれたちは人族の勝利を祝う。それこそがあるべき世界だ」

「セーラ様、そうですよ!」

 石を投げようとした男が同意する。


「確かに、誰もが夢に恋焦がれるものだ。……でも、夢はいつか覚める」

 シェラはかぶりを振った。

「……やっぱり何かおかしい?あの救難信号が絡んで……そもそも何が救難信号を出していたんだ」

 ぽつりと、サンディ。


「……貴様ら、何者だ?」

 兵士は一行をにらんだ。

「我が王家に忠ある者ならば、膝をつけ! 我が王家の指輪を目にしても同じことが言えるのか!」

 だが、シェラに跪く者はいなかった。


「チガウ」

「これはセーラ様の夢。永遠のアイリスヴィル」

「セーラ様の夢を奪い、傷つける者は許さない」


「ひいっ、街の人たちが!」

 ピアナが悲鳴を上げた。周囲の見物人たちが、みるみる間に姿を変える。

「全員魔物なのか!?」

「こいつら、コープスコープスだ!」

 ジューグが叫んだ。

「やはりアンデッドの街だったか、この街の姿は幻影か現実か」

 サンディは唇をかみ、撃鉄を上げた。

 一方、パテットは気楽に呪歌を奏で、終律を放つ。


 サンディのショットガン連射を受けた集団にシェラが斬りかかる。

 コアと思しき光を叩き切ろうとするものの、代わりに周囲の死体が崩れ落ちた。


ーコープスコープスのコア部位はダメージの半分を任意の他部位に肩代わりさせることができますー


 コープスコープスの集団は3つ。

 一つをシェラが、二つ目をジューグが抑えるが、三つめが後衛に向かってにじり寄る。


「私が仕留める。シェラが三つ目を押さえて!」

 サンディが第一集団の光を撃つが、起き上がってきた死体がダメージを肩代わり。

「ああくそ!分散された!ケーイト!!頼むよー!」

「ああ」

 ケイトが放った【エネルギー・ジャベリン】が光を貫き、第一集団が崩れ去った。

「せいやー!」

 フリーハンドになったシェラが第三集団を薙ぎ払う。

「たまには神官らしいこともしないとな?【ホーリー・ライト】!」

 ジューグが聖なる光で第二集団を灼く。


ーコアが死体にダメージを肩代わりさせ、おまけに完全復活させるという厄介な能力があるものの、火力大好きっ子なPLたちが相手ではね!―



「ふー、なかなかめんどくさい敵だった」

 パテットはさっそく傷を癒す終律とマナを回復させる終律の準備を始める。

「そういや罪人の、裏切り者3名は?」

 サンディが視線を向けると、件の3人は茫然と座り込んでいる。

 兵士や、石を投げようとした男、その他の市民はいない。

「ここは死の街か。過ぎ去りし日々に縛られた……」

 ぽつりと、サンディ。

「セーラの夢と言っていたな。救難信号を含めて、セーラの痕跡を追いかけるのが近道かもしれない」

「えぇ……このアンデッドタウン駆けずり回るの?」

 サンディはげんなりする。

「寧ろここから出る方法を考えた方が良いねえ」

「脱出方法が他にあればいいがな」

 パテットにジューグはそう応えて周囲を見渡した。


「あ、あああ……おもいだした」

 口を開いたのは罪人の男だ。

「ま、待てよ……アルギ様は身柄を抑えるだけでいいって」

「アルギ?」

「ハイジャック事件の蛮族の元締めでしょ」

「お、おい、他の奴らは殺さなくたって……」

「ああ、蛮族に適当な口約束されて乗っちゃって反故にされたのね」

 あらぬ方向を見ている男を眺めながら、パテットが言った。

「結局その、セーラっていうのはハイジャック事件で消息不明になったの?」

「はい。飛空船アイリスで疎開中に消息を絶ち、おそらく事故か事件で墜落したか、撃墜されたのではないかと」

 サンディにうなずきつつ、ノエルは罪人の男を一瞥する。


「ということは、セーラも南にあるケルディオンを目指したのか……だとすると感慨深いな」

 天を仰ぐシェラ。

「いやだなぁ、安全を確保できる場所は……ジュノンぐらいしかないか」

「こんなにうろつきたくないシティアドは初めてだ」

 ぼやくサンディとパテットだった。



(つづく)

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