第43話 実は母と妹に一部始終みられていた。死にたい。
「いやー、軽い騒ぎになっちまってんな」
トラブルに見舞われた打ち上げの日の夜。
昼の出来事は広く拡散され、SNS上でちょっとした話題になってしまっていた。
すばるの輝く右ストレートもばっちり映ってる。
ぱっと見、よくできたCGにしか見えないのが救いだが。
「まいったな……。これだけ広がったら呼び出しがあるかもしれないぞ」
「げ、丸岡の説教とか勘弁だぜ。はー……ネット強い系のヤツに頼んで工作しとくか」
「ああ、頼むよ。せめて顔はぼやかしておいてほしいな」
こういうネット動画は初動が重要だ。
さっさと通報して削除してもらうに限る。
「しっかし、日月ちゃんの拳、何で光ってんだろうな?」
「拳が光って唸ってるんだし、シャイニング云々じゃないか? 良くできたCGだよ」
「あれ? リアルでも光ってなかったっけ?」
「やっぱり病院で精密検査を受けたほうがいいんじゃないか?」
周囲の野次馬も含めて数人が目にしているかもしれないが、まあ……すぐに割り込んで止めたし、何とでもごまかしは聞くだろう。
というか、動画自体に魔法を仕込めばいけるか?
絵画に呪いを込める魔法がないでもない。動画でも何とかなるだろう。
井戸の底から這い上がる何某も、そのような呪いを使っていた気がするし。
いけるいける。
「ま、夏休みに入ったら仕切り直しって名目でまた集まろうぜ。なんなら、みんなでプールとかどうよ?」
「悪くないな」
「お、素直じゃん」
「お前相手に取り繕ったって、仕方ないしな」
せっかくの高校生活だ。
思い出作りはしっかりしていきたい。
女子の水着を見る機会があればなおいい!
「蒼真がやる気だから、オレっちもちょっと本気出しちゃうぜ?」
「お手柔らかにな。そんなに金はないぞ」
「まかせろって。最高の夏、演出してやんよ!」
さすがボーントビィー陽キャは頼りになる。
……とはいえ、この灰森耀司という男は、ときどきとんでもないことをしでかすので、少し注意をせねばならない。
魔王もびっくりのサプライズは、心臓に悪いからな。
本当に、お手柔らかに頼みたいところだ。
「ま、しばらくはおとなしくしていようぜ。特にお前と日月ちゃんはガチ目に映ってっからさ」
「そうさせてもらう。なに……予定通りに引きこもってゲームでもしている」
「んだな。それじゃ、また連絡するわ」
通話が切れる。
さて、次はすばるの相手をしないとな。
窓を、開けて家の前の道路を覗き込むと思った通り、すばるが立っていた。
まったく、呼び鈴を押すなり、俺に連絡するなりすればいいものを。
「どうした?」
すばるにだけ聞こえるように声をかけてやると、俺の方にゆっくり顔を向けた。
何やら深刻そうな顔をしているが……。
さて、何かあったか?
「ちょっと待ってろ」
認識疎外の魔法を使ってから周囲を確認し、道路にふわりと飛び降りる。
「蒼真……」
「どうしたんだ? こんな時間に」
「ごめんなさい、なのです」
俺の左手を取って、すばるが俯く。
再生能力でもうすっかり治っていて、痛みもない。
「またやってしまったのです」
「ああ、それか。気をつけろよ? 俺が止めなきゃ、あわや大惨事だったぞ」
思わず苦笑する。
俺に放たれる分にはまだいいが、一般人がアレをもらえば葬儀屋と肉屋が必要になるからな。
「なの、です。蒼真がいなければ、大変なことになっていたのですぅ」
「お、おい……」
ぐずり出したすばるに些か焦る。
『日月 昴』は……元勇者はこんなだったか?
俺に弱みを見せるような人間だったろうか?
「蒼真にも、怪我をさせてしまったのです」
「俺のはもう治ってる。大丈夫だから気にするな」
俺の左手を握って、すばるが首を振る。
「どうして……わたしは、普通の女の子でいられないのです? どうして、こんな……」
いよいよ本格的に泣き出してしまうすばる。
俺の左手を弱く握る手は小さく震えて、今にも離れそうだ。
それを握り返して、すばるを軽く抱き寄せる。
「よーし、よし。落ち着け。泣くな泣くな」
「う、ぐす……ぅぅ」
心中、軽いパニックになりつつもすばるの頭をやんわり撫でくる。
「今日のは仕方なかった。すぐに対処しなかった俺も悪い。……それに、友達を助けようとするのは、正しいことだろ?」
そう、俺のミスだ。
みんなの前で
その結果、耀司は怪我をして、すばるにはあんな行動をさせてしまった。
呪いなり魔法なり、あるいは暴力でも揮って、早急にあの男を制圧するべきだったのだ。
「だから、ほら。泣くなよ」
「はい、なのです」
「よし」
そう言ったものの、すばるは抱きついたまま離れない。
「すばる?」
「もう少しこのままがいいのです」
「何だそりゃ」
まるで甘える猫のように頭を押し付けるすばるに軽く笑いつつも、抱擁を返す。
今日くらいは少し甘やかしたっていいだろう。
だって、いまここにいるすばるは『普通の女の子』だ。
柔らかくていい匂いがする、ちょっとしたことで傷ついてしまう、弱い『普通の女の子』なのだから。
「
「ん? 何か言ったか?」
「な、なんでもないのです!」
焦った様子で急に俺から離れるすばる。
残る体温に少しばかりの名残惜しさを感じるが、元気になったならそれでいい。
「蒼真、ありがとうなのです。今日は帰るのです」
「おう。摑まれよ。<
「はいなのです」
俺の差し出した手を、すばるは笑顔で……でも、少し恥ずかしそうな表情で握った。
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