その2 311年5月 新たな仲間たち

 パテット・パーム・プルシュカとは何者か?その問いに答えることは容易だ。彼は、典型的なグラスランナーである。

 己の好奇心の赴くまま、地の果て、未知の大陸にすら突き進み、果敢に首を突っ込んでは余計なことまで言ったりやったりして周囲(特にGM)をいらつかせる。


物語キャンペーンが終わるまでに一度はぶち殺しておきたい!(※やや本音)―


 しかし、彼にはグラランの欠点としてありがちな手癖の悪さはない……と書きかけてジューグは頭を抱えた。『行先が物騒なところばっかりで呑気に物々交換する暇がなかった』と奴はほざいたのだ。おい、ってなんだ?

 しばし呼吸を落ち着け、ジューグは再び筆をとった。パテットの欠点ばかり書き連ねていたのでは『ジューグ・アトロクスは嫌いな相手の欠点ばかり書き残した』と後世の歴史家に糾弾されかねない。まあ一応、奴の良い所を探そうと思うぐらいの関係ではあるのだ。そうでなければとっくに一党から叩き出している。

 ああそうだ……と思い出す。パテットはレーゼルドーン大陸からアルフレイム大陸までの旅路、もとい漂流をタビットの神学者ビハールと共にした。アルフレイムではぐれてしまい、自分だけ再漂流してケルディオン大陸までたどりついたわけだが、事あるごとにビハールのことを口にする。その時ばかりは彼も本気でビハールの身を案じているようなのだ。……それで日々の所業を大目に見られるほどジューグも大人ではなかったが。




 パテットが典型的なグラスランナーなら、サンディ・フォーキャトルは少々風変わりなエルフだった。単に魔動機術とガンに長けている……というだけではない。

 彼女は開拓期のガンマンかぶれだった。開拓期、とは魔動機文明の初期、ガンを携えた銃士たちが魔動機術を各地に伝播していった時期のことだ。

 サンディは子供の頃、小さな失敗をした。その失敗を、周囲は(全く悪意なく)事あるごとに擦り続けた。後にそれが我慢ならなくなって彼女はとうとう故郷の街を飛び出すことになるのだが……彼女が少女期にのめり込んだのがガンマンたちの英雄譚だった。

 ガン1丁(時に2丁)のみで巨悪に立ち向かい、街に平和をもたらす男たちにサンディは憧れた。もちろん、今は彼女も大人だから開拓期のガンマンは必ずしも全てが英雄ではなかったと知っている。魔動機文明を拒む民を虐げた者、あるいは同胞である開拓民を苦しめる悪漢そのものだった者も。それでも、彼女は英雄譚の中のガンマンたちを忘れていない。




「うう……」

 フェルライザ地方東部の城郭都市・エインフォートの冒険者ギルド“アームドスネイク”。一人の姫騎士がテーブルに突っ伏していた。

 祖国復興のため旅を続けてきた凛々しき姫騎士シェラルデナ・ベルミア=ハーグストンは、なんかとても情けないナマモノと化している。

「まーいったぞー……」

 祖国復興のためには先立つものが必要ということで、軍資金を増やすため“アームドスネイク”のプラム・カーム支部長に命の次に大事な王家の指輪をカタに10,000ガメルを借りた。それはいい。武器屋でクレイモアを気に入って買うことにした。そこまではよかった。冒険者にとって強力な武器は必要不可欠だ。問題は、アビス強化をした結果、アビスカースによってかなり危険な武器(システム的に言えば防護点-2)になってしまったことだ。

 ドントレシアの堅忍鎧を買って少しは守りのもろさは緩和できたものの、軍資金は底をつきかけている。悪いことに、“アームドスネイク”の冒険者たちは多忙らしく、出払っていた。冒険者が単独で仕事をするのは危険すぎる。この武器であればなおさら。


「まーずいぞぉ……」

 彼女はこの時、質のシステムをよく理解していなかったので(契約内容にもよるが、利息分をきちんと払っていれば返済期限の延長は可能)、質に入れた王家の指輪が売り払われないか気が気ではなかった。

 つい数日前別れたばかりの師匠ヴァンダーことユーラスに泣きつく、というのも頭をよぎったが、互いの健闘を祈りあった上の別れなので情けないことこの上ない。もっとも、彼がどこにいるかも見当がつかなかったが。


(なんだあいつ)

 ほうきを持った赤毛のリカントの青年は、冷ややかな目でシェラを見た。




 この当時、ジューグ・アトロクスという男をどう思うか、と聞かれたら。『いいやつなんだがなぁ』と冒険者たちは微苦笑を隠さなかったものだ。

 冒険者としての腕は悪くない。鉄壁の防御力を持つキルヒアの神官戦士で、優れた賢者でもある。攻撃力の無さは難点だが、そもそも冒険者は支えあい、補いあうものだ。彼が盾となり仲間たちが攻撃すればいいだけのこと。問題は、彼の度を越した姉依存シスコンにある。

 彼がナイトメアである異母姉ケイトに傾倒するようになった理由は、家庭環境にあった。姉弟の父ハーマンは高名な歴史学者であり、その上現場主義だったが故に家を空けがちで、先妻(ケイトの母)の死に目にも会えなかった(親父が居れば出産時の傷を治療できただろ、というのがジューグの主張である。もっともその場合、ジューグは生まれていない可能性もあるが)ため、後妻(ジューグの母)も連れまわすようになった。

 そのため、姉弟はジューグの母の実家に預けられることになったが、祖父母も多忙なため結果的にケイトがジューグの面倒を見ることが多かった。シスコンが極まってしまったのも無理はない。


 ジューグはこれまで決まった一党パーティーに所属したことはない。姉依存シスコンのせいで彼が街を離れたがらないからだ。そのため、臨時的な助っ人をする以外は彼は“アームドスネイク”で雑用などをやっている。


「訳アリみたいでね?」

「……支部長」

 いつの間にか隣に立っていた老婆にジューグはのけぞった。プラム・カーム支部長である。

 訳アリ、どころか王家の指輪を預かるにあたって支部長はシェラの身の上話は聞いており、まあ本当だろうと判断していた。

 ただ、アルフレイム大陸と300年断絶中の(アルフレイムからケルディオンに漂着することは可能だが、その逆は不可能)ケルディオン大陸において、アルフレイムの王家(それも、滅びた国)の血筋などと言ったところで何になろうか?

 

「気になるなら、口説いてベッドの上で聞くんだね」

「別に気にならないです」

 素っ気なく言って掃除を始めたジューグの背中を見やり、支部長は肩をすくめた。




 部屋の中を掃除しているのだから、やがてはシェラに近づくことになる。

 人の気配を感じたシェラがふと脇に視線を向けると、ジューグのふっさふさの尻尾が通っていくところだった。


「おおっ」

「!?」

「おおー……」

「おいっ!」

 むぎゅっと尻尾をつかまれてジューグは思わず大声を出した。

「ダメかー……?」

 シェラはすがるような眼でジューグを見た。鎧の隙間から、意外と豊かな胸元が見えてジューグはどきりとする。シスコン、と言ってもジューグはケイトを決してそういう眼では見ない。むしろ、姉には立派な伴侶を得て幸せになってほしいと思っている。姉本人よりやたらと理想が高いのがアレだが。


「……好きにしろよ」

「おお!いいのか!」

 シェラはジューグの尻尾に頬ずりをした。

「んー、これだよこれー!!」

(なにがこれだよ……)

 こいつ、俺を犬か何かと思ってるんじゃないか。ジューグはムッとしたが、なぜか、振り払おうという気にまではならなかった。


「なんだい、尻尾で釣ったのかい」

「釣ってません」

「し、しぶちょお」

 カーム支部長の声を聞いて、シェラは我に返る。

「さて、ちょうどよかった。どうせ暇してんだろ?嬢ちゃんを手伝ってやんな」

「?」

 支部長はいぶかしげなジューグとシェラを交互に見ながら、続けた。

「村の近くに妖魔どもがうろついてるんでどうにかしてほしいって依頼があってね」

「それが?」

 妖魔ぐらいなら、こいつ一人でもなんとかなるだろ。と、ジューグはシェラを見る。

「アビスカースのせいでちょっと危なっかしいんでね」

「て、手伝ってくれるのか?」

 さっきと同じ眼で、シェラは上目遣いをしてくる。

「ぐっ……」

 その眼には抗えない。


「……わかった」

「おお、たすかるぞ!」

 シェラは両手でジューグの手を握り締めた。

「……いてぇ」

「あ、ごめんな!」

 実はそれほど痛くもなかったのだが。


 しかし、その依頼はこの直後、消滅した。当のその村が、蛮族に襲撃されたという知らせが舞い込んだからだ。その知らせを持ってきた村人と共に支部に入って来たのが、パテットとサンディだった。

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