第38話 カツ丼は実は有料って知ってた?
クレープ屋と聞いていたが、到着したのは比較的しっかりしたカフェだった。
店内の一角、四人掛けの丸テーブルに腰を下ろした俺達は、注文を終えて一息つく。
俺としてはどうにも落ち着かない。
なにせ、女性客が多く……男性客はいてもカップルの片割れだ。
俺を緊張させないために、くたびれたおっさんのサクラを配置するくらいの采配があってもいいのではないだろうか。
「また胡乱なことを考えているのです」
「日月、あまり人の心を見透かすのはよくないぞ」
「蒼真がわかりやすいのがいけないのです」
そんなにわかりやすいだろうか。
「それで? 一体俺に何の用事だったんだ?」
吉永さん主体である以上、すばるの無茶振りという事はないだろうが、どうもこうして改まって話となると気にはなる。
「えっと……まずはお礼いいたくってさ。ナバちゃん、ありがとう」
「礼を言われるようなことは何もしてないぞ?」
俺の言葉に、首を振る吉永さん。
「すばるから、聞いちゃったし?」
「な……ッ?」
おい、ヘッポコ勇者。
目を逸らすな。
「あ、すばる責めるのはナシね。すばるが
吉永さんが小さく笑って、机の上に袱紗のような包みを出す。
少し厚みがあって、中身は予想がついた。
「それで、お礼。これ」
「おいおいおい……待ってくれ」
「アタシが今まで貯めてきた分と、親から。全然、足りないかも知んないケド」
包みを俺の前に押しやって、目を潤ませる。
それを、押し返して小さくため息をつき……俺は首を横に振った。
「受け取れない」
「なんでよ?」
「俺は何もしていないというのが一点。それに友達と金のやり取りをしたくないのがもう一点」
「でもさ……!」
吉永さんの言葉を制するように、俺も口を開く。
「なまじ、俺が何かしたとして……個人的な理由もあった。吉永さんが、気にすることじゃない」
どう説明したやら、俺にもわからない。
相手に過不足なく気持ちを伝えることの難しさは、今生で思い知っているところだ。
それでもって、それを説明しようとすると横でしゅんとしている元勇者の話になる。
いくら何でも、それは勘弁願いたいところだ。
「でも、アタシの気が収まらない。ウチの親だって、感謝してる」
「……まさかと思うけど、俺の話した?」
「してないケド……お礼しなきゃいけない人がいるって話したら、これ持たせてくれた」
うっすらと漏れてるじゃないか。
俺の後ろ暗い個人情報が!
「はー……どうしてもって言うなら、ここのクレープ代でロハにしよう。そうしよう。ただし、払うのは日月だけどな」
「わたしなのです!? どうしてなのです!?」
「どうしてだと思う?」
俺の笑顔に怯んだ様子のすばるが、目を逸らす。
「わ、わかったのです」
「ってことだから、吉永さん。それ仕舞っておいてくれ」
「納得できないんですケド?」
あ、本当に納得してなさそう。
頑固なのはすばると似た者同士か。
下手すると、親も似てるのかもしれない。
ガス抜きしないと、余計厄介なことになるパターンか?
「どうしてもって言うなら、金以外で頼むよ。肩たたき券でも一日デート券でも発行してくれればそれでいいさ」
「真理とデートしたいのです?」
「よーし、お口の軽いおバカは黙ってろ」
身を乗り出したすばるの額にデコピンを放つ。
「うーん、おっけ。なんか考えとく」
「忘れてもいいよ」
「絶対忘れないかんね」
笑顔になった吉永さんの頬を、涙が伝う。
「あー、やだ。メイク落っちゃうじゃん。ちょっと化粧いってくる」
急ぎ足で化粧室へ消える吉永さんを見送ってから、すばるに向き直る。
「すばる。何考えてんだ……」
「仕方なかったのです」
「仕方ないことあるか。まったく、どこまで喋ったんだ?」
「取り調べはかつ丼が出てきてからが本番なのです」
ここはクレープハウスだし、お前には反省の色が見えないな。
「蒼真が何かしたって言うのは、すでにバレてたのです」
「だからって……──」
「だって、蒼真は
突然、怒ったようにするすばるが何を言っているか、一瞬わからなかった。
目を伏せるすばるを見て……それが、
「あー……すばる。それはもういいんだよ。終わった話だ」
「何の話が終わったワケ?」
いつの間にか帰ってきた吉永さんが首をかしげる。
「……なんでも?」
「てか、アタシいないとマジで『すばる』呼びなんだね。なんか、そっちの方がしっくりくるっていうか、もう諦めたら?」
「なのです。いい加減、慣れたほうがいいのです」
無茶をおっしゃる。
名前で呼び合ってるなんて話が広まったら、冷やかされるか絡まれるかするに決まっている。
どっちも避けたいところだ。
「てかさ、ナバちゃんの話聞かせてよ。アタシ、超興味ある」
「なんで俺……」
「いいじゃん。だって、アタシ、自由と時間を手に入れたんだし? 気になる男の子の事、知りたいじゃん?」
嬉々とした様子で放たれた言葉に、俺はまったく理解が追いつかなかった。
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