第39話 頭のよくなるお薬は自然食品で出来ている

 7月。

 この月は少しばかり慌ただしい。

 まず、後半には夏休みの命運を占う学期末テストが控えている。

 ここで失敗をすれば、補習という名のイベントが自由な夏休みを虫食いにしてしまう。


 そして、そのテストが終わる頃……俺と妹の誕生日がある。

 たったの三日違いである俺達兄妹は、まとめて誕生日イベントが行なわれることにちょっとしたストレスを感じており、特に妹は毎年の様に荒れる。

 俺と同日に祝われることがそんなに嫌なのだろうか……?


 ともあれ、今年のお祝いは辞退すると両親に伝えておいた。

 今年は思う存分、気兼ねなく妹を祝えればいいと思う。

 もう高校生だし、アルバイトもしている。一人の自立した人間として、そこは譲るべきだろう。うん。


 そんな7月なわけだが、相変わらず俺にプレゼントの要望を聞いてくるヤツがいる。

 そう、耀司だ。


「今年はなんにすっか?」

「まかせる。いい感じのを頼むわ」

「おうよ」


 アパレル系の会社に造詣が深い耀司は、毎年俺に服をプレゼントしてくれる。

 去年はTシャツだった。

 あまりファッションに明るくない俺だが、耀司が選ぶ服は毎回気に入っている。


「何の話?」


 近くにいた麻生さんが自然な様子で会話に加わってくる。

 ぼっち気味の俺に気を遣ってか、最近こうして話してくれることが多い。

 すばるや吉永さんとはまた違った、おっとり系美人である彼女はこのクラスの清涼剤だ。


「蒼真の誕生日の話。テスト明けすぐなんだよな」

「え、今月なの? 知らなかった」


 まぁ、俺は誕生日を吹聴して回る陽キャとは一線を画しているからな。


「なら、私からも何かお祝い用意しようかな?」

「お、イインチョもお祝いしちゃう? よかったな、蒼真」

「いや、気持ちだけで充分だよ」

「もう聞いちゃったもんね。何がいいかなぁ……? 同世代の男子にプレゼント選ぶのって初めてだし、ちょっと楽しみ」


 意外にノリノリな麻生さんが、鼻歌まじりに離れていく。


「気を遣わせちゃったかな」

「いいんじゃね? イインチョの誕生日にお返しすりゃいいんだよ」


 なるほど、そういう考え方もあるか。


「おっと、お迎えだぜ?」

「ああ。行ってくる。お前もテスト勉強しろよ、耀司」

「おう。わーってるって」


 まだ教室にいるつもりらしい耀司に軽く手を振って、廊下で待つすばるの元へ向かう。


「あれ? 吉永さんは?」

「病院に呼び出されたのです」

「そうか。仕方ない、それじゃあ行くか」


 * * *


「それで? どこがわからないんだ」

「すべて、なのです……」


 そんなキリッとした顔で大物感出してもダメだぞ、元勇者。


「中間考査で懲りなかったのか?」


 学校近くのファーストフード店は、俺達と同じ制服の者たちで賑わっている。

 学校からほど近く、図書室ではできない多人数でのテスト勉強が可能となれば、ここに集まってくるのも仕方がないだろう。

 かく言う俺達もそうなのだから。


「ど、努力はしたのです。でも、わからないものはわからないのです」

「わからないのはよくわかった。よし、まずはテスト範囲の確認だ」


 学期末考査は四日間に渡って行われるし、中間考査と違って科目数も多い。

 計画的にやっていかないと、悲惨な結果になるだろう。

 この段階で相談してくれてよかったというべきか?


「どれから手をつけるのです?」

「暗記科目はすぐに終わらせるとしようか」


 ハンバーガーとポテト、それに教科書などで混然とする机の上に一本の瓶を置く。


「これは……何なのです? ほのかな魔力を感じるのです」

「『賢人の秘薬エリキシルオブセージ』だ」

「なっ……?」


 いやー、まさか……現代社会で秘薬エリキシルの素材が全部そろうとは予想外だった。

 半分以上の素材が、『健康とハーブの自然食品マルヨン』で揃うことには驚きを禁じ得ない。


「ズ、ズルはいけないのです」

「なんだ、お前の覚悟はそんなものか……勇者プレセア」

「な、なんとぉー!?」

「赤点回避のために魔王に魂を売るとまで宣言したお前が、この程度の事も拒むとはな」


 魔王の台詞としては些か小さいと思うが、この煽りは効果抜群だった。


「やってやるのです! 赤点さえ回避できれば、何でも言うことを聞いてやるのです! またhentaiみたいな要求をするがいいのです!」


 ざわつく周囲。

 ちょっと、すばるさん。声大きい。

 なんか、俺がえっちな命令する流れみたいに演出するのやめようぜ。


「落ち着け。そして、取り合えずそれ飲め。誇大広告でもなんでもない正真正銘の『頭がよくなる薬』だ」

「は、はいなのです」


 さすがに周囲の視線に怯んだらしいすばるが、少し顔を赤くしつつも『賢人の秘薬エリキシルオブセージ』を飲み干す。


「スッキリした後味なのです」

「レモンが入ってるからな。よし、それじゃあいくぞ。今から一時間で各教科の暗記項目を頭にぶっこむ」


 そう告げて、すばるの手を取る。


「こ、こんな所で何を考えているのです……。破廉恥なのです」

繋がりリンクを作るんだよ。前に魔力譲渡しただろ? あれと同じ方式でやる」

「そうなのです?」

「そうなのです」


 握り返された手に少しどきりとした俺も大概だと自嘲しつつも、すばるとの間に精神的な繋がりを形成する。

 ま、前世……魔族の間ではよくやることではあった。

 そもそも勉強というのは『覚える事』ではない。覚えたことを基礎にして、解釈し、思考し、探求することだ。

 必要な情報を調べて暗記作業を行うなんて、コスパが悪すぎる。


「あわわわ……」

「よし、英単語終わり。次は構文と例文を流し込むぞ。終わったら社会科全般だ」


 故に、このようにして暗記は時短で行う。

 まあ、普通はいっぺんにやると頭がパンクするので少しずつに分けてやるものだが、今回は賢人の秘薬アタマヨクナールを摂取しているので問題ないだろう。


「さぁ、ラストスパートだ」

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