第37話 決してラブみとかではない。
梅雨らしい天気が続いた空の機嫌が直り始めた六月の後半。
あと数日で七月というある日の放課後。
すばるが上機嫌で、俺の教室を尋ねてきた。
もはや、いつものこと過ぎて多くのクラスメイトが気にも留めなくなってはいるが、一部の視線はなお厳しい。
いい加減不意打ちのように現れるのはやめて、あらかじめ連絡が欲しいと思う。
「……そうすると、蒼真は逃げるのです」
心を読むのはやめようか。
「当たり前だろう」
「今日はわたしだけではないのです」
「ナバちゃん!」
「お、吉永さん。無事退院できたようで何より」
いくら魔法で完治させたとはいえ難病は難病。
即時退院というのは難しかったらしく、吉永さんは約三週間の検査入院を強いられた。
その間、俺は一度もお見舞いに行っていない。
いや、別に冷血漢を気取ったわけじゃない。
俺が魔法に失敗するわけないので心配などなかったし、迂闊に顔を出して無用のトラブルに発展するのを避けたかったのだ。
友達の命をパパッと救うのはともかく、騒ぎにでもなると面倒この上ないからな。
「アリガト。このあと、ちょっと顔貸してくれる?」
「? いいけど」
目立つ美人までもが俺に会いに来たってことで、平穏だった教室に少しばかりざわつきが広がる。
ざわついてないで早く帰れ。
いや、俺が帰る。
「どっか寄ってこ。ちょっと話したいしさ」
「駅前のクレープ屋さんがいいのです」
「どこでもいいけど、高いところはパスな」
鞄を手に立ち上がったところで、俺達に近づく影。
「ナニナニ? オレらも一緒しちゃっていい?」
ほら見ろ。
目立つもんだから、ややこしいのが来たぞ。
「何? アタシ、いまナバちゃんと話してんだけど?」
「いいじゃんいいじゃん。人多い方が楽しくね?」
「青天目はノリわりーしさー、むしろお前は遠慮しとく?」
河内と相模コンビがげらげらと笑って、俺の肩を叩く。
素行の悪い彼らは、ここのところクラスで少しばかり浮いている。
「な? いいだろ?」
「いいわけないのです」
「アタシらはナバちゃんに用があんの」
邪険にされても河内は退かない。
俺だって読めるわけじゃないが、この二人はそれに輪をかけて空気が読めない。
読まないのかもしれないが、我を通すために暴力を匂わせるようなこともある。
それが敬遠と孤立に繋がっていると気が付いているのだろうか?
最初はイケメン枠かと思っていたが、どうも彼らは高校デビューの方向性を誤ったようだ。
「おい、青天目。お前もいいよね?」
「何がだ?」
「チッ、ノリわりーな」
二人してそう凄むもんじゃない。
度が過ぎると、あまりよくないぞ。
ほら、すばるが殺気を垂れ流してる。冗談じゃなくて死ぬからほどほどにしておけよ。
「日月、よせ」
「止めないでほしいのです。ちょっと内臓の配置が変わる程度に殴るだけなのです」
……怖いよ!?
「てか、あんたらさ」
吉永さんが、首をひねって二人を見る。
「そもそも誰なわけ? 馴れ馴れしくない?」
「は……?」
おいおい、クリティカルは止そうか、吉永さんよ。
ほら、キャンプで居たじゃない。
少しだけだったけど。
「悪いけど、趣味じゃないし? 空気も読めないとかナイわ。ナシよりのナシなんですけど?」
「蒼真、放っておいて行くのです。時間の無駄なのです」
「お、おう……」
殺気立つ美少女二人に手を引かれ、俺は引きずられる様にして教室を後にする。
そんな俺を河内と相模が憎々しい目で睨んでいた。
いやいや、俺は何もしてないだろ……。
* * *
「蒼真がぐずぐずしているからなのです」
「青天目な。まだ校内だぞ」
「いい加減あきらめたら?」
吉永さんにからかわれながら、校門を目指す。
まさか両手に花で下校しようとは……もしかして、俺は人生の絶頂期にいるのでは?
まぁ、おおよそ『上がれば下がる』のが世の常なので、このあと悪い事が起るのだろう。
「それで、何だって急に俺を引っ張り出した」
「暇ではなかったのです?」
「いつも俺が暇しているみたいなバイアスをかけるのはやめよう」
真面目にバイトだってしているし、免許の為に教習所にだって通っている。
幸い、今日は何もない日だが。
「ごめんね、ナバちゃん。アタシが頼んだんだ」
「それならいいけど」
「わたしの扱いがひどいのです……!」
オーバーに落ち込むすばるを慰めるように叩く吉永さん。
身体の調子は良さそうだ。
こうやって、じゃれてる姿を見ると安心する。
「蒼真、甘いものは大丈夫なのです?」
「青天目な。もしかしたら三歩くらい歩いたら忘れるのか?」
「もう面倒なのです。真理の場合はノーカンなのです」
何を持ってノーカウントとするんだろう。
判定甘すぎない?
「アタシも気にしないケド? なんならアタシも『ソウマ』って呼ぼうかな?」
「勘弁してくれ」
「でも、ナバちゃんはちょっと他人行儀すぎない? アタシの事
「真理、ダメなのです。この男は距離を詰めると逃げるタイプのヘタレなのです。この間、お邪魔した時も……──」
何かを語りだそうとするすばるの口を、咄嗟に後ろから手でふさぐ。
「日月。『口は災いの元』って言葉を知っているか?」
「誓って真実しか語らないのです」
「その真実はしまっとけ」
「蒼真のちょっとヘンタイっぽい真実なんて、今更驚かれもしないのです」
よし、勇者。
お前とはもう一度雌雄を決さないといけないようだな。
「ナバちゃん、すばる。じゃれるのは程々ってか、あんまアタシの前でラブみ溢れさすの見ててハズい」
「誤解だ」
「誤解なのです」
ハモってしまったが、そう言うんじゃないんだよ。
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