第44話 いつか夢見たあの日のように。
さて、夏休みに入って一週間がたった。
本格化した夏の日差しが容赦なく降り注ぐ中、俺は最寄りである『西門台駅』の改札前広場を横切りながら、
本来なら、今ここにいるはずだったのだが。
『あいやー……面目ない』
実に軽い様子で謝罪する耀司に、俺はため息をつく。
まあ、予想されたことだ。
『話は通してあるからよ。先に現地入りしといてくれ! 補習が終わり次第、オレも追いかけるからよ』
「はいよ。しっかりお勤めして来い」
丸岡の補習はまさにお勤めというのに相応しい実に規律正しいものの様で、俺は毎日愚痴を聞かされた。
もっとも、再テスト自体はクリアしたようで、実際にバイトが始まる明日には合流できるとのこと。
……正直、ほっとした。
俺一人で南の島なんて、ぞっとするような環境だ。
『んじゃ、また後で連絡するわ!』
「おう。ついたら連絡する」
通話を終えて、ポケットにしまったスマホがすぐに震えだす。
何か言い忘れたことでもあったのか?
「ん?」
取り出すと、ディスプレイには『日月さん』の表示。
はて、今日からバイトで出ると伝えてあったはずだが……何か用事だろうか?
トラブルはやめてくれよ……?
「どうした、すばる」
『今、どこなのです?』
「西門台だけど?」
『そうではないのです。駅のどこにいるかと聞いて──……あ、いたのです』
「ん?」
近づく気配に振り向くと、そこには大きなバッグを抱えたすばるが、ちょんと立っていた。
白いワンピースに麦わら帽子というシンプルな格好は、すばるの可愛らしさを際立たせる様で少しばかり目立っている。
「何してんだ?」
「見つけたのです!」
質問に答えなさい?
「ふふふ、実はわたしも一緒にアルバイトすることになったのです」
「──は?」
満面の笑みと共に放たれた、突然の申告に思わず唖然とする。
「ふふふ、実はわたしも一緒にアル──……」
「いや、それは聞いた。どういうことだ?」
「灰森君が女性スタッフも足りてないとぼやいていたのです」
確かに、人手が足りない……猫の手も借りたいと言っていたが。
しかし、耀司。猫の手は大きなトラブルを起こしたりしないんだぞ?
こう、肉球がフニフニしてて……まぁ、すばるの手も柔らかいが……いや、そうではなく。
よし、落ち着こう。
俺がパニックになってどうする。
「……迷惑だったのです?」
「いいや。少しびっくりはしたけどな。親御さんとか大丈夫なのか?」
「パパとママは蒼真がいるならOKだそうなのです」
「親としてその判断はどうなんだ……」
面識がないわけではないが、仮にも同級生の男に危機管理を丸投げするなんて。
ああ、違うか。親であれば、すばるの諸々に気が付いていないはずがない。
それを
はあ……。
判断としては、正しい。よく理解した采配と言えるだろう。
ただ、女の子として見た場合はどうなんだ。
うっかり何か間違いとかあったら、とか考えないのだろうか?
最近はなんだかすばるも距離を詰めてきてるし……。
なんというか、俺だって極めて正常な男子高校生なんけどな。
いや、任された以上多少の過ちもセーフということか?
「若さゆえの過ちは
「どうしたのです?」
「何でもない。何でもないとも!」
「そうなのです? 夏にお友達とお泊りでアルバイトなんて、楽しみなのです!」
屈託ない笑顔のすばるを見て、ハッとする。
正直、このリスキーな元勇者がアルバイトなんてと思ったが、『お友達の紹介ではじめてのアルバイト』なんて、なかなか〝普通〟で特別な体験だ。
そうとも。普通の女の子として、そういうのもアリかもしれない。
何かありそうなら、俺がフォローすればいいしな。
「接客なんてできるのか?」
「陰キャ魔王の蒼真に言われたくないのです」
「痛いところをついてくれる……ッ!」
そう言えば、いつの間に俺の事を『レグナ』と呼ばなくなったな。
何か心境の変化でもあったのだろうか。
「ま、フォローはしてやる。ほどほどに気をつけてな」
俺の言葉に、すばるが不思議そうな顔をする。
時々するこの顔が何を意図しているのか、俺はまだ知らない。
「一緒にいてくれるのです?」
「ああ。放っておいていたいけな観光客を
「わかったのです」
俺の注意に小さく笑って、すばるが頷く。
珍しく素直なことだ。
「その代わり、困ったら助けてほしいのです」
「おうよ」
「本当なのです?」
「疑り深いやつだ……!」
苦笑する俺に、すばるが小指を向ける。
「ずっと一緒にいるって、約束してほしいのです」
指きりとは可愛らしいところもあるじゃないか。
そんな事をしなくても、ちゃんと守ってやる。
──今度こそ、自由に生きればいい。
「約束だ」
すばるの小指に自分の小指を絡ませて、ゆびきりの誓い言葉を二人で口ずさむ。
少しばかり気恥しいが、悪くない気分だ。
「さてと、それじゃあ行くか」
「はいなのです」
二人で笑い合って、並んで歩く。
「楽しみなのです!」
「そうだな」
前世では見上げることもなかった青い空の下──元魔王と元勇者……俺たち二人の、忘れられない夏休みが騒々しく始まった。
fin
現代転生した元魔王は穏やかな陰キャライフを送りたい!~隣のクラスの美少女は俺を討伐した元勇者~ 右薙 光介@ラノベ作家 @Yazma
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